二つ目の出来事もだいたい同じ時期に起こった。これもやはりジャズがらみだ。ある日の午後、バークレー音楽院の近くにある中古レコード店でレコードを探していた。古いLPの並んだ棚を漁るのは、僕の数少ない生き甲斐のひとつである。その日はペパー・アダムズの『10
to 4 at the 5 Spot』というリヴァーサイドの古いLPレコードを見つけた。トランペットのドナルド・バードを含むペパー・アダムズのホットなクインテットが、ニューヨークのジャズ・クラブ「ファイブ・スポット」に出演したときのライブ盤である。10
to 4というのは午前「四時十分前」のことだ。つまり彼らはそのクラブで熱くなって、明け方まで演奏していたのだ。オリジナル盤で、盤質は新品同様だった。値段は7ドルか8ドルだったと思う。僕は日本盤でこのアルバムを持っていたが、長く聴き込んでいるから疵もついているし、こんな値段で盤質の良いオリジナル盤が買えるなんて、大げさに言えば「軽度の奇跡」に近いことである。幸福な気持ちでそのレコードを買って、店を出ようとしたとき、すれちがいに入ってきた若い男にたまたま声をかけられた。
「Hey, you have the time?(今何時?)」
僕は腕時計に目をやり、機械的に答えた。「Yeah,it's 10 to 4」
そう答えたあとで、そこにある偶然の一致に気づいて息を呑んだ。やれやれ、僕のまわりでいったい何が持ち上がっているのだろう? ジャズの神様――なんてものがボストンの上空にいればの話だが――が僕に向かって、片目をつぶって微笑みかけているのだろうか? よう、楽しんでいるかい(Yo,you
dig it?)、と。