消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い―
1,980円(税込)
発売日:2012/08/24
- 書籍
- 電子書籍あり
日本を滅亡から救え――欧米を手玉に取った男の崖っぷち情報戦(インテリジェンスウォー)。スクープ満載!
独ソ戦を予言し、対米参戦の無謀を説き、和平工作に砕身した陸軍武官・小野寺信。同胞の無理解に曝されつつも、大戦末期、彼は史上最大級のヤルタ密約情報を入手する。ソ連の対日参戦近し――しかしその緊急電は「不都合な真実」ゆえに軍中枢の手で握り潰された。連合国を震撼させた不世出の情報戦士、その戦果と無念を描く。
2 「奥の院」が握りつぶす
3 学者のような情報士官
2 対中和平をはかる――上海時代
2 ポーランド地下情報網が最大の鍵
3 すべてはオノデラの人間的魅力から
2 鉄壁の情報網完成す
2 新兵器情報――原爆とジェット機
2 君主国から皇室へ――スウェーデン王室は動いた
2 初めにソ連仲介論ありき
3 スターリンのリアリズム
4 国を挙げてのソビエト幻想
5 かき消された「不都合な真実」
あとがき
解説
主要な参考文献
書誌情報
読み仮名 | キエタヤルタミツヤクキンキュウデンジョウホウシカンオノデラマコトノコドクナタタカイ |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 480ページ |
ISBN | 978-4-10-603714-6 |
C-CODE | 0331 |
ジャンル | 日本史 |
定価 | 1,980円 |
電子書籍 価格 | 1,584円 |
電子書籍 配信開始日 | 2013/02/22 |
書評
「戦後70年」を考える私のこの一冊
〈著名人が薦める〉新潮選書「私の一冊」(7)
太平洋戦争中の日本の情報収集、分析能力が高かったことは、ヤルタ会談におけるソ連参戦に関する米英ソの密約を探知したスウェーデン駐在の小野寺信陸軍武官の活動からも明らかだ。しかし、この貴重な情報が日本政府の意思決定においては、まったく用いられなかった。ヤルタ密約緊急電はどこに消えてしまったのであろうか。岡部伸氏が丹念な取材に基づいて歴史の謎を解く。戦後70年のこの機会に、是非とも手にとって欲しい一冊だ。
(さとう・まさる 作家・元外務省主任分析官)
波 2015年6月号 「『戦後70年』を考える私のこの一冊」より
死活情報を発信した者、抹殺した者
北海道の天塩山系で猟師に従って鬱蒼とした針葉樹林帯に分け入ったことがある。この山麓のどこかにヒグマはきっと潜んでいると手練れの猟師は自信ありげだった。
「果たしてヤマ親爺を仕留められるか。あとは俺の腕と運次第だよ」
機密の公電を追ってインテリジェンスの森にひとり分け入る本書の著者は練達のハンターを彷彿とさせる。英国立公文書館と米国立公文書館は第二次大戦の情報文書の機密指定を次々に解いている。だからといって獲物がすぐに見つかるわけではない。鍛え抜かれた情報のプロフェッショナルだけが標的を射止めることができる。
大戦中に欧州の地から打電された枢軸国日本の公電は、連合国側にとってダイヤモンドの輝きを放っていた。ベルリン発の大島浩駐ドイツ大使電はヒトラーの胸中を窺わせる決定打であり、中立国スウェーデンの首都ストックホルムから打たれた小野寺信駐在武官の機密電も国家の命運を左右するものだった。英国の諜報当局は渾身の力を注いで、暗号が施された小野寺電を読み解いていった。
ソ連はドイツ降伏の後、三ヶ月をめどに対日参戦する――。小野寺信は亡命ポーランド政府のユダヤ系情報網から、ヤルタ会談の密約を入手した。それは杉原千畝が亡命ユダヤ難民に与えた「命のビザ」への見返りだった。その情報を東京の参謀本部に打電したのだがヤルタ密約電を受け取りながら、あろうことか参謀本部の中枢が抹殺してしまったと著者は断じている。和平工作をソ連に委ねていた彼らにとって「ヤルタの密約」こそ日本の敗北を決定づける不吉な宣告に他ならなかったからだ。
小野寺信はスウェーデン王室を頼りに終戦工作も進めていた。日本は天皇制の存続さえ保障されれば降伏する――ポツダム会談に臨むトルーマン大統領に伝えられた情報の背後にはスウェーデン国王グスタフ五世の影が動いていた。さらに全体主義国家ソ連は新たな領土への野心を隠していないと警告し、ソ連を頼むことの愚を説き続けた。だが大本営の参謀たちは、貴重なインテリジェンスのことごとくを無視し、スターリンの外交的詐術に思うさま操られていった。ヤルタ密約をめぐる小野寺情報を日本の政府部内で共有していれば、広島、長崎への原爆投下を回避でき、ソ連の対日参戦、そして北方領土の占領を防ぐことができていたものを――。本書の行間には著者の無念が滲んでいる。
貴重な情報が、決断を委ねられた指導者に届かない。インテリジェンス・サイクルの機能不全は国家を災厄に突き落とす。フクシマ原発の悲劇を目撃した読者なら、ヤルタ密約を抹殺して愧じない官僚主義の奢りがいまのニッポンにも受け継がれていると嘆息することだろう。
(てしま・りゅういち 作家・外交ジャーナリスト)
波 2012年9月号より
担当編集者のひとこと
大戦史最大の謎をついに解明!
今日も続く北方領土問題、その原点が「ヤルタ密約」にあることをご存知でしたか? 連合国首脳がヤルタに集まって、ドイツ敗退後にソ連が日本に参戦することが「密約」された結果、サハリン島や北方四島がソ連の手に落ち、現在に至るもその実効支配を受け続けることになったのです。
この情報をいち早く掴んだのが本書の主人公・小野寺信でした。情報士官としての彼は、杉原千畝を上回る日本最大の存在で、枢軸側きってのスパイマスターとして恐れられていました。彼は間髪を入れず日本にその旨を暗号電報で伝えたのですが、軍中枢はこれを握り潰してしまいます。誰のせいで、そして何故、小野寺電が活かされなかったのか――このことは近代史最大級の謎として戦後六十余年残り続けることになります。
著者は持ち前の語学力を活かして、英米の国立公文書館に通いつめ、秘密情報の山を虱潰しに当たり、この謎をついに解明し、電報発信から参謀本部による隠蔽工作までの筋書きを示すことに成功しました。これまで多くの傍証を掴んでいた歴史家・半藤一利氏も、これで大戦史最大の謎が解明されたと著者に語っています。
現場からの貴重な情報が中枢部で握り潰される――現代日本が未だ同じ轍を踏み続けていることに苛立つのは、独り著者だけではない筈です。
2016/04/27
著者プロフィール
岡部伸
オカベ・ノブル
1959年生まれ。産経新聞編集委員。1981年、立教大学社会学部社会学科を卒業後、産経新聞社に入社。社会部記者として警視庁、国税庁などを担当後、米デューク大学、コロンビア大学東アジア研究所に客員研究員として留学。外信部を経て1997年から2000年までモスクワ支局長として北方領土返還交渉や政権交代などを現地で取材。社会部次長、社会部編集委員、大阪本社編集局編集委員などを務める。