彼方なる歌に耳を澄ませよ
2,420円(税込)
発売日:2005/02/25
- 書籍
重ねられた祖先の誇りと記憶。なき人々への思いは今も私たちを突き動かす――。
18世紀末、スコットランド高地からカナダ東端の島に、家族と共に渡った男がいた。赤毛のキャラムの子供たち、と呼ばれる彼の子孫は、幾世代を経ても流れるその血を忘れない――。人が根をもって生きてゆくことの強さ哀しさを、大きな時の流れと、いとしい記憶を交錯させ描いた感動のサーガ。『灰色の輝ける贈り物』『冬の犬』の著者による待望のベストセラー。
書誌情報
読み仮名 | カナタナルウタニミミヲスマセヨ |
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シリーズ名 | 新潮クレスト・ブックス |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 344ページ |
ISBN | 978-4-10-590045-8 |
C-CODE | 0397 |
ジャンル | 文芸作品、評論・文学研究 |
定価 | 2,420円 |
書評
波 2005年3月号より 静かで、力強く、痛みを伴う物語 アリステア・マクラウド 『彼方なる歌に耳を澄ませよ』
勇猛果敢で誇り高いことで知られるハイランダー(スコットランド高地人)一族の赤毛の男キャラム・ルーア。彼は十八世紀末、スコットランドからケープ・ブレトンの島に家族と共に渡る。『灰色の輝ける贈り物』『冬の犬』という二冊の短編集で日本の読者にもよく知られるマクラウド唯一の長編である本作は、そんな男の子孫「クロウン・キャラム・ルーア(赤毛のキャラムの子供たち)」の、幾世代を経ようとも決して自分たちの身体に流れるその血を忘れない生き方を描いて静かな、しかしとても力強い感動をもたらす傑作なのである。
ここには、二卵性の双子が生まれやすい、赤い毛や黒い毛を持つクロウン・キャラム・ルーアの人々がいる。飼い主であるキャラム・ルーア一家が新天地を求めて乗った小舟を追いかけて、どこまでも泳ぎ続ける犬がいる。その子孫の、情が深すぎて頑張りすぎる茶色い犬たちがいる。身内の面倒をちゃんとみるべきだと信じている人たちがいる。野生の馬と心通わせる男がいる。男のゆるぎない信頼に精一杯応えようと頑張る雌の馬がいる。「別々の包みに入ってはいるが、同じ悲しみ」を共有する人々がいる。息子を助ける父親たちと、父親を助ける息子たちがいる。誰かが助けてくれたから生きてこられたことを知る者がいる。「誰でも、愛されるとよりよい人間になる」と孫に説く老人がいる。父祖の物語を語り伝えていく一族がいる。見事な声でゲール語の古い歌を奏でる男がいる。歌声を重ねていく大勢の人々がいる。
かつて一族の者から「ギラ・ベク・ルーア(小さな赤毛の男の子)」と呼ばれ、貧しい境遇にあって苦学をし、今では成功した歯科医になっている「私」を語り手においたこの小説は、今というこの瞬間が、目眩を起こしそうになるほど遠い昔から、無数の“今”を踏んでやってきたのだということ、わたしという命が幾世代もの感情豊かな交歓を経て生まれ得たのだということを、たくさんの悲喜こもごものエピソードによって読者に伝える。それは、「昔はよかった」式の老人作家の懐古趣味などではもちろんない。「私」とその双子の妹は成功して、荒れやすい天候や貧しさに苦しんだ島での生活とは正反対の、穏やかで豊かな日常を送っている。しかし、若い頃から炭坑で働いてきた、年のうんと離れた長兄キャラムは、街の生活にはなじめず、酒浸りの生活を送っており、時々様子を見にくる「私」相手に父祖の逸話や島での思い出を語りかけるのが心のよすがとなっている。「私」にはそれがつらい。長兄を訪ねるのは気が重いと思っている自分がやましい。
自らを「つくづく自分は二十世紀の人間なんだと思う」と規定する「私」は、おそらく人生のある時――歯科医として働き出した頃か、それとも結婚した時なのか?――からクロウン・キャラム・ルーアの血を意識的に忘れようとしてきたのではないだろうか。前へ前へ、後ろを振り切り未来だけを見つめて歩き出した瞬間があるのではないだろうか。その「私」のやましさを根底に横たわらせたからこそ、この作品は単なる懐古趣味を超え、どの時代や民族、家族、そしてあまたの個人にも訴えかけるだけの普遍性を獲得しているのだと思う。
人間は、とくに先進国と呼ばれる地域に住む人間は、未来ばかりを見すえ、暮らし向きを向上させ、簡便さを追求しようとするあまり多くのものを失い、しかし、さらに前に進むためにそのことから目をそむけてきた。「そんなことは誰にだってわかってるよ」、大上段から言われるとシニカルにかわしたくなる当たり前のことが、マクラウドの小説を読むとどうだろう、胸にしみいるのだ。心が痛むのだ。立ち止まって、こわごわ後ろを振り向こうとする自分がいるのだ。彼方なる歌に耳を澄ませたくなる自分に驚くのだ。それが、物語の力というものではないだろうか。
短評
- ▼Toyozaki Yumi 豊崎由美
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この小説には愛する主人たちを乗せた小舟のあとを追って、どこまでもどこまでも泳ぎつづける犬がいる。情が深すぎて、がんばりすぎる茶色い犬たちがいる。そして、そんな犬とそっくりな人々がいる。彼らはうたう、ケルトの昔から伝わる自分たちの歌を。その歌声は、父祖の時間や土地から遠く離れ、新しい生活を選ぶ途上にあって、いつかどこかで歌を見失ってしまったわたしたちにも、不思議に優しく懐かしい。
- ▼The Economist エコノミスト誌
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フィクションの勝利……マクラウドの語りは凛と張りつめ、透徹している。登場人物たちは力強く、奥深い。彼らがいつまでも心に残って離れない。
- ▼The Independent インディペンデント紙
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マクラウドは、非常に努力しなければ獲得できないような『簡潔な』明晰さで書く……本書は、ユーモアと生彩にあふれ、きわめて鮮烈で、ただひたすらに感動的だ。
- ▼Trillium Award トリリアム賞選評
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読む者を魅了し、さまざまな感情を喚起する、気品と英知に満たされた物語。
- ▼Alice Munro アリス・マンロー
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アリステア・マクラウドがかけるような魔法をかけられる人を、私はほかに思いつかない。この小説のなかの情景が、いつのまにか心に焼き付いていることに気がつく。
著者プロフィール
アリステア・マクラウド
MacLeod,Alistair
1936年、カナダ・サスカチェアン州生まれ。作品の主舞台であるノヴァ・スコシア州ケープ・ブレトン島で育つ。きこり、坑夫、漁師などをして学資を稼ぎ、博士号を取得。2000年春まで、オンタリオ州ウインザー大学で英文学の教壇に立つ。傍らこつこつと短編小説を発表。1999年刊行の唯一の長編である『No Great Mischief』がカナダで大ベストセラーになったため、翌年1月、1976年と1986年に刊行された短編集2冊の計14篇にその後書かれた2篇を加え、全短編集『Island』が編まれた。31年間にわずか16篇という寡作であるが、短編の名手として知られる。*『Island』は、クレスト・ブックスより『灰色の輝ける贈り物』『冬の犬』の2冊に分けて刊行しました。
中野恵津子
ナカノ・エツコ