ドルチェ
1,540円(税込)
発売日:2011/10/21
- 書籍
まだ生きている誰かのために。それが、不器用な女刑事の決めたルール。
彼女が捜査一課に戻らぬ理由。それは人が殺されて始まる捜査より、誰かが死ぬ前の事件に係わりたいから。誰かが生きていることが喜びだから――。練馬署強行犯係・魚住久江。本部復帰を断り続け、所轄を渡って四十二歳。子なし、バツなし、いまどき肩身の狭い喫煙者……。タフだけれど生き方下手な女刑事が駆ける新シリーズ!
目次
袋の金魚
ドルチェ
バスストップ
誰かのために
ブルードパラサイト
愛したのが百年目
ドルチェ
バスストップ
誰かのために
ブルードパラサイト
愛したのが百年目
書誌情報
読み仮名 | ドルチェ |
---|---|
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 264ページ |
ISBN | 978-4-10-465203-7 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | ミステリー・サスペンス・ハードボイルド |
定価 | 1,540円 |
インタビュー/対談/エッセイ
波 2011年11月号より 【誉田哲也『ドルチェ』刊行記念インタビュー】 彼女は、まだ生きている誰かのために
まだ生きている誰かのために。それが、不器用な女刑事の決めたルール――。華やかな舞台を避けるかのように、警視庁本部復帰を断って所轄にこだわる魚住久江。平凡な日常の中で起きた事件の、隠れた人間模様と誠実に向き合う新ヒロインが誕生した背景は……。 |
小さな喜びを重ねていく人
――待望の警察小説新シリーズは、ちょっと意外なヒロインになりました。四十二歳、所轄署勤務の刑事、独身。家に帰って独り鍋をつつく彼女が係わる事件も、派手な印象ではないですね。
誉田 警察署に行くと、各フロアどんな部署が入っているかが書いてある案内板があるんですね。案内板を書き写してくるだけで役に立つんですけれども、署によっては「アンタ、何?」って冷たくされることもあるんですよ。でも練馬署に行った時には若いかわいらしい受付の人が「いいですよ!」って優しくて。それだけでヒロインを練馬署の刑事にしようと決めたわけじゃないですけど(笑)、いまひとつ新しくもないし垢抜けてもいない警察署の建物を出て、大きな繁華街のない町並みを歩いて、読み古しのマンガがたくさん積んである喫茶店に入って風景を眺めていたら、魚住久江のイメージがだんだん浮かんできたんです。
これまでの姫川玲子(編集部註・『ストロベリーナイト』ほかのヒロイン)や『ジウ』シリーズの子たちは二十代、三十代前半だったわけですが、今度は少し年上の人も書いてみよう。事件は捜査本部が立つようなセンセーショナルなものではなくて、たとえば恋愛とか、色々な人間模様が絡んでくるものがいいんじゃないか。ガツガツとホシを取りにいく姿よりは、ある程度、人生経験のある人だからこその取り組み方を中心にしたい――そんなことを考えました。
――魚住久江は練馬署の強行犯捜査係。かつては警視庁の捜査一課に所属していた時期もあり、所轄に出てからも度々、捜査一課復帰を打診されています。華やかな舞台に出ようと思えば出られるのに、なぜかわざわざ脇道を選んでいるように見えます。
誉田 彼女は、人が死んでしまってからの仕事をするよりも、生きている人と係わりたいんです。本部の捜査一課は、いわば殺人事件のプロ集団。犯人がわからない殺人事件が起きた所轄署が本部に協力を要請し、そこからは本部側が主導権を握るわけですから、強烈なプロ意識がある。もちろん、捜査一課の仕事はとても重要なわけですけれども、久江は別の価値観を持っているんだと思います。
――収録された全六編の中の「袋の金魚」に、“年のせいだろうか。それとも、長いこと独り身だからだろうか。いつの頃からか久江は、誰かの死の謎を解き明かすことより、誰かが生きていてくれることに、喜びを感じるようになった”という、とても印象的な一節がありました。
誉田 ひとことで言えば、大人なんでしょうね。捜査本部が立つと、所轄の刑事は捜査一課の道案内のようなこともしなければならなくて、気持ちが腐ってしまうこともあるに違いない。でも、そんな中でも淡々と、小さな喜びを重ねていくことを肯定できる。それが久江という人の特質なのかもしれません。これが姫川玲子だと「こうでなきゃイヤ」「こんなんじゃダメ」と歯を食いしばって牙を剥きだすんでしょうし、その激しさがあってこその玲子だとも思いますが、久江は闇雲なパワーには限界があることを三十代で知っていったというか。逆に玲子は、まだ久江のことを“牙の抜けた犬”だとしか見られないんじゃないかな。
――じゃあ、玲子が久江と顔を合わせたら、どんな会話になりますか?
誉田 「あなたはそれでいいかもしれないけど、あたしはあなたみたいになりたくないわ!」とか? それが若さだと思うし、パワーで押す以外の喜びを覚えるまでには、久江も時間をかけたんでしょう。まあ、二人はあんまり仲良くできないかもしれないです(笑)。
――久江は優しいですよね。「誰かのために」では、ようやく引きこもり生活から抜け出せそうだったのに、ちょっとしたきっかけから傷害事件を起こしてしまった青年に向かって、もうヘトヘトになるくらい全力で語りかけます。「人がね、自分のためだけに出せる力なんて、案外、ちっぽけなものだよ。騙されたと思って、誰かのために……自分以外の誰かのために、がんばってごらん」なんて、感動です。
誉田 でも、その言葉が犯人にしっかり伝わったかどうかはわからなくて、それが彼女たちの仕事の厳しいところでもあるんですけど。
――言ってしまってから“誰かのために、がんばれ。そんな相手、自分にだって、いやしないのに”なんて思いに襲われて……。ああ、久江さん、お願いだからそんな哀しいこと言わないでと思わずにはいられません。
誰かの個性が事件を転がす面白さ
――久江さんは不器用なのですが、なぜか周囲から頼られてしまう人でもあります。「姉御肌」というのともちょっと違うし、不思議な人徳です。
誉田 キャラクターを描いていく過程で、「男だから」「女だから」ということはあまり意識しないようにしているんです。同性同士でも理解できないというのも、男女どちらにもあると思いますし。ただ、久江はまわりの男たちから見れば、「優しいお姉さん」なのかな。人当たりがいいから使いやすいでしょうし、やらせれば出来るし、どうしても面倒なことに巻き込まれてしまう。
――上司の宮田係長なんて、完全に彼女に甘えちゃってますよ。「ドルチェ」では、非番の久江に「なんせ相手は女子大生だからな」と事情聴取に行かせておいて、署に戻るとお茶なんか淹れて機嫌をとる。“マル害が女だってだけで、いちいちこっちに押しつけるのやめてもらえませんか……”と言いたいのをグッとこらえてタバコの煙を吐き出す久江さんは、かなり男前なお姉さんです。
誉田 もう最近の警察では、デカ部屋でタバコを吸えないみたいですけどね(笑)。久江の周囲にも、できるだけ人間臭い登場人物を置きたいという思いはありました。「捜査の鬼」みたいな、事件のことだけしか考えていないような人じゃなくて、家族のことを心配したり、それぞれの人間関係を持っていたり。時々は事件のことから心が離れて、また事件のことに戻ってくる。そういうところに興味があります。事件のことばかり考えていたら、それこそ定年までお酒も飲みにいけないけれど、でもそんなはずはないんですよ。一日の仕事が終わったら飲みに行くし、飲みに行ってしまってから事件が起こることもある。
――「誰かのために」の冒頭が、まさにそうでした。誕生日の夜に本署当番をしていた久江が現場に向かうと、後れて宮田係長、里谷デカ長、原口巡査長がやってくる。みんな息が酒臭い。久江さんは三人にフリスクを食べさせて……。
誉田 まったく、世話の焼ける人たちです。でも、不謹慎ということじゃなくて、こういう日常の中に彼らを置いてやらないと、逆に警察官そのものが見えなくなってしまう気がする。そういう意味では、この本は捜査小説ではないです。
――「ブルードパラサイト」では、万馬券を当てた原口が強行犯係全員に昼食を奢ります。出前をとってみんなでワサワサと食べていて、なんだか高校の部室みたいな雰囲気でした。魚住久江シリーズは、一種の“チーム小説”だとも言えそうですが。
誉田 出前は、本当によく取るみたいですね。だから出前にいく店員さんは、警察の中に詳しいですよ。
刑事ひとりひとりに生活の背景があって、それがあるからこそ見える手掛かりがある。小さい子供がいる原口が赤ん坊のオムツ替えをしたことで、急に捜査の切り口が見えてくることもある。そういう、誰かのアイデンティティが事件を転がしていく面白さを楽しんでいただけたらと思います。登場人物たちの個性が影響し合って物語が進むという意味では、確かに“チーム小説”なのかもしれません。
――ところで魚住久江シリーズの次作は、どのような構想を立てていらっしゃいますか?
誉田 次は捜査本部が立つような、ある程度大きな事件にしようと考えていますが、それでも久江の立ち位置は共通するものになります。例えば、捜査で被疑者に当たれるパートをガツガツもぎ取るようなことはしないけれども、捜査一課のメンバーがやっていることは何かが間違っているんじゃないか、と気付くとか。
――彼女の恋愛状況は……。幸せになって欲しいんです。
誉田 大幅に年下の峰岸巡査長と上手くいってしまうとか? 何も、かつての不倫相手に走らなくてもいいですからね(笑)。次作の輪郭はまだぼんやりとしか見えていませんが、「一番じゃなくたって、楽しみ方はある」という久江の、肩の力が抜けた感じは変わらないと思います。
著者プロフィール
誉田哲也
ホンダ・テツヤ
1969(昭和44)年、東京生れ。学習院大学卒業。2002(平成14)年、『妖(あやかし)の華』でムー伝奇ノベル大賞優秀賞を獲得しデビュー。2003年『アクセス』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。映画化もされた『武士道シックスティーン』などの青春小説から、斬新な女性刑事像を打ち出した“姫川玲子シリーズ”の『ストロベリーナイト』、『ジウ』シリーズといった警察小説まで、ジャンルを超えて高い人気を集めている。ほかに“魚住久江シリーズ”の『ドルチェ』『ドンナ ビアンカ』や、『Qros(キュロス)の女』『ケモノの城』『プラージュ』などがある。
関連書籍
判型違い(文庫)
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