音楽は自由にする
2,090円(税込)
発売日:2009/02/27
- 書籍
ちょっとしたはずみで、自分の人生を振り返ってみることになりました……。初めての本格的自伝。
子どものころ、「将来何かになる」ということが、とても不思議に思えた――。幼稚園での初めての作曲。厳格な父の記憶。高校でのストライキ。YMOの狂騒。『ラストエンペラー』での苦闘と栄光。同時多発テロの衝撃。そして辿りついた新しい音楽。57年間の半生と、そこにいつも響いていた音楽。そのすべてを自らの言葉で語った、初の自伝。
2 鏡の中の自分、楽譜の中の世界
3 ビートルズ
4 自分はけっこう、音楽が好きなんだ
5 特別な時間のはじまり
6 バラ色の人生
7 67、68、69
8 2つの流れの交わるところ
10 民族音楽、電子音楽、そして結婚
11 舞台に上がり、旅に出る
12 同じ言葉を持つ人たち
13 カウントダウン
15 YMO、世界へ
16 反・YMO
17 旅立ちの時
18 音楽図鑑
20 今すぐ、音楽を作れ
21 突然の贈り物
22 ニューヨークへ
23 ハートビート
24 世紀の終わり
26 新しい時代の仕事
27 ありのままの音楽
年譜
書誌情報
読み仮名 | オンガクハジユウニスル |
---|---|
雑誌から生まれた本 | ENGINEから生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 256ページ |
ISBN | 978-4-10-410602-8 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | ノンフィクション、音楽 |
定価 | 2,090円 |
インタビュー/対談/エッセイ
村上龍の知らなかった坂本龍一
坂本がこんな話を?
村上 この企画、いつの間にやってたの?
坂本 初回の掲載が「エンジン」の2007年1月号だから、2006年の暮れぐらいかな。それから二年あまりにわたる連載、だそうです。
村上 俺、ぜんぜん知らなかったから、ちょっとびっくりした。なんで坂本が自伝なんか、と思った。でも、妙に面白かった。
坂本 そう? 妙に?
村上 知っちゃいけないことを知っちゃったようなところもあってさ。坂本って、俺と雑談するときには、自分の音楽のことなんてほとんど話さないじゃない。
坂本 そうだね。
村上 そういうことも詳しく書いてあって。だから、「え、こんなこと聞いちゃっていいのかな」って。
坂本 いつもは、何の話をしてるんだろうね?
村上 音楽とか小説の話はしないよね。
坂本 しないね、ほとんど。龍は「今、こういうテーマで書いてるんだ」ぐらいのことは言うけど。
村上 うん。音楽の話も「キューバ音楽でいいのがあるから、坂本、今度ちょっと聴いてみてくれない?」とか、その程度かな。
坂本 そうだね。
村上 人の噂話とかもしない。
坂本 二人で会うと、どうも国家とか社会とかの話になるような気がする。なんかカッコ悪いんだけど。
村上 ああ、そういう話は多いね。
坂本 二人とも、古いタイプなのかな。なんか、国を憂えたりする(笑)。
村上 とにかくね、普段聞けないようなことがこの本にはずいぶん書いてあって、面白かった。妙に。
坂本 相手が鈴木さん(連載で聞き手を務めた「エンジン」編集長の鈴木正文)だったから、思わずなんでもしゃべっちゃったんだけど。
村上 なんでこんなにいろいろ話してるんだろうって、ちょっとびっくりした。
坂本 乗せられたんです。
音楽をめぐる自伝
村上 でもね、音楽家は自伝書いてもいいんじゃないかと思ったよ。
坂本 そうかな。
村上 作家の場合は、自伝を書くとネタバレになっちゃったりもするし、だいたい、自伝を書くぐらいだったら、小説を書く方がいい。
坂本 ああ、そうか。音楽には基本的に意味というものはないから、人生との直接のつながりもないけれど、小説だとそうもいかない。
村上 そうそう。でもこの本、もちろん坂本龍一の人生についての本なんだけど、純粋に音楽についての本として、つまり坂本龍一という音楽家がどのようにしてこういう音楽に辿り着いたかという道筋を追いながら読むと、すごくスリリングだよね。
坂本 本当は音楽の話はもっとしたかったんだけどね。でもまあ、その時々で聴いていた音楽のことや、音楽に関して考えていたことの変遷についても、いろいろ語りました。
共通の記憶
村上 坂本と俺って、同世代どころじゃなくて、同い年で、しかも誕生日が一カ月しか違わないんだよね。
坂本 うん。
村上 だから、見てたテレビ番組なんかもだいたい一緒なんだよね。この本を読んで改めてそれがわかった。坂本も「コンバット!」見てたのか、とか。これは九州ではオンエアされてなかったな、っていう番組もあったりするんだけど。
坂本 ああ。
村上 テレビ番組に限らず、実はいろんな記憶を共有してるんだよ。ビートルズの話も出てくるけど、二人でビートルズの話なんてしたことなかったよね。
坂本 ないね。
村上 坂本はこんなふうにビートルズを聴いてたんだなあ、と思った。えっ、ローリング・ストーンズも聴いてたのか、って意外に思ったり。そういうひとつひとつがすごく新鮮だった。
坂本 へえ(笑)。
村上 坂本みたいにきちんと音楽教育を受けた人も、ビートルズのあのハーモニーはやっぱり優れてるって判断したんだなと思ったりして。もちろん、メンバーにそういう知識があるわけじゃないから、ジョージ・マーティンだっけ、彼がプロデュースしてたわけだけど。
坂本 そうそう。
村上 それから、「左利きだったせいでバッハがすごく好きになった」っていうところなんかは、ドキドキしながら読んだね。そうだったのか! と思って。
坂本 知られざる幼年時代のエピソード、でしょうか(笑)。
村上 でもさ、坂本がいろんな音楽に出合ったときの印象っていうのが、けっこう俺と似てるんだよ。坂本は小さいころからピアノを習ってて、芸大の作曲科なんか出てるわけだから、俺とは違う音楽の聴き方をしてるだろうと思ってたんだけど。「ギャラント・メン」のテーマが悲しげで良かったとか、「コンバット!」のマーチが好きだったとか、案外、自分と同じようなことを感じている。ビートルズやストーンズの印象も、まあ多少は違うけど、けっこう似てるんだよね。
坂本 ほぼ同じ?
村上 そう。それがちょっと意外で面白かった。
1990年の坂本龍一
村上 坂本がニューヨークに移って間もないころ、俺が映画の仕事でニューヨークへ行ったときのこと、この本に出てきてるね。
坂本 1990年だね。「移住者の匂いがする」って言われた。
村上 実はあれは、ちょっとした坂本の記憶違いで、本当は「亡命者」って言ったんだよ。「亡命者みたいになっちゃったね」って。
坂本 うーん、それはきっとね、あまりにも気恥ずかしいから、僕が頭の中で変換しちゃったんだと思う(笑)。
村上 そうそう、俺もそう思った。「亡命者」じゃカッコよすぎると思ったんだろうなって。
坂本 ちょっと言い過ぎだろうと。
村上 あのころ、よく会ってたよね。
坂本 うん。ニューヨークで。ぼくは引っ越したばかりで、ボーっとしてたかもしれない。
村上 よく知らない街で、まだ小さいお子さんを連れて、なんだか頼りなげというか、ちょっと寂しそうな感じにも見えた。日本のように親密な共同体に支えられているわけじゃないから、それも当然だと思うんだけど。
坂本 ほんとに向こうに移ってすぐのころだったからね。
村上 うん。でもね、自由な感じもした。羨ましいなあと思ったのを覚えてるよ。
惚れ込む力
村上 それからもう一つ、この本を読んで印象に残ったのは、出会った人のことを坂本はたいてい好きになっちゃうんだな、ということ。
坂本 それはあるな。会って嫌いになった人って、あんまりいないんだよね。だから、あの人には会わないようにしよう、っていう人が何人かいるよ。
村上 ああ、変な人を好きになっちゃうと大変だから(笑)。
坂本 そうそう。それは人に限ったことではなくて、たとえば、僕はミュージカルというものがすごく苦手で、ああいうものは観たくないと日ごろ思ってるんだけど、もし何かのはずみでブロードウェイを観たりしたら……。
村上 わかるわかる(笑)。
坂本 好きになっちゃうかもしれない。龍のことだって、会う前は「何だよこいつ」と思ってたんだけど、会ったら一発で友達になっちゃったもんね。
村上 会う前は、「1960年代の終わりから1970年代あたり、こういう生活してる人はいっぱいいたのに、それを公に書いて芥川を取った悪いやつだ」って、俺のことはそう思ってたんだよね。
坂本 そうそうそう。
村上 その批評はけっこう当たってるんだけど。
坂本 ははは。
村上 でも、会った人を好きになっちゃうっていうのは俺も一緒で、「カンブリア宮殿」っていう、主に企業の社長さんをゲストに招く番組をやってるんだけど、来る人来る人、たいてい好きになっちゃうんだよね。
坂本 へえ。
村上 収録前の打ち合わせでゲストの会社についてのVTRを見るときなんかは、かなり批判的に見るんだよ。でも、実際に当日、自己紹介をして名刺交換をして、とかやっているうちに、「ああ、この人いい人だな」と思っちゃう(笑)。
坂本 でしょう。まずいよね。
村上 そのあと収録でしばらく話して、別れるころには、「なんて素晴らしい人に会ったんだろう」と思うんだよ。
坂本 なるほどね。
村上 ほんとは、会う人をみんな好きになっちゃうなんて異常なんだけど。細かいところで疑問符があっても、その人の人生の喜びとか悲哀とか、そういうものを見せられると、どうも好きになっちゃうんだよ。
坂本 うん。人に惚れ込みやすいんだよね。僕もそうだし、うちの父親もそういうタイプだったな。
ジャンルを壊したい
村上 坂本ってさ、クラシック音楽をずっと本格的に勉強してきて、作曲理論にも通じてるかと思えば、分け隔てなくというか、たとえば日本のフォークソングなんかもちゃんと聴いて、伴奏してあげたりしてさ、音楽に関してはすごくオープンだよね。人間的にはけっこう難しいくせに。
坂本 ははは(笑)。
村上 民族音楽学の小泉文夫さんの授業にも出て、童謡もやれば、現代音楽もやる。
坂本 うん。
村上 そうやってあらゆる音楽を音楽として認めると、それでは自分の音楽はどう作るかと考えたときに、けっこう大変なんじゃないかと思うんだよ。
坂本 うん、それは確かにそうだね。
村上 排除できるものは排除して、絞り込んでいった方が楽なのに。
坂本 海外の取材とかでもインタビューなんかでもよく言われる。「ずいぶんいろんなものに関心を持ってますね」とか、「ありとあらゆることをやってますね」とか。ミュージシャンって、ジャンルを絞り込んで活動してる人がほとんどだからね。別のジャンルに行こうとか、何か新しいものに変えていこうとか、そういう考え方があまりない。
村上 ブルースのミュージシャンなら一生ブルースだけ、というのが普通だよね。
坂本 そう。でも、ぼくにとっては、音楽というのは庭みたいなものなんだよね。けっこう大きな庭。このあたりに日本庭園、こっちはイギリス庭園で、むこうはフランス庭園、でもそのすべてが一つの大きな庭の中にある。
村上 ああ。それで、それぞれの庭園について、プライオリティはないと。
坂本 まったくない。もともと、人間でも芸術でも、ジャンルとかカテゴリーっていう、そのボーダーがあること自体がすごく嫌いだからね。そういうものは全部ぶっ壊してやろうってずっと思ってきたから。音楽、小説、美術、そういうカテゴリーさえ壊したいぐらい。
村上 今回のニューアルバム(「out of noise」20009年3月4日発売)も、いろんな枠組みを飛び越えてしまったというか、行くところまで行っちゃった感じだよね。
坂本 もう、誰がどんなふうに聴くかなんてことはまったく考えずに、とにかく作りたいものを作った。これだけ自由に作ったものは今までなかったと思う。
村上 ああ、それを聞いて、自分の直感が正しかったと思ったよ。もちろんきれいな音楽なんだけど、なんとなく流しておくとか、なんとなく聴くっていうことができないくらい、すごい力を持った作品だと思った。
坂本 アルバムについても、あとでゆっくり感想を聞かせてください。
(むらかみ・りゅう 作家)
(さかもと・りゅういち 音楽家)
波 2009年3月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
坂本龍一
サカモト・リュウイチ
1952年1月17日、東京生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年、YMOの結成に参加。1983年に散開後は『音楽図鑑』『BEAUTY』『async』『12』などを発表、革新的なサウンドを追求し続ける姿勢は世界的評価を得た。映画音楽では『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞音楽賞、『ラストエンペラー』でアカデミー賞作曲賞、ゴールデングローブ賞最優秀作曲賞、グラミー賞映画・テレビ音楽賞ほか、受賞多数。『LIFE』『TIME』をはじめとする舞台作品や、韓国や中国での大規模インスタレーション展示など、アート界への越境も積極的に行なった。環境・平和問題への提言も多く、森林保全団体「more trees」を創設。また「東北ユースオーケストラ」を設立して被災地の子供たちの音楽活動を支援した。2023年3月28日死去。