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【冒頭部分掲載】

土の中の子供

中村文則


       

 あらゆる方向からのバイクの光で、逃げ道がないことを知った。無数のバイクはただエンジンを鳴らし続け、もう何もすることのできない私をいつまでも観察し続けていた。だが、この状態はあと数秒も続かないだろう。バイクからは男達が降り、その手に持った鉄パイプで、私を気が済むまで打つのだろうから。
 恐怖で足の力が嫌になるほど抜けたが、さっきから、別のことに気を取られていた。こうなることは、全て私が予想していたのではないか、という考えについてだった。私は少し前まで、深夜の街をうろうろと歩いていた。目的もなく、煙草を吸いながら、招かれるように明かりの少ない方へ、街のもっとも暗い位置を探すように歩いていた。彼らに会ったのは、公園の脇にある自動販売機の前だった。停車したバイクに乗ったまま、それぞれがジュースを飲み、煙草を吸い、酔ったように何かを噛み砕いていた。始め、彼らは私に注意を向けなかった。私が彼らに向かって煙草の吸い殻を投げつけるまでは、彼らは陽気に、大きな笑い声さえ上げていた。
 あの時私は、彼らに吸い殻をぶつけてやりたいという、明確な意志をもっていた。無意識ではなく、何となくでもなく、はっきりした意識での、はっきりした行動だった。こんなところでたむろしているクズ達には、こうしてやらなければならない。あの時の私の考えはそういうものだった。だが、今バイクの光を浴びている私には、なぜそんなことを考えたのか理解できない。
 こういう窮地に追い込まれることは決まっていた。先のことを考えずに馬鹿な行動をした、と言えばそれまでだが、こういうことは、以前から度々あった。一昨日も、信号を見ずに右折しようとした車に、危険をわからせてやるというただそれだけのために、わざと避けるのをやめて目の前に立ち止まり、急ブレーキをかけさせたばかりだった。共通しているのは、いずれも私がその行動の結果として、自らを危険にし、不利な状態に陥るということだった。
「しかし、何でかなあ」
 バイクから降りた、多分リーダー格のスキンヘッドの男が、焦点の定まっていない目で力なく言った。他のものはまるで何かの儀式のように、エンジンを鳴らし続けている。男は鉄パイプを振り上げると、私の身体がどうなろうと興味がないような虚ろな表情で、力強く振り下ろした。脇腹に当たると予想を越えた激痛で息が止まり、一瞬遅れて焼けるような熱が、耐え難い刺激となって全身に走った。息をするのが難しく、萎縮した喉で辛うじて息を吸い込むと、弱々しい、裏返った声が口から漏れた。痛みと恐怖で、身体の細かい震えが止まらなかった。立ち上がろうとしたが、膝や足首の関節が硬直したように動かなかった。
「金、全部。そしたら、そうだな……、あと、じ、十回くらいで、許したるよ」
 男はそういうと、私の出方を待つように、煙草に火を点けた。小銭入れしか手元になく、全て合わせても千円に満たないだろうと思った。だが、私は首を横に振っていた。声を出そうとしたが、顔が焼けるように熱くなり、気がつくと、地面にうつ伏せで倒れていた。地面にあたっている頬が冷たく、歯茎から溢れて止まらない血液が口の隙間から少しずつ漏れていた。もう彼らは飽きたのかと思ったが、状況は変わっていなかった。私が気を失ったのは、意識が一瞬途切れたに過ぎない短い時間だった。
――殺したら、面倒かな。
――でも、これが悪いんじゃん。
――まあ、誰もいねえし、俺達はここの人間じゃねえしなあ。

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