クレーターのほとりで 青木淳悟
1 男たちが命からがら沼のほとりに辿り着いたその勇姿も、水辺に集う動物たちの目にはぼんやりとしたものにしか映らなかったにちがいない。――実際彼らは日の射さない森を長くさまよううちにピンク色の心臓が透けて見えるほど肌の色を失っていた。のびつづけた髪も髭も体毛も、老いのためではなく真っ白に変色していた。そんな人間が十四、五人も森にいて、昼間のうちは木の洞や太い地上根のつくる檻にひそみ、夜になると互いにはぐれぬよう手をつなぎながら移動した。月の光も届かない森の闇夜では肉体を失ったかのような錯覚さえ起こったが、彼らは絶対に火を使おうとしなかった。急に火をつけたら見たくないものまで見てしまいそうな気がした。彼らがよく知る歌にも みんなねているよるなのに ひるのしごとするアブラハム カマドにひをいれて たましいのしっぽみつけた というものがあり、腹を立てたアブラハムがしっぽの主を片っ端からカマドのなかへ放り込む様子が歌われているのである。子どものころにはそのアブラハムという名前が出てくるたびに耳をふさぎ、「カマド行き」される魂がかわいそうで泣いたりしたものだが、内容はともかく声をそろえてこれを歌うとなぜか勇気が湧いてくる。彼らは闇にひそむ野獣が逃げ去るほどの歌声をふりまきながら森を歩いた。 あさをむかえてみたものの しごとをしないアブラハム カマドのひをけして つまとこどものほねひろった 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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