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【冒頭部分掲載】

みんな元気。

舞城王太郎


 目を覚ますと、隣で姉の体がベッドからだいたい十五センチくらい浮いている。寝相の悪い姉はタオルケットをベッドの足下に蹴り落としてバンザイ、踊るように腰をひねってべんべんと重ねた足で4の字を書いている。水平に倒れて、空中で。そんな体勢で姉は口を開けて変な顔でふすかーふすかーと寝ていて、私は思わずはぶぶすと笑ってベッドの上で身体をよじる。ちゃんと一メートルくらい浮いていてくれたら私も普通にぎょっとできたしきゃあーとなったはずなのだ。でも十五センチとかそんな感じだとわっとか全然こなくて面白いだけだ。くしししひとしきり笑って姉の顔を見ないようにしながら私は手を伸ばして姉の肩の下の空間に右手を差し込んでみる。そこには縦十五センチの隙間があり、姉のパジャマの背中の垂れた生地があり、姉の体温のかすかな放射があり、冷たいベッドの強い気配がある。もうすでに浮かんでからしばらく…結構経ったので、姉のベッドはそのうち冷えてしまったのだろう。姉はただの空気の上に普通に寝転がって膝を立て、呼吸している。ふすう、ふすう、と鼻息がして、ちょっと肩が上下している。
 私は「ゆりちゃん」と姉に声をかける。姉を驚かせまいと声が小さくなって、そのせいか姉は私に気づかない。とにかくこんな光景珍しい、なかなか見れないよ、と思って私はその姉の浮いている状態を乱したくない。もう喋りかけるのはやめだ。
 カーテンを開けて、月明かりの中で宙に浮いてる姉をしばらく眺めていたら、みんなに見てもらいたくなって、私は部屋を出て、まずは一階に降り、父と母を起こしに行く。両親の寝室のドアを開けて、見ると父が暗い部屋の中のベッドの上でヘッドボードに向かって土下座でひれ伏してお尻を高く上げているのでびっくりムギャー異変が続いてる!と思って確認すると、父は宙に浮いてはいなくて、突き上げたお尻以外はベッドに載っている。「ちょっと、お父さん」とそれでも心配で私が言うと、父は答えず、隣のベッドの母が起きて「あれ枇杷ちゃんどうしたの」と言う。「お父さんどうしたの?」と訊くと母が父の格好を見つけてぷしーすと笑って布団の中で身をよじる。「ねえ、ちょっと」と母に言ってると父が目を覚ます。「あ、しまった寝ちゃってた。トイレ行こうと思って正座までもってったのに」と言って父が上体を起こして正座し直して「どうしたの枇杷ちゃん」と言いながらベッドから降りてトイレに向かおうとするので、「トイレはいいからちょっと部屋来てよ」と私は言って「えー」と言って内股になって足踏みとんとん後ろ足ぴょんぴょんしている父とそんな父にまたうけてる母の手をそれぞれ引っ張って二階に連れて行く。

続きは本誌にてお楽しみ下さい。