メロウ1983 田口賢司
1 死とは何か。 あるとき晩年のエルヴィス・プレスリーをファンの少女が訪れた。曖昧な絶望がもたらした過食のために醜く太ってしまったエルヴィスを前にして少女は大いにとまどった。 エルヴィスは食べ続けていた。 口がもぐもぐ動いていた。 「ねえ」 少女はその口もとをじっと見つめながらきいた。 「ねえ。エルヴィス。そのあごの下にあるものは何?」 するとエルヴィスはやさしく少女の頭をなで、 「あごだよ、ハニー」 と言った。 その二つ目のあごが死である。 □□□□ 「エド?」 女が目をさました。 「エド、なんか言った?」 「いや」 エドはマルボロに火をつけた。煙がたちのぼる。見ろよ。天井に広がる染みがカバの形をしている。 女はエドのマルボロをひとくち吸った。額にかかった前髪を手で払いながら煙を吐き出す。 「モリー・リングウォルドがそばかすの数をかぞえていたの」 女がいま見た夢の話を始める。 「ふっくらしたその唇の隙間から並びの悪い前歯をときおりのぞかせながら、鏡の中のモリーは花占いをするみたいにそばかすをひとつひとつカウントしていた。全部で19個。モリーは驚いた。なんと自分の年齢とぴたりと一致するではないか。あたしも驚いた。それはあたしの年齢でもあった。これ以上生きることはできないという意味かしら? と眉をしかめる鏡の中モリーと目が合ったとき、突然、あたしは長方形の黒い影に包み込まれた。 それは映画のスクリーンのような巨大な焼き海苔だった。胸がムカムカするような磯の香りが鼻をついた。いや。くさい。離れて。あたしは抵抗した。必死になってもがいたけれど体がまるでいうことをきかない。羽交い締めにされている。うなじのあたりに湿ったものが触れた。ぴたりと閉じていた両脚が強引にこじ開けられる。だれか助けて。おねがい。 するとそのだれかが公園のベンチに座ってマルボロを吸っていた。エド。それはあなただった。あたしはあなたの名前を叫んだ。エド。助けて。あなたは小さく手を振った。あたしと焼き海苔をじっと見つめたまま動かない。こいつらどうやってファックするんだろうか。そんな好奇心で瞳は十分に潤んでいる。助けて。エド。あたしはもう一度叫んだ。おねがい。あたしのダーリン。 「早くやれよ」 あなたは言った。 「ぼやぼやするな」 「ひどい」 あたしは叫んだ。 「無理よ。できっこないわ」 「いや。できる。できるとも」 おもむろにあなたはベンチから立ち上がった。そしてペプシの自動販売機を後ろから抱きかかえたかと思うとガツンガツンと腰を打ちつけた。ゴトンと音がしてペプシのアルミ缶がひとつ転げ落ちて来た。 「見ろ」 あなたは言った。 「キャディラック、バーガーキング、ディズニーランド、おれはなんだってファックできる。この世にファックできないものはなにもない」 天に向かって腰をつきあげながらあなたはペプシをごくごく飲んだ。 「やれ。やるんだ。ファック。ファック・ザ・ユニバース」」 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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