「ロリヰタ」 嶽本野ばら
「ロリータがお好きな訳ですね」 「そうですね」 「貴方のことは、雑誌で拝見したことがありますよ。ロリータのカリスマ作家とか、何とか、書いてあったな。つまり……ロリータ・コンプレックス。貴方は少女にしか、性的な興味を示せないのですよね」 「否、違います。僕の好きなロリータとはロリータというファッションのことであり、いわゆるロリコンとは無関係なんです」 「それは、どのようなファッションなんですか?」 「ヒラヒラ、フリフリした、レースが沢山あしらわれた、西洋の童話に出てくるお姫様のようなスタイルと思って貰えば……」 「そういう格好をした女性に、欲情する」 「そうじゃないんです。無論、ロリータの女のコは好きですが、僕自身が、ロリータのお洋服を好きなのであって、そこに僕の性的嗜好を重ね合わせられると、困るんです」 「そのロリータというのは、女のコのファッションなのでしょう」 「基本的には」 「そんな服を、ご自分も着てみたい?」 「着てみたいというか、着ています」 「貴方は女性になりたかった、ゲイと解釈していいのですね」 「残念ながら、純然たるヘテロです」 「……では、女装癖があるということですね。今日も、お穿きになってるのはスカートですよね」 「普段からズボンより、スカートを穿くことの方が多いです。でも女装ではありません」 「正直に応えて貰って構わないんですよ。プライバシーの保持は絶対厳守ですから。そうでないと、カウンセリングになりませんから」 「ズボンを穿いた女性を見て、レスビアンだと判断なさいますか? 女性がズボンもスカートも穿くように、僕は男性でありながらも両方、穿くんです。これは性倒錯ではありません」 神経内科の医師は、明らかに不審な顔つきでそれ以上、質問することを止め、では、寝る前に飲む睡眠剤と、日中に飲む自律神経を整える薬を出しておきますといい、カルテに暫く迷った末、何かを素早く書き入れました。これだから、初めて訪れる神経科は嫌なのだ――僕はうんざりとしながらも、医師に礼をいい、診察室を出ます。風邪薬や胃薬のように、普通にドラッグストアで睡眠薬を売っていてくれれば、このように不毛なカウンセリングを受けずに済むのに。しかし、睡眠薬がなければ、どんなにアルコールを呷ろうが、眠れはしないし、自律神経のお薬がないことには、動悸と肩凝りが激しくて、親しい知人と話すことすらままならぬのです。眠れないと申し出ているのだから、事務的に睡眠薬を出してくれればいいのです。スムーズにお薬が貰えるようにと、僕は前に通っていた神経内科でのお薬を持参するという用意までしてきているのです。が、初めて対面する医師はどう考えても睡眠障害や自律神経失調とは無関係な、不要と思われるカウンセリングを、必ず開始します。そして、医師のトンチンカンな質疑に、僕は根気強く応え、誤謬を正していかねばならないのです。 続きは本誌にてお楽しみ下さい。
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