新潮文庫メールマガジン アーカイブス
今月の1冊


 昭和50年、ベトナム戦争が終結し沖縄国際海洋博覧会が開かれたこの年に、小学6年生だった少年が「将来のゆめ」という作文を書きました。「教師」か「作家」を目ざしてがんばりたいと書いていた少年の名前は、重松清
 そして16年後の平成3年、重松さんは「作家」としてデビューします。直木賞など数々の賞を受賞した重松さんは、30年以上もベストセラー作家として執筆を続ける一方で、7年前からは早稲田大学で教鞭を執っています。かつての少年は、二つの夢をともに叶えたのです。
 このたび出版された文庫新刊『おくることば』には、そんな「作家」であり「教師」である重松さんが書いた6つの作品が収められています。作家として本書のために書き下ろした小説「反抗期」は、2023年3月に小学校を卒業した少年・ユウの物語。コロナ禍での学校生活で、ユウは思いがけない出来事に巻き込まれていきます。そして、卒業式でユウを待ち受けていたのは――。新型コロナ感染者がふたたび増え始め、感染状況は「第九波」に入ったのではともいわれていますが、そんな今だからこそ読みたい1編です。
 教師としての側面が強いのが「夜明けまえに目がさめて」。これは、早稲田大学の「重松ゼミ」での日々や、学生たちへの思いやメッセージをまとめたものです。ネットなどで膨大な、そして不確かな情報が飛び交う現代。平和が「当たり前」でなくなってしまった現代。そんな"今"を生きていくための「考えるきっかけ」に満ちており、大学生はもちろん、子どもからおとなまで、令和を生きるすべての人に読んでほしい作品です。また、重松さんが語りかけるかたちで書かれているのでたいへん読みやすく、夏休みの読書感想文に困っている......というお子さんにもおすすめです!

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2023年07月18日   今月の1冊

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 プロが惚れこむプロ――音楽業界には"ミュージシャンズ・ミュージシャン"という言葉がありますが、小説の世界における"ライターズ・ライター"とも言うべき作家が、このロス・トーマスです。デビュー作『冷戦交換ゲーム(The Cold War Swap)』(1966年)でいきなりMWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀処女長篇賞を、『女刑事の死(Briahpatch(1984年)では同最優秀長篇賞を受賞と、二度の栄誉に輝いているトーマスは、レイモンド・チャンドラー同様に40歳を過ぎてから作家デビューを飾った遅咲きの作家。その人生経験から紡がれる予測不能の複雑な展開、傍役まで疎かにしない魅力的な人物造型は、他の追随を許しません。そんな作家が憧れる作家の魅力が詰め込まれた最高傑作が、本書『愚者の街』です。

 主人公は、生まれ落ちたときに母を亡くし、その後は父と二人で上海に渡った少年ダイ。南京路で親子は爆撃に遭い、気づくと手をつないでいた父親は、なんと腕だけになっていました。
 天涯孤独の身となってしまったところ、娼館のロシア人女性に拾われ、娼婦たちから様々な言葉や文化を学びながら生きのびて、ダイは成人します。やがて「セクション2」と呼ばれる米国秘密情報部でエージェントとしての活動に従事しますが、何者かに陥れられて投獄され、情報部からも解雇。そんなダイの出獄を待っていたのは、腐敗した南部の小さな街をさらに腐敗させ再興させるという、突拍子もない仕事の依頼でした――。
 一人の男の数奇な運命を綴った壮大なるサーガにして、壮絶なる暴力と騙し合いの狂騒曲。二度のMWA賞に輝くクライム・ノヴェルの巨匠ロス・トーマスの作品が、新潮文庫に初登場。しかも初期作品ながら最高傑作との評価も多かった著者畢生の大作を、本邦初訳でお贈りいたします。

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2023年06月15日   今月の1冊


 この秋、稲垣吾郎、新垣結衣に加え、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香といった実力派揃いの俳優たちが出演することが決定し、話題沸騰の映画「正欲」。
 朝井リョウの原作小説がこのたび文庫化され、こちらも発売して2週間足らずで2度の大規模重版が掛かっている。

 息子が不登校になった検事・啓喜。
 初めての恋に気づく女子大生・八重子。
 ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。

 ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める。
 だがその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、ひどく不都合なものだった。

「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな――」

 作中のこの言葉にぎくりとさせられた読者は、孤独なひとりひとりがどうやって生きていくのかという根幹問題へと深掘りされていく。
 まさに「読む前の自分には戻れない」一冊。
 間違いなく朝井リョウの最高傑作である。
 映画公開を前に是非手に取ってほしい。

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2023年06月15日   今月の1冊


「ネタバレ厳禁」

 煽り文言でよく使われる言葉ですが、本作『世界でいちばん透きとおった物語』でもオビに大きくこの文言を記載しています。それは、緻密に練られた本作最大の「仕掛け」を最大限に楽しんでいただきたいからです。

 急死したミステリ作家である実父への複雑な感情や、女性編集者に対するほのかな恋心など、主人公燈真が様々な想いを抱えながら『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルの遺稿を探す、心に染みる穏やかなミステリです。

 発売前にプルーフを読んでいただいた書店員様や、既に作品を読んでいただいた方々を中心に、早くもSNSなどで話題沸騰。小説紹介クリエイターのけんご氏からも絶賛いただいています。

「ネタバレ厳禁」の期待を裏切らない、今まで経験したことがないような読書体験になること間違いなしの本作をぜひお楽しみください。

※本作は電子での販売はなく、紙の本のみの販売となりますのでご注意ください。

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2023年05月15日   今月の1冊


 坂本龍一さんが57歳までの音楽家人生のすべてを語った『音楽は自由にする』の文庫版を刊行しました。編集がすべて終わり、印刷に着手しようかというところで、坂本さんは旅立ってしまいました。

 本書の編集担当者は文庫版の準備を始めますというご報告をする際に、はじめてお目にかかることができました。別れ際に「それじゃ、よろしくね」とかけて下さった声の響きがいつまでも耳に残っています。気のおけない仕事仲間に挨拶するようなトーンで、世界的な音楽家を目の前にした緊張がほぐれました。

 本書の装幀には楽譜と「音楽は自由にする」を意味するドイツ語がレイアウトされていますが、いずれも坂本さんの自筆によるものです。坂本さんの数多ある作品のひとつに相応しいデザインになっていると思います。

 刷り上がった文庫版を坂本さんにお届けすることは叶いませんでしたが、坂本さんの愛した「Ars longa, vita brevis」(芸術は長く、人生は短し)という言葉の通り、開けばいつでも著者の考えに触れることのできる本もまた、長く残るものです。ぜひ手にとっていただければと思います。

 57歳からご逝去の直前までが明かされた、本書の続編にあたる『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』は6月21日に刊行されます。あわせてご注目ください。

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2023年05月15日   今月の1冊