今月の1冊
1月10日午後9時、小学校3年生・笠原未希が未帰宅であるという無線通報が綾瀬署に入った。それを受け、当直責任者の柴崎令司警部は高野朋美巡査らを急行させる。9歳の女児は冬空の下、一体、どこへ姿を消したのか――。
警察小説の雄として注目を集める安東能明さんの最新作にして最高傑作が、文庫書き下ろしで登場です。
彼のミステリの持ち味、そのひとつが取材に基づく、圧倒的なリアリティ。この長篇にいち早く目を通したある弁護士は、作中に描かれた某事件の顛末に感心したと語りました。現役警察官、法律家を唸らせる描写と展開、それが安東作品の大きな強みとなっています。
もうひとつの魅力は、登場人物が等身大であること。我々の隣人のように能力も欠点も有する捜査員たちが、事件解決のために奔走します。名探偵ではない彼らのことですから間違いは犯すし、望まずともまわり道もしてしまう。そもそも警察官は役人の一種であり、管轄、所属に縛られています。さまざまな制約の中で、ある者は路上で靴底をすり減らし、ある者は閉ざされた一室でネゴシエーションを行い、真実を掴もうと奮闘します。凡人もたゆまず歩めば、高峰に到達することができる。安東作品はそう語りかけています。
全国でも珍しい女性キャリア署長、坂元真紀警視。刑事としての覚醒をはじめた高野朋美巡査。そして、華はないけれど味のある警務課長代理にして主人公、柴崎令司警部。三人はこの事件に関わることで何を得るのか。
警察小説の魅力、その全てが『広域指定』にあります。
『沈まぬ太陽』や『華麗なる一族』など、社会派小説の傑作を多数遺した作家、山崎豊子先生の命日が「豊子忌」と名付けられることになりました。新聞報道もたくさんありましたが、これからは毎年、山崎先生を偲び、山崎文学に向き合うきっかけになることでしょう。
山崎先生が亡くなったのは、「週刊新潮」に連載された最後の作品『約束の海』の第1部を書き終えたのちの2013年9月29日のこと。以後、9月29日が「豊子忌」として記憶されることと思います。
作家の命日に名前をつけたものを「文学忌」と呼びます。三回忌や七回忌といった仏教上の「忌」とは別に、毎年やってくるもので、芥川龍之介の「河童忌」、三島由紀夫の「憂国忌」、司馬遼太郎の「菜の花忌」などが有名です。故人が好んだ風物や作品のキーワードから名付けられることが多いようです。
山崎先生の文学忌は、没後3年を迎えるにあたり、山崎先生の甥である定樹氏が中心となり、生前に秘書を務めた野上孝子さんや、生前交流の深かった新潮社、文藝春秋、毎日新聞社の編集者らが協議して決まりました。
「船場忌」や「暖簾忌」など、山崎先生の作品を思わせるネーミングが候補に挙がりました。しかし、先生の作家人生の後半に書かれた社会派の作品の雰囲気が感じられず、ネーミング決定は難航しました。何時間も協議した後、山崎先生が「直球勝負」を好んだことから、名前をそのまま使った「豊子忌」となりました。
「豊子忌」には今後、講演会やイベントが行われる予定です。今年は山崎さんの母校「相愛女学校」の後身である相愛大学にて、文藝春秋前社長で『大地の子』『運命の人』などを担当した編集者の平尾隆弘さん(神戸市外国語大学客員教授)の講演会が開かれます。詳細はこちらからご覧下さい。
http://www.nakanoshima-univ.com/seminar/article/p20160926
没後3年にあたり、『約束の海』を文庫化しました。山崎先生が自衛隊という大きなテーマに取り組んで書かれた、最後の長編小説です。71回目の終戦記念日もやってきました。ぜひお手にとって、「戦争と平和」というテーマに終生取り組んだ山崎先生の作品をお楽しみいただければと思います。
また、山崎先生の墓所が公開されます。詳細は以下のページからご確認下さい。
http://www.bookbang.jp/article/516082
2014年の本屋大賞第1位に輝き、単行本は累計100万部を越えたベストセラー、和田竜『村上海賊の娘』が文庫になりました。文庫版は全4巻。新潮文庫7月新刊として一、二巻が発売されるやいなや、全国の書店ランキングで1位、2位を独占しています。文庫版の累計部数は、早くも80万部を突破しました。
戦国時代、瀬戸内海の島々に根を張る海賊衆が、乱世にその名を轟かせていました。村上海賊です。当主である村上武吉の娘、景がこの小説の主人公。海賊働きに明け暮れ、地元では嫁の貰い手もない、男まさりの海賊の姫が、合戦前夜の難波海へ向かうところから物語は動き出します。
7月28日には、完結編となる三、四巻が2冊同時に発売されます。単行本の読者を熱狂させた、圧巻の合戦シーンをお楽しみに! 新潮文庫の和田竜作品は、他に最強の伊賀忍者を主人公にした『忍びの国』があります。大野智主演、中村義洋監督で映画化が発表され(2017年夏公開)、こちらも大きな話題となっています。
2016年03月15日 今月の1冊