今月の1冊
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2019年3月7日の朝日新聞に「平成の30冊」が発表され、村上春樹さんのインタビューが載りました。
1位に『1Q84』、10位に『ねじまき鳥クロニクル』――3部作の大長編が2作ランクインしていますが、村上さんは平成の30年間を振り返りつつ、真摯にインタビューに答えています。
「......深層意識の中に入って行き、出入り口を見つける。『ねじまき鳥』で初めて出てきた「壁抜け」は、小説的な想像力を解き放ち、物語の起爆装置になりました」
Seek&Find、地下迷路、そして壁抜け......村上ワールドを知る読者なら、その魅力はよくご存じだと思います。
今回文庫化された『騎士団長殺し』(文庫版:第1部・2019年3月1日刊、第2部・4月1日刊)は、屋根裏に隠された一枚の絵から始まり、「壁抜け」を想起させる物語が展開しています。
『騎士団長殺し』は2018年秋に英訳と仏訳が出たばかりで、今年2月『海辺のカフカ』の舞台上演に合わせてパリを訪れた村上さんは、当地で学生とのトーク・イベントを行い、大きな注目を集めました。
400字詰めに換算すると2000枚以上の大長編なので、今回、日本の文庫版では第1部と第2部をそれぞれ上下に分けて4分冊に編集し、読みやすくしました。
また、各巻の装幀は写真をもとにしたカバーデザインで、舞台になった小説世界をヴィヴィッドに感じていただけるようになっています。『1Q84』同様、単行本とはひと味違うカバーデザインをお楽しみください。
小社の雑誌「波」には、俳優の高橋一生さんの4000字にわたる魅力的な書評エッセイが掲載され、村上ファンも髙橋ファンも必読の文章となっています。
高橋さんは、「単行本を読んだのが小説の主人公と同じ36歳。読み始めてすぐ、これは僕の物語ではないか」と感じたそうです。
また同誌には、『大家さんと僕』の矢部太郎さんが、『騎士団長殺し』に触発されて描いたウィットに富んだマンガも収録されています。
傷つき失われた魂が出会い、厳しい試練をくぐり抜けて救われる『騎士団長殺し』の世界は、そのまま現代を生きる「私たちの物語」でもあります。『ノルウェイの森』以来となる一人称で描いた長編を読み直すことの意味はそこにあると思っています。
全国の書店には、文庫化に当たって高橋一生さん、矢部太郎さん、綾瀬はるかさんからメッセージをいただいたPOPを陳列しています。
またBEAMSと新潮文庫がコラボしたオリジナルデザインのサコッシュがなんと1000名様に当たるプレゼント企画もあります。
応募方法などは、第1部〔上〕の帯裏をぜひご覧ください。
サコッシュにとても可愛いペンギンのイラストが描かれています。でも、なぜペンギン? その理由は、小説の中に!
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応仁の乱前夜、幕府が弱体化し混迷を極める京の町。天涯孤独の少年、才蔵は、二人のならず者に出会い、彼らから生きる術を学んでいく――。
本作『室町無頼』は、これまで歴史時代小説であまり描かれることのなかった「室町時代」を舞台に描かれた画期的な作品です。
ヒーロー無き世の中だからこそ、民衆が主役になれ、秩序無き時代だからこそ、何が起こるかわからないエキサイティングさがある。著者の垣根涼介氏は、呉座勇一氏の『応仁の乱』がブームになる以前からこの時代に目をつけ、徹底的に調べた史実を下敷きに、極上の歴史エンタテインメントを書き上げました。
史実にも登場する二人の魅力的なはぐれ者、骨皮道賢と蓮田兵衛の奇妙な友情、才蔵が棒術の達人になるために経験する過酷な修業、民衆の思いがひとつになる血湧き肉躍る蜂起など、娯楽小説としての読みどころが満載の本作。しかしながら根底に流れるテーマは「混迷の世に、人はどう生きるか」という、現代人の悩みに通じるものです。
それは、垣根さんが手がけたリストラ請負人の活躍を描く「君たちに明日はない」シリーズにも通じるものがあります。主人公の村上は、さまざまな企業のリストラに立ち会い、サラリーマンが会社という拠り所を失った時の選択を目にしてきました。
室町という時代もまた、主君という拠り所を失った牢人たちが、自らの選択と自らの能力でサバイブすることを求められた時代でした。生きぬくために自分の能力を磨く才蔵、幕府の手下ながら自分で選択する道賢、組織に属さず常識を信じない兵衛。私たち読者にこの三人の無頼がとてもまぶしく感じられるのは、彼らが現代人にとっても理想的な生き方を見せてくれているからなのでは、と感じてしまいます。
エンタメでありながら自らの人生を鑑みるきっかけをくれる傑作です。垣根さんご本人がつづる本作への思いも、ぜひお読みくださいませ。
[→]垣根涼介ホームページ
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かつて2001年の同時多発テロの直後、ジョージ・W・ブッシュ米大統領が「この十字軍、対テロ戦争は長い時間のかかるものとなるだろう」と演説したところ、紛争が宗教的な意味を帯びてしまうと、世界中で批判が巻き起こりました。しかし、欧米の社会が中東の武装組織との紛争に、「十字軍」的なものを感じることの証左でもありました。
それから十数年後、アメリカは「イスラム国」と名乗る集団によるテロや誘拐事件に悩まされることになりました。この「イスラム国」は英語では「Islamic State」。彼らが「国=State」という言葉を使ったのは、かつてヨーロッパ各国から中東にやってきた「十字軍」が「十字軍国家=Crusade State」と自称する国を打ち建てたことをイメージしているのかもしれません。
「十字軍」というものはことほどさように、21世紀の現在まで尾を引いている、歴史上の大きな出来事なのです。
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累計840万部突破の大人気シリーズ「しゃばけ」。
今年の新刊文庫は『おおあたり』と『新・しゃばけ読本』の2冊です!
『おおあたり』はシリーズ15弾です。
栄吉の新作あられの成功に触発された若だんなが、長崎屋の跡取としてやる気を出すのですが、病弱な体がついていかず......。
謎解き鮮やか、心はほっこりの、運が開ける五作を収録しています。
そしてもう一冊は、『新・しゃばけ読本』です。
本作は2010年に刊行された『しゃばけ読本』をリニューアルした、「しゃばけシリーズ入門書」です。
本編が17作に達し、スピンオフなど関連書籍も多数刊行され、拡がりゆくシリーズの全貌をつかむための一助としていただくために、刊行いたしました。
全作品のあらすじ紹介、登場する79のキャラクター解説等々、シリーズに関するあらゆる情報を詰め込んでいます。
その他の読み物もリニューアルされています。
畠中恵さんに創作の秘密を根ほり葉ほり(!)インタビューしたり、物語を考えながら歩いているという散歩道をご紹介いただいたり、柴田ゆうさんに、イラストを描く過程や画材を公開してもらったり、としゃばけが生まれる現場も大公開しています!
そして、絵本『みぃつけた』も全編特別収録されています。
初心者もマニアの方も、しゃばけがもっと好きになる一冊になりました。
ぜひ、お手に取ってみてくださいね!
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殺人――それは平凡な日常を切り裂く鋭利な凶器。高村薫氏の長篇『冷血』は、歯科医の父母のもと、豊かな感性を育んできた高梨歩が十三歳を迎えて微笑むシーンから始まります。しかし、私たちは気づいています、彼女の生がまもなく残酷に断ち切られてしまうことを。高梨一家四人をこの世から消滅させたのは、闇の求人サイトで知り合った、井上克美と戸田吉生。彼らは大量の証拠をばらまきながら逃走したために、あっけなく逮捕されます。本作のミステリーはまさにこの地点から始まるのです。彼らの犯行を前例や社会通念という鋳型に押し込もうとする人々。その中で、事案に深く関わる刑事・合田雄一郎だけは、ふたりを理解しようと手を差し伸べます。
捜査員としては明らかに逸脱しているのですが、人間としての根源的な欲求から生じた感情なのでしょう。
『冷血』という世界で、ある時間を生きる。それは楽しみながら頁を繰るという読書経験とは異なります。しかし、続きが気になって、どうしても本を手放すことができない。そして下巻を閉じたとき、読者はきっと複雑な陰影を帯びた感情の波に襲われることでしょう。それこそが本作が傑作と称されている証だと、担当編集者である私は考えています。
合田のことをさらに知りたくなった方は、『マークスの山』『照柿』『レディ・ジョーカー』をぜひ手に取ってください。新潮文庫では合田シリーズの完全版を揃えています。優秀でありながら異端、たまらなく魅力的なひとりの刑事と、さまざまな理由から罪を犯してしまった者たちとの、壮絶で胸を穿つドラマが、あなたを待っています。