1968年9月8日、日本全国の少年が固唾を飲んでテレビを観ていました。「ウルトラセブン」最終回が放送されたのです。毎週日曜日夕方7時から30分の枠で、平均視聴率は26.5パーセントというお化け番組、日本列島の子供がみんなテレビの前に釘付けになっていたと言っても過言ではないでしょう。
その中に、7歳の青山通少年もいました。東京の世田谷区に住む小学2年生でした。
番組も終わりに近づき、身も心もボロボロになったモロボシダンは、ついに自分がウルトラセブンであることをアンヌ隊員に明かします。クライマックス、ラストの8分です。
「僕は......僕はね、人間じゃないんだよ。M78星雲から来たウルトラセブンなんだ!」
その告白の瞬間、映像は反転、二人はシルエットとなり、背景は銀の光が煌めきます。
と、そのとき、オーケストラとピアノ・ソロの衝撃的な音楽がかかります。
ジャン! ダダーンダダンダダンダダンダダンダダン~
なんだ、このすごい曲は!! その演奏に少年はすっかり打ちのめされてしまいます。この時から、少年は、クラシックに詳しい大人に聞いたり、友達のお兄さんのレコードのコレクションを聴かせてもらったり、いろいろな方法で、この曲はなにかを突き止めようとします。今なら、「即検索」......なのかもしれませんが、当時はインターネットはありません。思想史家で音楽評論家の片山杜秀氏が本書の解説で、そのありようをこう評しています。
《本書は、20世紀のひとりの子供がクラシック音楽の名曲とここまで見事に出会い、そのあとの長い人生にこれまた見事につなげてゆく、貴重なドキュメントである》
おりしも、番組が放映されていたのは「昭和元禄」の頃。終戦から20年経た日本は、戦争の記憶から抜け出し、高度成長のピークにありました。ミニスカートやサイケ、ゴーゴーといった風俗と70年安保とベトナム反戦などの熱い闘争が同居する時代でした。
《1960年前後に生まれた世代のテレビや音楽やレコードへの接し方についての大切な記録であることはもちろん、クラシック音楽を好きになるとはどういうことなのかを考えるためのひとつの入門書でもあり、青山少年の成長物語でもあるだろう》
ひとりの男の子がオトナになっていく姿と、そのころ、世界第2の経済大国に躍り出た昭和日本の息吹きがオーバーラップして、今60代から50代までの元「男の子」だけでなく、全世代の男女に、こころよい懐かしさを感じさせる「ビルティングス・ロマン」ノンフィクションであるといってもいいでしょう。
真山仁さんの文庫最新刊である政治エンタメ小説『オペレーションZ』が連続ドラマとして放送されます!
大手生保会社が資金繰りのため国債を投げ売りする事態が発生し、国債価格が暴落。あわやデフォルト=国家破綻一歩寸前となるところから物語は始まります。もう無軌道に国債を発行して未来の国民から借金する政治は終わりにしなければならないと決意した「江島隆盛総理」は、「周防篤志」「中小路流美」ら若手財務官僚を集め、極秘作戦=「オペレーションZ」を始動。しかし、歳出を半減させる方針に他省庁や世論が激しく反発、政権与党やメディアからの攻撃が渦巻くなか、江島総理は乾坤一擲の賭けに打って出る......! 息もつかせぬ緊迫のメガ政治ドラマです。
主演はNHK大河ドラマ「真田丸」や「なつぞら」での好演も記憶に新しい草刈正雄さん。映画最新作「記憶にございません!」では官房長官役でしたが、今作では内閣総理大臣を演じます。草刈さん曰く、「こんなに漢字や堅苦しい単語の多い台本は、50年の役者生活で初めて。最初は『なんだ、このセリフは』とキレそうになりましたが、やっているうちにそれがだんだん快感になった(笑)。特に演説は、気持ちいいものですね」とのこと。周防篤志役は溝端淳平さん、中小路流美役は高橋メアリージュンさんが演じます。
「連続ドラマW オペレーションZ~日本破滅、待ったなし~」は3月15日から放送です。
お楽しみに!
昨年、『月まで三キロ』という短編集で、新田次郎賞や静岡書店大賞を受賞した伊与原新さん。三十代から五十代以上の幅広い読者を「ひとめ惚れ」させた伊与原さんですが、最新作『青ノ果テ―花巻農芸高校地学部の夏―』(新潮文庫nex)は、高校2年生が主人公の青春小説。宮沢賢治の世界を織り込みながら、岩手県花巻の高校生の成長をこまやかな筆致で描いた物語です。
青春小説は、今ひとつピンとこないなあ――。『月まで三キロ』の読者は、そう感じてしまうかもしれません。ところが、定食的な青春物語にしていないのが、伊与原さんの個性。そういえば、刊行直前こんなことをおっしゃってました。
「『月まで三キロ』も、『青ノ果テ』も、自分は書き方を変えてないんです」
確かに、『青ノ果テ』は、青春小説の枠組みですが、語られる言葉や突きつけられる問いは、大人の心をグサリとえぐります。
「一人で解決しなきゃならないことだって、きっと世の中にはあるんだよ」
「みんなちっぽけで、力もない。自分のことも解決できないのに、誰かを救おうなんて、傲慢だよ」
「絶望ってのは、愚か者の結論だぜ」
二人の高2男子と、同級生の女子。恋もマウンティングも出てこない代わりに、それぞれが自分なりの「人生の課題」に直面します。それまで1ミリも知らないでいた過去。目を背けていたこと。「自分の責任じゃない」という決まり文句が通じないと気づいたとき、彼らは大人たち以上に、まっすぐに立ち向かう。その強さはもろさも孕んで、ストーリーに複雑な弾力性をあたえ、一息にラストまで引っ張ってくれます。
自分の弱さに一人で向き合う彼らは、しかし孤独ではありません。文芸オタクの女子や、地学オタクの先輩や、偶然出会った大人たち、そして家族。一人で解決すると決めたとき、初めて周りに味方がいることが見えてきます。
17歳の物語ですが、本書には、大人とちっとも変わらない人生の岐路と気づきがあります。『月まで三キロ』の人物と同じように、小さな一歩でも、確かに自分の決めたことだと胸を張れる17歳――。
「青春小説は読まない」というのは、愚か者の結論かもしれないですよ。
「読みながら、震えが止まらなかった。規格外の傑作だった」
「悪魔的な"こく"に脳髄がしびれた」
「殺人事件を扱ったノンフィクション・ノベルの名著として歴史に名を残すことは間違いない」
各紙誌で絶賛を浴びた柚木麻子さんの『BUTTER』がついに文庫化されました。発売3日目に2刷がかかり、7日目には3刷と、驚異的な勢いで売れています。
男たちの財産を奪い、殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子。「カジマナ」と呼ばれるようになった梶井が世間を騒がせたのは、その犯行もさることながら、彼女が若くも美しくもない女だったから――。週刊誌記者の町田里佳は梶井に取材のアプローチを続け、ついに面会にこぎつけます。事件のことを聞きたくて逸る里佳に、梶井はこう切り出します。
「まず、あなたの部屋の冷蔵庫に何が入っているか、教えてくださらない?」
この言葉から、梶井と里佳の、奇妙な関係が始まります。食べること、作ることの快楽を説く梶井に感化され、里佳の生活や価値観も変貌してゆき、その変化は親友の伶子や恋人の誠らにも影響を与え......。
実在の事件をモチーフにした本作ですが、それはあくまで端緒であり、物語の核にあるのは私たちが抱える「生きづらさ」です。家族関係における罪の意識、性別にかかわらず自分で自分をケアすることの大切さ、血の繋がりにとらわれない新しい共同体の可能性――。殺人や結婚詐欺の当事者ではない多くの方々にも、この物語は決して無関係なものではないと確信しています。
そして、もう一つの読みどころは、梶井が語る美食の数々。「バター醤油ご飯」に始まり、たらこバターパスタ、ウエストのバタークリームケーキ、カトルカール......。頭の中がバターへの欲望でいっぱいになること間違いなしです。
濃厚で芳醇な、柚木麻子の新境地にして集大成、ぜひご一読ください。
『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。このすこし風変わりなタイトルの本がいま、たくさんの人に読まれています。舞台はイギリス。主人公は中学生になったばかりの男の子。著者は男の子の母親、ブレイディみかこさんです。
息子さんが通う公立中学は、人種や民族、階級、貧富の差、それからジェンダーの問題などが複雑に絡み合い、毎日がトラブルの連続。格差と差別と多様性が引き起こす問題を親子で悩みながら乗り越えていく日々を描いたこの作品は、鮮烈な印象を日本社会に与えてベストセラーになりました。
ジャーナリストの池上彰さんは、書評をこう結んでいます。
《ブレイディみかこさんは、イギリス社会の現実を日本の私たちに報告しながら警告を発しているのです。「これは、近未来の日本の姿かも知れないよ」と》(多様な社会での「親子物語」 より)
今月の新刊『THIS IS JAPAN―英国保育士が見た日本―』は、ブレイディみかこさんによる日本の取材記です。昨年秋のインタビューでブレイディさんは、いまの日本の問題として「経済と女性問題」をあげていらっしゃいますがこの本では主に経済問題に焦点を置いています。経済問題とは、つまり私たちの生活のことです。
冬の寒い日、世田谷区の保育園を訪れたときのこと。牛乳パックで作られた備品の数々を見て、「日本の保育園は、牛乳パックなしには成り立たない」と聞き、著者は衝撃を受けます。靴箱や棚から、「教室の真ん中に置かれていた巨大な間仕切り」まで......。
《「Austerity measures!」
とつい言いたくなった。緊縮財政が推進される英国では、ストリートでよくこの言葉が交わされる。何かがボロボロに古くなっている様子や、何かすごく貧乏くさい様子、いじましいような節約の場面などを見たときに、「Austerity measures!(緊縮措置!)」とジョークを飛ばして英国の人々は笑う。「緊縮」というのは欧州の政治を象徴する言葉だと思っていたのだが、この保育園を見ていると日本はその最前線を行っているのではないかという気がしてきた》(第三章 保育園から反緊縮運動をはじめよう より)
現場を見て、話を聞き、記録する。著者のスタイルを評論家の荻上チキさんは解説で、「風景を共有する」と評しています。「何かを語り、変えようとするためには、風景が共有されなければ始まらない」。
いま最も注目を集めるライター、ブレイディみかこさんが描くイギリスと日本の風景。イギリスは日本の近未来なのか、あるいはすでに日本は世界の問題を先取りしているのか。『THIS IS JAPAN』と『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を合わせて読むと、日本社会についてより深く考えさせられます。
ノンフィクション書評サイト「HONZ」にて荻上チキさんの解説を公開中!