新潮文庫メールマガジン アーカイブス
今月の1冊


「本能寺の変」といえば、小学生でも知っています。焼け落ちる本能寺、信長の死、三日天下、あっという間の光秀の討伐。まさにインパクトありすぎの展開で、大事変は終結します。洛中洛外の誰もが、「想定外」と呟いたに違いありません。信長から秀吉に天下が急展開したのですから。
 かくして光秀は謀叛人のレッテルが貼られ、信長に相当苛められたらしいとか、真面目すぎて逆ギレしたとか、まことしやかな理由が囁かれてきました。
 でも、どこかおかしいと思いませんか?
 あれだけの大事件、光秀が無計画だったとも思えない。動機もよくわからず、共犯の有無も不明。結果的に一番得をした秀吉は、奇跡的な「秀吉の大返し」で光秀を討ち取ってしまう。これを現代の政変にたとえるなら、いわば犯人死亡のまま幕引きということ。じつは家康もまた、事変直後に大きな動きを見せた。有名な「神君伊賀越え」です。
 さて、事変から一か月。恐るべき支配者も、弑した光秀も、気づけば歴史から消えている。これは何を意味するのか? 「死人に口なし」なのか――。
 真相を解き明かすべく、手練れの甲賀忍びが動き出します。探索の目的は二つ。動機と共犯の解明です。なぜ光秀は主殺しを決断したのか。誰か協力者がいたのではないか。光秀を裏切った者は誰か。ミステリー風にいえば、「被疑者死亡の事件」の謎を追うというわけです。しかも、表向きには「決着した」事件の闇を。
 探索するのは棒手裏剣の達人・甲賀多羅尾衆の忍び伊兵衛、美貌のくノ一於夕に千蔵の三人。少ない手がかりをもとに、公家、御所、伴天連筋を調べ上げていくと、やがて細川ガラシャ(丹後宮津)や浜松の筋が浮かび上がってくる......。
「謀叛」という言葉をはるかに超えた、予想もしなかった闇。見えそうで見えない密約の構図。他の忍びとの暗闘も迫力満点。実在する日記史料(『兼見卿記』)を、主人公の伊兵衛が読み解くシーンも、史料を重んじる著者ならではの憎い演出です。
 光秀の背中を押したのは誰か。黒幕がもくろんでいたこととは何か。怖ろしき者たちとは誰か。
 歴史マニアなら知る異説〈光秀=天海〉説を凌駕する驚きが、歴史の非情とともにガツンとくる、読みごたえ満点の傑作です。

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2020年08月17日   今月の1冊


 あなたには、鳥類学者の友人はおられるだろうか。多くの方にとって、答えは否だろう。原因の半分は、鳥類学者がシャイで友達作りが下手だからだ。残りの半分は、人数が少ないからである。(「はじめに、或いはトモダチヒャクニンデキルカナ」より)
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 NHKラジオ第一「子ども科学電話相談」でも大人気の"バード川上"こと川上和人さんは、森林総合研究所の主任研究員。大学時代から今日まで20年以上、主に小笠原諸島の鳥の研究にたずさわっています。川上さんのもうひとつの顔は、エッセイスト。豊富な知識と学識、研究生活で得てきたさまざまな体験を、抱腹絶倒の科学エッセイへと化学変化させてきました。『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』は、川上さんの名前を世に知らしめたベストセラー。ある日は吸血カラスの存在に驚愕し、ある夜は大嫌いなガどもの襲来に怯え――。鳥類学者の日々はエキサイティング! と思いきや、新規収録「文庫版あとがき」では、地道な研究の日々が描かれていたりもします。
『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』。鳥を愛する方々はもちろん、それ以外の読者にも楽しめることを保証します。好評既刊の姉妹編『鳥類学者 無謀にも恐竜を語る』では「鳥類学者は恐竜学者である」というテーゼのもと、鳥類の進化をたどり、恐竜の生態を推理しています。(解説は"ダイナソー小林"こと恐竜研究者の小林快次さん。)未読の方は、あわせてどうぞ!

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2020年07月25日   今月の1冊


「教室で出会った重松清」という不思議なサブタイトルに、首をひねった方も多いかもしれません。本書は、教科書や問題集にたびたび登場する、つまり「教室で出会った」、著者の小説を集めたアンソロジー。それで、このサブタイトルが付いた、というわけです。
 なかでも表題作「カレーライス」は、小学五年生の教科書に使われている超有名作品です。小中高生から若いおとなの皆さんのなかには、「ああ、あのお話ね」と思い出す人も大勢いることでしょう。そのほかにも、文庫初収録の「あいつの年賀状」や、思わず涙がこぼれる「バスに乗って」など、教育現場ではおなじみの名作を九編収録しています。
 そして今回、ぜひお読みいただきたいのは、著者による「あとがき」です。以下に一部を抜粋します。
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 本書の編集作業は、二〇二〇年の春に進められた。
 教室に入ることのできない春だった。(中略)「教室で出会った」という副題が、こんなにも重い意味を持ってしまうとは、桜の花芽が目覚めた一月頃には思いも寄らなかった。
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 この「あとがき」は、二〇二〇年の四月に書かれました。大学で教えている著者にとっても、新型コロナウイルスの感染拡大による影響は甚大なものでした。キャンパスが封鎖され、会えないままに卒業していった学生たち、オンライン上でしか顔を合わせられない在校生たち。同じように、教室で出会う機会をうばわれてしまった人は、きっと少なくないでしょう。
 だからこそ伝えたい、教室、あるいは教室ではない場所で学ぶすべての人への著者からのメッセージが、この「あとがき」に込められています。ぜひとも、九つの名品とともにお読みいただければうれしいです。

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2020年07月25日   今月の1冊


「私が50分の円盤や90分の舞台で描きたかった全てが入っている」――椎名林檎さんをしてそう言わしめた一冊の物語があります。それが、新潮文庫の6月新刊、一木けいさんによる『1ミリの後悔もない、はずがない』です。

 一木さんは2016年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、デビュー。新人ながら、この受賞作を含む『1ミリ―』は話題を集め、刊行後たちまち大重版へ! 今回、満を持しての文庫化となりました。

 文庫の帯では椎名林檎さんのほかにも、角田光代さん、窪美澄さん、辻村深月さん、三浦しをんさん、最上もがさん、南沢奈央さんの推薦コメントがずらり。SNS上でも「切ない」「号泣した」と、ひりひりと胸を突き抜ける余韻に中毒者続出です。
 過去の恋を、つらい日々を必死に駆け抜けた自分を、大切にしたくなる。そして、いま側にいてくれる人と、話したくなる。――あなたにとって一生の宝物になるような、究極の恋愛小説を是非この機会に。

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2020年06月15日   今月の1冊


 2017年に電撃小説大賞を受賞した『君は月夜に光り輝く』が、「圧倒的な感動作」として多くの書店員・読者に支持され一躍ベストセラーとなり、昨年には永野芽郁と北村匠海のW主演で映画化され、デビュー作にして累計50万部突破の大ヒット......いま最も幅広い世代に読まれている作家・佐野徹夜さんの待望の書き下ろし長編『さよなら世界の終わり』が発売されました。
 本作は、佐野徹夜さんが8年前に、小説家になる決意とともにそれまでの人生のすべてを賭けて書いた、初めての長編小説を、長い年月をかけて全面改稿をした「原点にして集大成」となる青春小説です。
「死にかけると未来を見ることができる」高校生・間中が、親友を救うため、「世界の終わり」と決別する。いじめ、虐待、愛する人の喪失......。死にたいけれども死ねない彼らが、痛みと悲しみを乗り越えて「青春」を終わらせる成長物語。不安に怯え、未来を恐れ、生きづらさを抱えるすべての人の胸に刺さる物語です。
 カバーイラストは『君は月夜に光り輝く』含めこれまですべての佐野作品のイラストを手掛けている時代を代表する人気クリエイター・loundraw(ラウンドロー)氏が担当。朝焼けを背に瓦礫の上に立つ主人公たちの姿が印象的に描かれています。
 驚異的なリーダビリティと透徹した物語世界で、多くのファンを獲得し、いま最も注目されている気鋭作家の心揺さぶる物語をお楽しみください。

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2020年06月15日   今月の1冊