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新潮文庫メールマガジン アーカイブス


 J・D・サリンジャーの選集を刊行しました。本書はサリンジャーが雑誌に発表したものの、本国アメリカでの出版(書籍化)を禁止し、いまでは英語圏以外の国でしか読めない貴重な一冊であり、サリンジャーの描いた世界を読み解く上で必須の一冊です。

 はじめの6篇、つまり「マディソン・アヴェニューのはずれでのささいな抵抗」「ぼくはちょっとおかしい」「最後の休暇の最後の日」「フランスにて」「このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる」「他人」はすべて名作『ライ麦畑でつかまえて』で描かれたコールフィールド家の物語です。いわばスピンアウト作品です。

 また、「若者たち」はサリンジャーがはじめて雑誌に発表した作家デビュー作。デビュー作とは思えないほど洗練された短編になっています。

 そして1965年、本作に収録された「ハプワース16、1924年」を彼のホームグラウンドといっていい雑誌〈ザ・ニューヨーカー〉に発表して以降、サリンジャーは長い長い沈黙に入り、2010年に人知れず亡くなりました。入れ替わるようにしてアメリカ文壇にデビューしたトマス・ピンチョンが公に一切姿を現さない覆面作家だったため、「ピンチョン=サリンジャー」説が流れたりもしました。『フラニーとズーイ』などで描かれたグラース家の物語になっていますが、『ナイン・ストーリーズ』に収録されたマスターピース「バナナフィッシュにうってつけの日」で自殺してしまうシーモア・グラースが7歳に時に家族にあてて書いた手紙という形式をとっています。

 これにやはり単行本未収録の「ロイス・タゲットのロングデビュー」を加えた全9篇の選集となっています。いわば、「もうひとつのナイン・ストーリーズ」。

 さらに、巻末には長年サリンジャーを愛読してきた本作訳者の金原瑞人さんと小説家の佐藤多佳子さんの対談を収録。サリンジャーの世界を楽しむ上で欠かせない一冊となりました。

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2024年10月15日   今月の1冊


 横浜流星ら人気俳優の起用で話題の2025年NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」。蔦屋重三郎の生涯を追う内容だと公表されていますが、待ちきれない方も多いはず。
 蔦屋重三郎の店、耕書堂とはなんだったのか。版元の祖と呼ばれる彼の店に集った男達――十返舎一九、曲亭馬琴、東洲斎写楽、葛飾北斎と後に呼ばれる才人達は、どんな葛藤を抱えて生きていたのか。当時の「創作者」たちの熱い魂を存分に味わえるのが、矢野隆著『とんちき 蔦重青春譜』です。
 まだ才能の開花を待つ、何者でもない若者達はお上ににらまれつつも、「書きたい」「描きたい」の心を燃やして紆余曲折。そんな中、偶然発見したとある「死体」から一波乱が巻き起こります。テンポ良く、痛快な江戸出版物語をどうぞお楽しみください。

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2024年10月15日   今月の1冊


 仕事や子育て、家のことに忙しい日常では、「流されずに生きる」ことなんてできないけれど、ときどき、「これでいいのかな」「なにか大切なこと、忘れているんじゃないだろうか」......そう思うのも、やはり自然なこと。
 作家・幸田文も同じように、取材や執筆に追われていましたが、ふだんの暮らしの些細な出来事やひとの姿に目をとめ、毎日1編ずつ綴ったのが本書でした。

 幸田さんは今年生誕120年を迎えます。
 ロングセラー『雀の手帖』が書かれたのは昭和34(1959)年、今から65年も前のことです。まさに「昭和の日常」を書き留めた随筆が、なぜ今も世代をこえて多くのファンを掴んでいるのでしょうか。その魅力とは何なのか――。

 夕食が〈おでんやすきやき〉の季節から、〈筍とそら豆〉になるまでの1月から5月にかけて、何気ない日々の出来事を記した百日の手帖は、ことばに対する鋭敏な感覚と、生きることの確かさが織り込まれています。
 女にとって親密なことば「きざむ」、隅田川の意外な光景「川の家具」、道路掃除の仕事をする女のひとの話「掃く」、出張先で急に切なくなる「朝の別れ」ほか、「おこると働く」「木の声」「豆」「吹きながし」など、移りゆく〈暮らしの実感〉を自在に綴って古びない名エッセイ。すきま時間に、1編5分で読める名文には、「生き方の発見」があります。

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2024年09月15日   今月の1冊


 本作は、復刊が待ち望まれていた1991年発売の安部公房の評論・エッセイ集『死に急ぐ鯨たち』(新潮文庫)に、『安部公房全集 28 1984.11-1989.12』(新潮社)に収録されている「もぐら日記」「もぐら日記II」「もぐら日記III」を新たに追加した作品です。

 想像不足からくる楽観主義へ警鐘を鳴らす「死に急ぐ鯨たち」、自身の創作を振り返るインタビュー「錨なき方舟の時代」、今話題の『百年の孤独』とガルシア・マルケスを語った談話「地球儀に住むガルシア・マルケス」、貴重な日常を綴る「もぐら日記」など......。多様な表現で国家、言語、儀式、芸術、科学を縦横に論じてゆく中で、1980年代に語られた言葉の数々が、今なお社会の本質を射抜いていることに驚かされます。文学の最先端を走り続けた作家が明かした思索の数々をご堪能ください。

 今年、新潮文庫編集部は『飛ぶ男』、『(霊媒の話より)題未定―安部公房初期短編集―』『死に急ぐ鯨たち・もぐら日記』の3点を刊行。更に世界初公開を含む待望の本格的写真集『安部公房写真集―PHOTOWORKS BY KOBO ABE―』(撮影/安部公房 編・デザイン/近藤一弥)を刊行いたしました。代表作の1つ『箱男』の映画も全国公開中。10月より神奈川近代文学館では、特別展「安部公房展――21世紀文学の基軸」(10月12日~12月8日)の開催が決定しました。生誕100年を迎えたこの機会に、是非安部公房を。

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2024年09月15日   今月の1冊


 36歳の女性と13歳の少年との実際にあった不倫騒動に材をとり、ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーアという二大女優が共演して話題の、トッド・ヘインズ監督映画「メイ・ディセンバー ゆれる真実」が公開中です。舞台となるのは、風光明媚なジョージア州サヴァナの海辺の家。アフリカのサヴァナ(サバンナ)とはまた違った魅力で異国の人々の心をとらえて離さないこの土地は、やはり映画化(監督/クリント・イーストウッド)もされたジョン・ベレントのベストセラー『真夜中のサヴァナ』でも、おなじみになりました。とはいえ、このサヴァナという土地、じつは、かつてサヴァナ川を拠点として奴隷貿易が営まれていたという暗い歴史も......。そんな米南部の黒歴史を掘り下げ、エキセントリックな登場人物たちを縦横無尽に描出し、2023年のCWA(英国推理作家協会)ゴールド・ダガー(最優秀長篇賞)に輝いたのが本書、ジョージ・ドーズ・グリーンの『サヴァナの王国』です。

 ジョージア州サヴァナの春の夜。この地方にいまもあるという"王国"の存在を探っていた考古学者の黒人女性が、常連客の集まるバーの近くで拉致され、彼女を救おうとしたホームレスの青年が殺害されてしまいます。遺体が発見されたのは全焼した空き家で、所有者である土地開発業者が殺人と保険金目当ての放火の罪で逮捕されるのですが、この業者は藁にもすがる想いで、探偵事務所も営みサヴァナ社交界を牛耳る老婦人モルガナに真相解明を依頼することに。モルガナは次男ランサムと義理の孫にあたるバーのアルバイト女性ジャクに調査を命じますが、やがて明らかになっていったのは、この美しい土地に静かに息づいていた思いもよらない"歴史の大きな闇"でした――。

 1994年にMWA新人賞受賞作『ケイヴマン』で衝撃のデビューを飾ってから約30年。超寡作のクセ者作家による待望の第4作にして、2023年にはみごとCWAゴールド・ダガーを受賞した南部ゴシック・ミステリーの怪作。キャラクター造型の妙、米南部の観光地の裏歴史、手に汗握る脱出劇などなどなど、お愉しみの要素はたっぷり。ぜひともこの夏休みの読書にどうぞ。

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2024年08月15日   今月の1冊