日本鉄道旅行地図帳―全線・全駅・全廃線― 12号・九州沖縄
713円(税込)
発売日:2009/04/18
- ムック
いよいよしんがり、12号! 九州・沖縄および離島の全線・全駅・全廃線!!
長崎市電などを含む九州本島の全路線や膨大な廃線に加え、沖縄・軽便鉄道や南大東島のサトウキビ鉄道や屋久島・森林鉄道の詳細掲載。好評の鳥瞰図は大畑ループで大展開ほか、地域特集では筑豊全盛期を偲び、出炭量と鉄道網の全貌を徹底調査。既刊も大人気発売中!! ぜひ全号揃えて全日本鉄道地図をお手元に!
書誌情報
読み仮名 | ニホンテツドウリョコウチズチョウゼンセンゼンエキゼンハイセン12キュウシュウオキナワ |
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全集双書名 | 新潮「旅」ムック |
発行形態 | ムック |
判型 | B5判 |
頁数 | 68ページ |
ISBN | 978-4-10-790030-2 |
C-CODE | 9426 |
ジャンル | 地図、鉄道 |
定価 | 713円 |
インタビュー/対談/エッセイ
ありそうでなかった、「正縮尺」の鉄道地図
「かなり無謀な企画でしたね」(今尾)
「これは無理だろうと思いましたもの」(白砂)
地図の基本は「すべて手描き」
今尾 『日本鉄道旅行地図帳』全十二号が完結しました。累計とはいえ、まさか自分の名前が一四〇万部も刷られることになるとは思ってもみませんでした。これもまず第一に見やすいデザインの地図を製作していただいたジェイ・マップの皆さんのおかげだと本当に感謝しています。いろいろと無理難題も聞いていただきましたね。ところで、そのジェイ・マップを率いる白砂さんの地図歴というのは、いつ始まるんですか?
白砂 「ジェイ・マップ」の前身である「日本地図研究所」に入社したのが十八歳の時。以来、地図一筋四十年です。最初は地図にはまったく興味がなかったんですね。広島から上京する一つのきっかけ、ぐらいな感覚でした。入社した時は辻野民雄さん、森下暢雄さんがいらっしゃって……。
今尾 ああ。辻野さんは存じ上げています。戦前の民間地図業界の大家といわれた木崎盛政さんの系譜ですね。
白砂 元々神戸にあった会社なんですが、東京の版元から百科事典の地図製作の依頼があって、会社ごと東京に引っ越してきました。
今尾 昭和四十年代、ものすごいベストセラーになった百科事典の別巻ですね? 一家にワンセット、百科事典があった時代。
白砂 ええ。それから大阪万博の公式ガイドマップの仕事を手伝って、その仕事から地図に「ハマッた」という感じです。片面が世界から大阪の会場へアプローチする平面図、その裏が会場内の建物をすべて立体表現した地図で、ものすごく売れたようです。
今尾 確か入場者数が六四〇〇万人でした。
白砂 当時の、地形に影をつけて立体的に見せる「ぼかし」は、すべて鉛筆デッサンでした。等高線図を下に敷いて、鉛筆で書き取る。ほかも全部手描きです。
今尾 手描きでなくなったのは、ごく最近ですよね?
白砂 私の代になって、平成五年に社名を「ジェイ・マップ」と変更しました。いろいろな分野でデジタル化が進みましたが、いくらデジタル時代でも地図は無理だろうと思っていたんです。その後、小さな地図から徐々にデジタル化していきました。
今尾 書籍・雑誌印刷のいわゆるDTP化が始まったのもその頃からですね。
白砂 最初の頃はメモリーがすぐいっぱいになってしまって、ハード面が追いつかなかったというのが実情でした。現在でも地図製作を完全デジタル化するのは、難しい。
今尾 地図製作の基本作業は変わらないと思います。手描きの頃の烏口などのペンがマウスに代わったということでしょうか。手描きの頃は、描く人によって個性がありましたよね。尾根と谷の見せ方なんか、まさに職人芸。
白砂 私は当初「スクライブ」という製図の担当をしていまして、後に地形もやるようになりました。透明なプラスチックフィルムに遮光塗料が塗ってあるベースに、原稿となる原図を焼き付けて移写し、針で塗料を削って線を描いて直接ネガ原版を作るのが「スクライブ」。すべて原寸での作業で、間違うと塗料でつぶしてやり直しです。
今尾 一般の人は地図が手描きだということを知らないんですよね。デジタルでなんでもやるようになったのは本当に最近で、「等高線も一本一本全部手で描いているんですよ」って言うと、みんな驚くんです。
白砂 等高線を描く作業は一番好きです。
月刊で地図帳はありえない!?
白砂 地図原稿が出来上がって校正に出すと、ものすごい赤字が入って返ってきます。『日本鉄道旅行地図帳』もかなり赤字がありましたが、その比じゃないぐらいのすごい赤字はしょっちゅうでした。
今尾 同じ印刷物でも、地図の単位面積当たりの情報量は、一般書籍の文字だけのページより圧倒的に多い。線の曲がり方の直しまでしていると、ものすごいことになる……だから、いくらやっても終わらないんですよね。そう考えると、月に一冊ずつ地図帳を出す、ということ自体、かなり無謀な企画でしたね。
白砂 はい、その通りです(笑)。編集部から「地図帳を毎月出す」と聞いた時点で、これは無理だろうと思いましたもの。
今尾 編集部の中に地図製作過程に詳しい人が一人でもいれば、こんな無謀なことは考えなかったでしょうね(笑)。
白砂 最初にお話をいただいた時、実はタイトルに「地図帳」とあるのに、抵抗がありました。毎月出すなんてありえない、と本当に思いました(笑)。「地図帳」と名のつくものは、何年もかけて……一冊に最低でも三年かけて作るもの、というイメージでしたから。しかし、こうして十二号出来上がってみると、やっぱり地図帳なのか、と思いますが(笑)。
今尾 地図があって、表や索引があれば、一般的には「地図帳」なのでしょうけれどもね。それにしても、「正縮尺」という言葉は、実は初耳だったんです。
白砂 普通の路線図の地形に比べて「正縮尺」だということですよね。
今尾 縮尺という言葉に関して言えば「縮尺がある、ない」という言い方はします。鳥瞰図や極端にデフォルメされた地図に対して「縮尺がない」という意味で略図、と言ったりします。「正縮尺」とはうまいフレーズだな、とは思いました。
白砂 ええ、「正縮尺」が、他社の地図でも使われるようになりましたね。最初は「鉄道地図」と聞いて、『時刻表』の路線図のイメージしかありませんでした。その「正縮尺」に鉄道を入れること自体、面白いのかな、と首をかしげたりもしました。でも、実際に作ってみると、鉄道路線を置くためには、やはり正確な地形が重要なのだと再認識した。どうやったら地形がきれいに表現できるかと考えながら、非常に楽しい仕事ができました。タイトルに「旅行」という言葉が入っている意味も考えると、地形がきれいに出ること……百名山が入るからにはその山の位置が正確できれいな地形が出るように、また、車窓から外を眺めることも考えれば、その位置から見える景色が地形から想像できるように表現しなくちゃと思ったり。
鉄道鳥瞰図の楽しみ
今尾 刊行開始前には、何度もテスト版を出していただきましたよね。
白砂 いろいろやりましたが、気をつけたのは各部をできるだけ強調しながら、それぞれが邪魔し合わないこと。駅名などの文字の邪魔にならない上で、色味を強くすることなどを意識しました。
今尾 線路と駅名をきちんと出した上で地形もちゃんと際立たせるのは意外に難しい。どちらも強調するあまり、共倒れになってしまう場合もありますから。
白砂 そうですね。色がノイズのように見えてしまうこともあります。
今尾 そのノウハウは何百年も積み重なってきた地図製作の技術……今は一般的な五万分の一などの地形図にしても、明治時代、それより遡った十八世紀のヨーロッパから蓄積されてきた情報と技術で成り立っているわけですね。どんな書体でどういう風に文字を入れるとより見やすく、きれいになるか……そういった積み重ねの上に現在の地図がある。そういう意味では、デジタル化で、逆に見にくくなっているとも言われてますね。
白砂 手描きのよくできた地図は微妙な曲線も、迷いのないカチッとした線です。
今尾 川の蛇行を表す描き方なんて、徹底的に訓練させられるそうですね。
白砂 そうです。海岸線も、砂の海岸と岩場の海岸と、全部引き分けなければいけない。そういった技術は、デジタル化でまったく受け継がれなくなりました。基本のトレース技術の習得から始めないと、手描きの技術は受け継げません。機械が読み取った線というのは、完成された手描きの線とはまったく別物です。
今尾 白砂さんからご提案いただいて作った「地下鉄縦断面図」は読者に好評でした。あと、鳥瞰図は僕も毎回楽しみにしていました。戦前の吉田初三郎が鉄道会社の宣伝物用に描いた、鳥瞰の絵地図はありましたけれども、鉄道のための鳥瞰図はなかったですからね。デジタルの鳥瞰図は遠くのデータが重いそうですね。
白砂 ええ、遠景のデータは切り出すのにずいぶん時間がかかります。だから、遠景は解像度を下げて、中心になる近景は解像度を上げて、と画面を二つに分けて合成しているんです。
今尾 その鳥瞰図も号を重ねるごとに、絵として楽しめる雰囲気が出てきた。グラデーションのかけ方なんて、うまいなぁと思いましたもの。
白砂 ありがとうございます。データを軽くする方法にして、鳥瞰図も作りやすくなりました。グーグルアースでいろんなアングルが見られるようになって、作業効率が上がったこともありますね。
今尾 廃線跡がはっきり見える場所もありますしね。国土地理院で空中写真をデータで閲覧できるようになったのも、とても助かりました。
鉄道は川に沿う
白砂 今尾さんの原稿は非常にわかりやすく、扱いやすかったです。地形図に必要な線を入れてあるので、よくあるフリーハンドのスケッチ程度の原稿より数倍楽でした。それから、今尾さんに徹底して指摘されたことに路線と川の位置の表現の仕方がありました。渓谷の川に沿って線路がある場合が多いんですが、デジタルデータの地図をそのまま使うと、線路が川の上に乗ってしまう。川の中に線路があるわけはありませんから、川と線路の位置を特定して分けなければならない。手描きで作っていた頃は、そういうことは起こらないんです。
今尾 これは「転位」と言いますね。縮尺に応じた適度な転位というのは、トレースをちゃんとやっている人でないとできないんですよね。デジタル化することで、一見誰にでもできるようになると思われがちですが、本当は基礎を知らないと的確な表現ができない。山の中だと、鉄道は大体川に沿って走っていますが、データをいじっただけの地図だと川がどっかに行っちゃう。川の支流だけあって本流が見えないとか。
白砂 鉄道だけじゃなくて、道路・高速道路が狭いところにたくさん入ってくる場合もありますしね。
今尾 新幹線、在来線、国道、高速道路、川が入り乱れ、なんてこともあります。読者の方から路線の位置が違うんじゃないかという指摘もありましたが、よく調べると今回の地図帳の縮尺ではこの表現しかできないとわかったり。
白砂 八〇万分の一にも限界があります。
今尾 あんまりギチギチにならない限度とページ数の兼ね合いでできたのが八〇万分の一だった。でも、それでは入りきらない地域も出てきました。実を言うと、僕自身、縮尺のある正式な地図の編集というのは初めてだったんです。人の作った地図を見て楽しんだり、無責任に批判するのが仕事でしたから(笑)。地図の奥深さを改めて認識しました。自分で調整して俯瞰して見る作業を通して頭の中の距離感が補正された気がしますね。特に北海道は、現役線と廃線の密度を比べることができて、路線がこんなに無くなっていたのかと改めて実感しました。道路地図では鉄道は見にくいものですし、元々鉄道を見るための地図ってありませんでしたから。……あっ、だからこの地図帳を作ろうということになったんでしたね(笑)。
(いまお・けいすけ 監修者/地図エッセイスト)
(しらまさ・あきよし 地図製作/ジェイ・マップ社長)
波 2009年6月号より
著者プロフィール
今尾恵介
イマオ・ケイスケ
1959年横浜市生まれ。小中学時代より地形図と時刻表を愛好、出版社勤務を経てフリーライター。著書に『鉄道でゆく凸凹地形の旅』(朝日新書)、『絶景鉄道 地図の旅』(集英社新書)、『住所と地名の大研究』(新潮選書)、『地名の社会学』(角川選書)、『鉄道ひとり旅入門』(ちくまプリマー新書)など多数。『日本鉄道旅行地図帳』(新潮社)シリーズの監修者。