国語教科書の闇
748円(税込)
発売日:2013/08/10
- 新書
- 電子書籍あり
「羅生門」「こころ」「舞姫」なぜ定番小説ばかりなのか? 【もう一つの教科書問題に迫る】
国語の教科書が、変だ。「羅生門」「こころ」「舞姫」は、議論もされずに「定番教材」と化し、横並びで採録される没個性ぶり。国語教科書がここまで画一化したのはなぜなのか? そもそも、これらの「暗い」作品は教材にふさわしいのか? 「定番小説」という謎、知られざる舞台裏、採択を決定する「天の声」、教員の本音、仰天の実態。問題は歴史教科書だけじゃない。もう一つの「教科書問題」がここにある。
書誌情報
読み仮名 | コクゴキョウカショノヤミ |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-610534-0 |
C-CODE | 0237 |
整理番号 | 534 |
ジャンル | 教育学 |
定価 | 748円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2014/02/21 |
インタビュー/対談/エッセイ
波 2013年9月号より もう一つの教科書問題
皆さんは「定番小説」という言葉をご存知でしょうか。実は現在の国語の教科書は、どの出版社も同じ作品ばかり掲載しています。例えば、高校一年生の必修科目「国語総合」の教科書には、なんと各社すべてに芥川龍之介の「羅生門」が収録されているのです。他にも夏目漱石の「こころ」、森鴎外の「舞姫」など教科書の指定席を占めている小説は多く、必然的にどこの出版社の教科書も没個性となり、学校サイドがどれを採択しても、たいして違いはありません。実質上、教材の選択権を奪われている教員の中には、不満を抱いている人もいますが、どうすることもできないのが現実です。
この事態に驚いて調べてみると、不思議なことがわかりました。「羅生門」も「こころ」も「舞姫」も、戦前は教科書に一度も採録されたことがなく、戦後のある時期を境に登場し、そして平成以降一気に定番化が加速していたのです。なぜ教育の世界でも多様化が進む現代において、教科書だけが金太郎飴のようになってしまったのか。教科書会社の編集者や高校の教員に聞き取りを行った結果、浮かび上がってきたのは教科書制作現場の意外な舞台裏でした。
そして、定番小説にはさらに大きな問題が存在します。それは、そもそも教科書の教材として相応しいのか、ということです。ほとんどの定番小説に共通するのは、暗いこと、死の臭いがすること、結末に救いがないことだと思います。「舞姫」を読んだ生徒、とりわけ大多数の女子生徒が抱く感想は、妊娠した少女を捨てて帰国した主人公への生理的嫌悪感であり、著者の鴎外への決定的な負のイメージさえ抱くようになるのです。
今年度から施行の学習指導要領で、国語の教材は「人間性を豊かにし、たくましく生きる意志を培うのに役立つこと」と明記されていますが、現在の教科書の教材で子ども達の「人間性が豊かに」なると考えるのは楽観的にすぎるでしょう。むしろ、毎年小説嫌い、読書嫌いを教科書が量産している気がしてなりません。
なるほど自国の歴史、とりわけ近代史を教科書でどのように記述するかは、極めて重要な問題です。しかし、子どもたちが「生きる力」を養う国語の教科書が、むしろマイナスの効果をもたらしているとしたら、それは「もう一つの教科書問題」と呼んでも過言ではない気がします。
本書をきっかけとして、読者の皆様がかつて学んだ教科書の記憶を呼び戻したり、我が子の使う教科書を捲ってみることで、国語教科書問題へ関心を向けていただければ、これに勝る喜びはありません。
蘊蓄倉庫
高校時代、夏休みの宿題で漱石の『こころ』を読んだ人も多かったのではないでしょうか。いわゆる課題図書の定番なのですが、驚いたことに、ほぼ全国すべての高校生が、なぜか同時期に読むことになっているのです。
どうして「こころ」ばかりを読むことになったのか? その原因は、国語の教科書にあります。「定番小説」という奇妙な謎を追って見えてくる、建前と実態。意外に面白いカラクリを解き明かします。
担当編集者のひとこと
定番小説の謎
夏休みの課題図書の定番といえば、何といっても夏目漱石『こころ』と芥川龍之介『羅生門』でしょう。新潮文庫では毎年顕著な売れ行きを示し、森鴎外の『舞姫』を含めた3冊は累計1千万部を超えます。事実、これらの作品は、各社の国語教科書に収録され、全国の高校生が必ず読まされる定番小説でもあります。
でも……。正直、「どこが面白いの?」と感じた人は、結構いるのではないでしょうか。『こころ』だけでなく、『舞姫』や『羅生門』を読んで、「共感できない」「ピンとこない」と思った人もいるはずです。
そう感じた〝正直な〟あなた――。実は、ある意味、あなたは間違っちゃいないのです。
というのも、『こころ』が、高校生の必読小説と化したのは、1980年代のこと。戦前は、一度も教科書に掲載されていませんでした。漱石の厚い信任をうけた岩波書店の教科書ですら、『こころ』は採録していません。なぜか?
その理由は、『こころ』が、当時の旧制高校生(現在の高校三年生から大学二年生の年齢くらい)が読む作品と考えられていたからなのです。物語の奥深さ、人間性への洞察、自分の恋のために親友を自殺に追い込むというストーリー。こうした内容をもつ『こころ』は、現在の高校生、つまり旧制の中学生のレベルにはふさわしくないという位置づけだったのです。
ではなぜ、『こころ』や『羅生門』や『舞姫』が、高校の教科書で定番となったのか。著者は、教科書作りの裏側や教科書会社の営業ノウハウを紹介しつつ、定番小説の謎に迫ります。
2013/08/23
著者プロフィール
川島幸希
カワシマ・コウキ
1960(昭和35)年、東京に生まれる。秀明大学学長。東京大学文学部卒業。著書に『英語教師 夏目漱石』『書き写したい言葉―漱石の巻』『署名本の世界』『初版本講義』『国語教科書の闇』などがある。