異形の日本人
792円(税込)
発売日:2010/09/17
- 新書
- 電子書籍あり
大宅ノンフィクション賞受賞第一作! タブーにこそ、人間の本質が隠されている。
虐げられても、貧しくとも、偏見に屈せず、たくましく生きた人たちがいた。哀しい宿命のターザン姉妹、解放同盟に徹底的に弾圧された漫画家、パチプロで生活しながら唯我独尊を貫く元日本代表のアスリート、難病を患いながらもワイセツ裁判を闘った女性、媚態と過激な技で勝負する孤独なストリッパー……社会はなぜ彼らを排除したがるのか? マスメディアが伝えようとしない日本人の生涯を、大宅賞作家が鮮烈に描く。
書誌情報
読み仮名 | イギョウノニホンジン |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-610387-2 |
C-CODE | 0239 |
整理番号 | 387 |
ジャンル | ノンフィクション |
定価 | 792円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2011/03/25 |
インタビュー/対談/エッセイ
波 2010年10月号より 虐げられた人びとへの旅
幸いにも、日本全国の路地を巡った旅をまとめた『日本の路地を旅する』(文藝春秋)が、本年度の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。本作は受賞後、第一作にあたる。
受賞作は、どちらかといえば土地を巡る旅であったが、本作では人を旅している。私が当初からもっていたテーマについて、さまざまな形で禁忌と見なされている人に取材して歩いたのだった。
タブーというのは、何も路地だけではなく、さまざまな形で社会に存在している。
例えば、第一章「異形の系譜」、第四章「クリオネの記」は、障害者問題をテーマにしている。ある謎の姉妹をめぐって、東大教授の研究まで辿りつく騒動の顛末。そして、障害者の性と、あるセクハラ事件について考えたものである。
路地と障害者というのは、まったく別の問題、テーマであるように思われるかもしれないが、どちらも社会的にはまだまだタブーとして扱われている。また、同和教育の洗礼を受けている私は、路地も障害者も「人権」というくくりの中で学生時代から関わってきた。そのため、私にとってはごく自然な取り組みであった。とくに第四章に出てくる難病の女性は、高校時代からボランティアをしていた、私の後輩でもあった。
それから一転して第三章「溝口のやり」は、陸上競技のやり投げ現アジア記録保持者、溝口和洋の半生記である。彼は破天荒な言動から陸上界ではタブー視されてきた存在だった。しかし彼が日本人でなければ、その評価もかなり違った形になっていたことは間違いない。
存在自体が実は非合法であるストリップ。その中でも間もなく消滅すると言われている花電車の芸人と行動を共にしたのが、第五章「花電車は走る」。決して幸せとはいえない家庭環境で育った一人の女性が、自分の芸一つをもって、真っ直ぐに生きようともがいていく様を描いた。
最後に、路地をテーマにしたものでは二つある。第二章「封印された漫画」は、解放同盟による糾弾から封印されてしまったある劇画に焦点をあて、双方の不幸な誤解について取材、考察した。
最終章「皮田藤吉伝」では、現在でも多くの舞台や歌謡曲で取り上げられる伝説の噺家、桂春團治を取り上げた。彼はどのようにして一代で名跡に成り上がり、伝説となったのか。路地からの視点で、その内実に迫ろうと試みた、本書のための書き下ろしである。
こうして一冊に組み上がってみると、これら群像の中に、実は個性豊かな日本人の素顔が見えてくるようでもあると、私は思った。それは筆者の自惚れなのか、読者の判断を仰ぎたい。
蘊蓄倉庫
本書の「第三章」で、「やり投げ」の選手、溝口和洋氏が取上げられています。
ソウル五輪にも出場した溝口氏は、80年代当時、従来の技術論とは違う独自のダイナミックな投擲フォームを貫きながらも、喫煙も続け、食物の好き嫌いも激しい選手でした。しかし、過重なウェイトトレーニングを早くから行い、「根性」を主張するも自らの激しいトレーニングで裏付けしました。彼の独自のアスリート人生は陸上競技の世界やマスコミからは異端視され続けていました。しかし、常識を逸脱し、無頼なアスリートであるがゆえに、とても魅力的でもあります。
溝口氏のやり投げのアジア記録は、現在でも破られていません。
引退後はパチプロで生計を立て、全国で投擲のコーチをし、あのハンマー投げの室伏広治選手にも教えを授けました。そして、現在は郷里で農業を営んでいるそうです。
担当編集者のひとこと
報じられない人生を伝えるために
上原善広さんは、被差別の問題から海外の紛争地帯のルポまで、ハードなテーマを手掛ける稀有なノンフィクション作家です。『被差別の食卓』(新潮新書)など独特の視点からの作品を多く刊行されています。
その上原さんは、今年、『日本の路地を旅する』(文藝春秋)で第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞されました。ここで「路地」というのは、被差別部落のことを指しています。受賞作では、日本各地の「路地」を上原さんが訪ね歩きながら、「路地」出身であるご自身の原体験に迫っています。
一方、受賞第一作に当たる『異形の日本人』(新潮新書9月新刊)では、社会から差別され、排除されてきた人びとを訪ね歩き、その知られざる生涯を掘り起こしています。こうした「異端」や「マイノリティ」と言われる人びとは、現代のメディアではなかなか報じられることがありません。
しかし、上原さんが丹念に発掘し、取材してみると、その生涯は悲喜こもごもの流転と書き残すべき貴重な価値に満ちていたのです。
本書で取り上げられる人びとは、各分野にわたっています。
「猿人間」と呼ばれた哀しい宿命を背負った「ターザン姉妹」、解放同盟からの激しい糾弾を受け、作品が封印された漫画家、パチプロで生計を立て、独自の技術論で五輪にも出た無頼派アスリート(「薀蓄倉庫」参照)、わいせつ裁判を闘った筋萎縮症の女性患者、過激な技で勝負する孤独なストリッパー、新境地を開いた孤高の落語家といった「異形の日本人」なのです。
社会から異端視されつつも、たくましく生きた人びとの知られざる生涯が、本書では上原さんの丁寧な筆とやさしい眼差しから鮮やかに甦っています。
2010/09/24
著者プロフィール
上原善広
ウエハラ・ヨシヒロ
1973(昭和48)年、大阪府生れ。大阪体育大学卒業後、ノンフィクション作家となる。2010(平成22)年、『日本の路地を旅する』で大宅壮一ノンフィクション賞受賞。2012年雑誌ジャーナリズム賞大賞受賞。主な著書に『被差別の食卓』『聖路加病院訪問看護科 11人のナースたち』『異形の日本人』『私家版 差別語辞典』『異邦人 世界の辺境を旅する』『被差別のグルメ』『一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート』『発掘狂騒史 「岩宿」から「神の手」まで』『差別と教育と私』『カナダ 歴史街道をゆく』『辺境の路地へ』『断薬記 私がうつ病の薬をやめた理由』などがある。