医薬品クライシス―78兆円市場の激震―
770円(税込)
発売日:2010/01/18
- 新書
- 電子書籍あり
崇高な使命、熾烈な開発競争、飛び交う大金、去っていく研究者。2010年、もう新薬は生まれない。
全世界で七十八兆円、国内七兆円の医薬品業界が揺れている。巨額の投資とトップレベルの頭脳による熾烈な開発競争をもってしても、生まれなくなった新薬。ブロックバスターと呼ばれる巨大商品が、次々と特許切れを迎える「二〇一〇年問題」――。その一方で現実味をおびつつあるのが、頭のよくなる薬や不老長寿薬といった「夢の薬」だ。一粒の薬に秘められた、最先端のサイエンスとビジネスが織りなす壮大なドラマ!
書誌情報
読み仮名 | イヤクヒンクライシスナナジュウハッチョウエンシジョウノゲキシン |
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シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 208ページ |
ISBN | 978-4-10-610348-3 |
C-CODE | 0247 |
整理番号 | 348 |
ジャンル | 暮らし・健康・料理 |
定価 | 770円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2011/10/28 |
インタビュー/対談/エッセイ
波 2010年2月号より 「ゼロリスク志向」と「2010年問題」
筆者は、つい最近まで製薬会社の研究者として新薬開発の最前線で働いていた。科学技術は大いに進歩しているのに、新薬がさっぱり生まれなくなったという不可解な現象がなぜ起きたのか、解き明かしてみたいというのが本書執筆の動機であった。また、医薬という極めて特殊な商品には、様々なレベルで誤解もつきまとう。これをわかりやすく解きほぐすのも、筆者のような立場の者がすべきことと思ったのだ。
とはいえ、書き始めてみるとこれは難題であった。新薬が生まれなくなった背景には、医薬につきものの副作用の問題が大きく関与している。現実に苦しんでいる人が多数いる以上、医薬関係者にとって副作用の問題はできれば避けて通りたいテーマだ。
筆者もだいぶ悩んだが、あえて逃げずにこの問題を語ることにした。副作用の存在を差し引いても、医薬品は世界の人々の健康に十分奉仕していると信ずるからだ。また、近年顕著になっている「ゼロリスク志向」に対する危機感があったからでもある。医薬に限らず、どんなメリットがあろうと一点でもリスクのあるものは排除すべしという潔癖症的傾向が、あらゆる場面でコスト増加をもたらし、我々自身の首を絞めているのではないかと筆者は危惧している。このあたり、二〇一〇年問題は単なる医薬品業界のみの内部事情にとどまらず、現在世界全体を覆う逼塞感につながる問題ではないかと思う。
副作用はなぜ存在するのか、なぜ切り離すことができないのか、なぜ医薬には一定の危険があると知りながら処方されているのか――といった問題を突き詰めていくと、結局「医薬とは何か」というところに到達する。遠回りのようではあるが、本書ではここから書き下ろすこととした。研究に携わる人々の情熱、人間ドラマといったあまり一般には語られない事柄も、できる限り盛り込んだ。
書き進めながら、基本的には単純な化合物に過ぎない医薬が、いかに様々な側面を持った難しい製品であるかということを再認識することとなった。創薬は分子レベルから臨床試験まで細分化された長いステップを必要とし、今や個人が全体を俯瞰することさえ不可能になってしまっている。あまりに複雑巨大化した現代の創薬は、医療の現場が求めるものを本当に提供できているのだろうか。一冊を書き終えた今、医薬品業界の抱える問題の深さを改めて思うようになっている。
蘊蓄倉庫
人の命を救うための薬が、反対に人を苦しめ、命を奪うことがあります。副作用です。新薬の承認基準がいくら厳格になっても、副作用を完全になくすことはできません。なぜなら望ましくない効果のなかには、その薬の主目的と直結しているものがあるからです。たとえばバイアグラには、頭痛や顔の紅潮といった副作用が報告されています。血管を拡張するという効果が、体のほかの部分にも及んでしまうためです。
医薬には副作用というリスクがあるものの、病気を放置するより総合的にみてリスクが減る場合に投与されます。したがって、重い病気に対しては相当の副作用が見込まれる薬でも使われることがあるのです。
梅毒が不治の病とされていた時代、末期の梅毒患者をマラリアに感染させ、高熱によって病原体の一掃をはかる「マラリア療法」というものがありました。もちろん、マラリアによって命を落とす患者もありました。それでもこの手法を開発したJ・W・ヤウレッグは、1927年のノーベル医学・生理学賞を受賞しています。
担当編集者のひとこと
著述もプロですが、医薬のプロでもあります
本書の著者、佐藤健太郎氏が著述を本業としたのは、ほんの数年前のことです。それ以前は十数年にわたり、某医薬品メーカーの研究者として新薬開発に携わってきました。研究者時代からHP「有機化学美術館」を運営するなど、化学の奥深い魅力を発信し続けてきた佐藤氏の持ち味はなんといってもその筆力。複雑で近寄りがたくもある化学の世界を、人物にまつわるエピソードや絶妙なたとえ話などをまじえ、興味深く伝えてくれます。
本書でも、ビジネス誌をにぎわす「2010年問題」はもちろん、創薬技術の変遷から薬の本質、薬が効く仕組みなどの基本までをわかりやすく解説。さらに、熾烈な新薬開発の最前線で流される汗や涙、飛び交う大金をめぐるドラマもたっぷり盛り込みました。一粒の薬に、こんな物語が秘められていたとは、と驚くことしかりです。
古巣である医薬品の世界を内から外から書きつくした本書は、佐藤氏の3冊目の著書にしてはじめての新書となります。新進気鋭のサイエンスライターの自信作を、ぜひご一読ください!
2010/01/25
著者プロフィール
佐藤健太郎
サトウ・ケンタロウ
1970(昭和45)年、兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職等を経て、2020年8月現在はサイエンスライター。2010年、『医薬品クライシス』で科学ジャーナリスト賞受賞。著書に『炭素文明論』『世界史を変えた新素材』など。