人間の器量
748円(税込)
発売日:2009/12/01
- 新書
- 電子書籍あり
なぜ日本人はかくも小粒になったのか。無私、反骨、強欲、豹変、挺身……先達の器量に学ぶ人間論。
優れた人はいる。感じのいい人もいる。しかし、善悪、良否の敷居を超える、全人的な魅力、迫力、実力を備えた人がいない。戦後、日本人は勉強のできる人、平和を愛する人は育てようとしてきたが、人格を陶冶し、心魂を鍛える事を怠ってきた。なぜ日本人はかくも小粒になったのか――。その理由と本質に迫ることこそが、日本人が忘れたものを再認識させ、人生を豊かにしてくれるのである。
目次
序章 器量を問う事
人物観の平板さは、自らを縛りかねない
人を見る事は、自分の器を測る事
器は何歳になっても大きくできる
人を見る事は、自分の器を測る事
器は何歳になっても大きくできる
第一章 なぜ日本人はかくも小粒になったのか
戦後、わが国は人物を育てようとしてきたか
戦死にたいする覚悟がいらなくなった
貧困と病苦にたいする怯えがなくなった
戦死にたいする覚悟がいらなくなった
貧困と病苦にたいする怯えがなくなった
第二章 先達の器量に学ぶ
西郷隆盛の無私
横井小楠の豹変
伊藤博文の周到
原敬の反骨
松永安左衛門の強欲
山本周五郎の背水
田中角栄の人知
横井小楠の豹変
伊藤博文の周到
原敬の反骨
松永安左衛門の強欲
山本周五郎の背水
田中角栄の人知
第三章 器量を大きくする五つの道
一、修行をする
二、山っ気をもつ
三、ゆっくり進む
四、何ももたない
五、身を捧げる
二、山っ気をもつ
三、ゆっくり進む
四、何ももたない
五、身を捧げる
終章 今の時代、なぜ器量が必要なのか
器量人十傑(明治、大正・昭和戦前、戦後から今日まで)
あとがき
あとがき
書誌情報
読み仮名 | ニンゲンノキリョウ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮新書 |
発行形態 | 新書、電子書籍 |
判型 | 新潮新書 |
頁数 | 192ページ |
ISBN | 978-4-10-610340-7 |
C-CODE | 0210 |
整理番号 | 340 |
ジャンル | 哲学・思想、倫理学・道徳、教育・自己啓発、趣味・実用 |
定価 | 748円 |
電子書籍 価格 | 660円 |
電子書籍 配信開始日 | 2012/06/29 |
書評
波 2010年1月号より 悪い見本はたくさんいる
著者は日本人の器量が小粒になったと言う。全く同感だ。役者も勝新太郎や森繁久彌のような毒気を含む大スターはもう出ない。企業イメージに合うようタレントを去勢するテレビでは大物は育たない。微量の麻薬所持だけの酒井法子が三〇%の視聴率で茶の間の大スターになる所以だ。文化度の低い視聴者達が優越感を持てる「おバカタレント」が人気者となる。知識をただ暗記する教育を受け、集中力散漫となる茶の間に垂れ流される情報で洗脳され、会社の減点主義故に、冒険心を萎えさせ、新しい危険に挑戦する覇気を失う日本人。
能力の基を仏教では気根、つまり「根気」だと言う。努力の継続が能力をつくり、逆境がこれを育てる。
欧米勢力に蹂躙されたアジアで、「富国強兵」を志した日本人はロシアと戦い、初めて白人に勝利した。更に、東アジア全植民地独立の大望を掲げ、世界の白人相手に戦い敗れはしたが、その「逆境」が勤勉家日本人を更に成長させ、アメリカに肩を並べる経済大国を築いた。
「山椒は小粒でもピリリと辛い」「一寸の虫にも五分の魂」。日本人のコンプレックスと誇りの格差が器量を育てた。
戦後六十五年、左翼の自虐史観が、国を護る「愛」を劣化させ、日本の伝統的「徳」の文化を衰退させた。初詣や花火の文化的催事にも装甲車付き警官が拡声器で管理する。わが身を守れない輩には家族や故郷を守る責任感が希薄になる。
「命は何よりも大事」と左翼やメディアが宣伝する現在ほど、命が軽い時代はないと著者は嘆く。「天は自ら助くる者を助く」だ。
「治に居て乱を忘れず」。平和だからこそ備えを怠らぬ「覚悟」が大事。
江戸二百六十年の長い平和にもかかわらず、士農工商の階級社会が、サムライには危機に際して命を捨てる「高貴な義務」を課し国民の資質を保った。又、秀吉に代表される階級間の自由な移動が人々に刺激も与えた。
大自然の条理として人間には個性があるから格差が生じる。人間の画一化、均等化を目的とする教育や政治が、魅力ある人間形成の障害となる。日教組が男と女の格差まで無くそうとするジェンダーフリーが、伝統的文化、端午の節句や雛祭りまで否定するのはナンセンス。
著者は昔「分厚い器量」を持っていた成功者を面白い切り口で紹介する。横井小楠は時勢に応じて「豹変」した。原敬は天から地に堕ちて「反骨」の現実主義者となった。田中角栄は「金権」という毒を政治に活かし切った。山本周五郎は原稿料を投資と考え一切私せず「遊び」に使い切った。松永安左衛門は、ホルモン的本能と冒険的興味、ケインズの言うアニマル・スピリット「強欲」で飛躍した。大久保利通は「人の知恵」を利用し、我が器量以上のものを作り出した。徳富蘇峰は徹底した風見鶏。「お世辞」と人ったらしでジャーナリストの第一線に居続けたと。
「水清ければ魚棲まず」。器量を育てるのは善悪、聖邪、正誤、美醜、清濁を併せ飲む度量だ。
その道は五つと言う(以下は僕の解釈)。
判り易く言えば鳩山由紀夫のようにならないことだ。
能力の基を仏教では気根、つまり「根気」だと言う。努力の継続が能力をつくり、逆境がこれを育てる。
欧米勢力に蹂躙されたアジアで、「富国強兵」を志した日本人はロシアと戦い、初めて白人に勝利した。更に、東アジア全植民地独立の大望を掲げ、世界の白人相手に戦い敗れはしたが、その「逆境」が勤勉家日本人を更に成長させ、アメリカに肩を並べる経済大国を築いた。
「山椒は小粒でもピリリと辛い」「一寸の虫にも五分の魂」。日本人のコンプレックスと誇りの格差が器量を育てた。
戦後六十五年、左翼の自虐史観が、国を護る「愛」を劣化させ、日本の伝統的「徳」の文化を衰退させた。初詣や花火の文化的催事にも装甲車付き警官が拡声器で管理する。わが身を守れない輩には家族や故郷を守る責任感が希薄になる。
「命は何よりも大事」と左翼やメディアが宣伝する現在ほど、命が軽い時代はないと著者は嘆く。「天は自ら助くる者を助く」だ。
「治に居て乱を忘れず」。平和だからこそ備えを怠らぬ「覚悟」が大事。
江戸二百六十年の長い平和にもかかわらず、士農工商の階級社会が、サムライには危機に際して命を捨てる「高貴な義務」を課し国民の資質を保った。又、秀吉に代表される階級間の自由な移動が人々に刺激も与えた。
大自然の条理として人間には個性があるから格差が生じる。人間の画一化、均等化を目的とする教育や政治が、魅力ある人間形成の障害となる。日教組が男と女の格差まで無くそうとするジェンダーフリーが、伝統的文化、端午の節句や雛祭りまで否定するのはナンセンス。
著者は昔「分厚い器量」を持っていた成功者を面白い切り口で紹介する。横井小楠は時勢に応じて「豹変」した。原敬は天から地に堕ちて「反骨」の現実主義者となった。田中角栄は「金権」という毒を政治に活かし切った。山本周五郎は原稿料を投資と考え一切私せず「遊び」に使い切った。松永安左衛門は、ホルモン的本能と冒険的興味、ケインズの言うアニマル・スピリット「強欲」で飛躍した。大久保利通は「人の知恵」を利用し、我が器量以上のものを作り出した。徳富蘇峰は徹底した風見鶏。「お世辞」と人ったらしでジャーナリストの第一線に居続けたと。
「水清ければ魚棲まず」。器量を育てるのは善悪、聖邪、正誤、美醜、清濁を併せ飲む度量だ。
その道は五つと言う(以下は僕の解釈)。
一 | 、「修行」――全ての価値が無になる死を覚悟する事。 |
二 | 、「山っ気」――仏は理趣経で、欲の限りを尽くせば純真無垢な蓮の花が咲かせられる、と説いた。 |
三 | 、「ゆっくり進む」――動物は全て心臓の鼓動数に沿って寿命が定まる。焦らず冷静に周りを観察する事が時間を有効に使い、悔いのない人生を築く。 |
四 | 、「何ももたない」――失うものがないことは、真理に近づく勇気を育てる。「色即是空、空即是色」だ。 |
五 | 、「身を捧げる」――地球上全ての命を愛し、公と義に生き、日本独特の文化である「徳」を身につけてこそ世界をリードする器量が備わる。 |
(つがわ・まさひこ 俳優)
著者プロフィール
福田和也
フクダ・カズヤ
1960(昭和35)年東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒。同大学院修士課程修了。慶應義塾大学環境情報学部教授。『日本の家郷』『教養としての歴史 日本の近代(上・下)』『人間の器量』『死ぬことを学ぶ』『昭和天皇』『〈新版〉総理の値打ち』等、著書多数。
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