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中傷と陰謀―アメリカ大統領選狂騒史―

有馬哲夫/著

792円(税込)

発売日:2004/10/16

  • 新書

強烈なネガティブ・キャンペーン、恐ろしいまでの足の引っ張り合い……オバマvs.マケインが甘っちょろく見えてきます。

どこにでもいそうな凡人が、いかにして「世界一の権力者」に仕立て上げられるのか。鍵を握るのは政策ではなく、選挙参謀の戦略である。誹謗中傷、あら探し、映像トリック等何でもあり。テレビ時代のアメリカ大統領選挙は、メディアを駆使した壮大な足の引っ張り合い、ネガティヴ・キャンペーンの歴史だった。アイゼンハワー、ケネディからレーガン、ブッシュ・ジュニアまで、その情けなくも恐ろしい舞台裏とは。

目次
序 章 いかにして凡人が「世界一の権力者」となるのか
第1章 凡庸なるブッシュの精密選挙マシーン
第2章 アイゼンハワーの新兵器
第3章 最初のテレビ大統領ケネディ
第4章 ジョンソンの最も汚い「ひなぎく」
第5章 負け犬ニクソンの大変身
第6章 カーター旋風の正体
第7章 バッシングを追い風にするレーガン
第8章 ピンポイント・ネガティヴのブッシュ
終 章 テレビ選挙は変わるのか
あとがき

書誌情報

読み仮名 チュウショウトインボウアメリカダイトウリョウセンキョウソウシ
シリーズ名 新潮新書
発行形態 新書
判型 新潮新書
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-610087-1
C-CODE 0222
整理番号 87
ジャンル 政治、外交・国際関係
定価 792円

インタビュー/対談/エッセイ

波 2004年11月号より ブッシュはアホでマヌケか  有馬哲夫『中傷と陰謀─アメリカ大統領選狂騒史─』

有馬哲夫

 アメリカ大統領選挙では中傷とデマが飛び交う。それがどんなに戦略的なものかを私が説明すると学生はよくこう尋ねる。「選挙中の中傷やデマを規制する法律がアメリカにはないのですか」。答えは、「ない」である。そのことは今回の大統領選挙中のブッシュの発言でも明らかになった。
ヴェトナム帰還兵の団体「真実のための元高速艇乗りたち」が民主党のケリー大統領候補者のヴェトナムでの戦歴がでっち上げだとする中傷広告を放送し、民主党支持者や識者の顰蹙をかった。当初ブッシュ陣営は関わりを否定したが、やがて共和党関係者がこの団体を援助していたことが判明した。すると、大統領候補者にして現職大統領であるブッシュは無邪気そうにこういった。「ではこのような広告を法律で規制しよう」。
それにしてもブッシュ陣営のケリー軍歴疑惑攻撃は見事だった。女房の尻に敷かれているケリーにネガティヴ攻撃の定石である不倫疑惑を持ち出しても効き目はない。また、テレビで見る限り、ケリーはそのようなタイプには見えない。むしろ、ヴェトナム戦争の英雄でありながら、帰還後この戦争の大義を否定した彼のうさんくささを突いたほうが大衆受けする。ブッシュが親のコネでヴェトナム行きを逃れたことをたたいてくる民主党陣営の攻撃の効果も減殺できる。
また、これだけ汚い攻撃を仕掛けながら、前述の団体にその責めを負わせ、自分は火の粉をかぶらなかった。有権者はネガティヴ広告にうんざりしている。汚い攻撃をしたほうには厳しい非難が向けられ、票を失うことになる。そこで、レーガンの頃からこのような汚い広告は自分の手を汚さず、独立政治団体に流させるようになってきた。前述の団体がまさしくこれに該当する。
ブッシュの「では法律で規制しよう」という発言は、仕掛けたのが自陣営だと認めて反省しているようにもとれるし、あくまでも他人事を装っているようにもとれる。いずれにせよ、ブッシュはケリーに深手を負わせながら、自らは返り血を浴びずに切り抜けた。クリントンもダメージコントロールに長けていたが、ブッシュにはまた違った冴えがある。
前回の選挙でも、飲酒運転での逮捕歴を暴露されたとき、彼は「私が若くて無責任だったとき、私は若くて無責任でした」といかにも彼らしい釈明をして見事に火消しをしてみせた。現在でも、大量破壊兵器が戦前のイラクに存在しなかったことが判明したにもかかわらず、あいかわらずイラク戦争の正当性を唱え、支持率を落とすどころかケリーを引き離しにかかっている。アホでマヌケなのは彼ではなく、そう思い込まされてまんまと心の警戒を緩めてしまう人々の方なのだ。
『中傷と陰謀─アメリカ大統領選狂騒史─』では、大統領候補者とメディアの黒子たちが秘術の限りを尽くす舞台裏をご覧いただきたい。

(ありま・てつお 早稲田大学教授)

蘊蓄倉庫

アメリカ大統領選を楽しむために

 民主党のケリー候補と、共和党の現職ブッシュ大統領の公開討論第一回では、多くの人が「ケリーが勝った」と判断したようです。面白いのは、その勝利が即、好感度にはつながらないところです。
 実はブッシュ大統領は、前回選挙での公開討論でも相手のゴア候補に負けたとみなされていました。ところが、勝ったはずのゴアの支持率は下がったのです。
 有権者は、ゴアの有能さを認めつつも、ブッシュを見下すような薄ら笑いを浮かべたり、ため息をつく様を見て、人柄に疑問を持ったのでした。ブッシュ陣営は、「気さくなオヤジ」としてのイメージを打ち出していました。その戦略が成功を収めたのです。
 本書には、アメリカの大統領選挙におけるネガティヴ・キャンペーンやイメージ戦略など様々な戦略の歴史が書かれています。今年の選挙戦を見るのが100倍面白くなること間違いなしです。
掲載:2004年10月25日

担当編集者のひとこと

壮大な足の引っ張り合い

 マイケル・ムーア監督の映画『華氏911』は日本でもかなりのヒットになりました。ムーア監督の映画や著書だけを目にしていると、ブッシュ大統領というのは、とんでもないバカに見えてくるかもしれません。
 言い間違いは多いし、ノー天気な受け答えが目立つのも確かです。それを見て、「アハハ、アメリカの大統領はバカだなあ」と笑う人が多いのもわからない話ではありません。
 しかし、それだけで終わってしまっては、「じゃあなぜ、そんな人が当選できたのか」ということはわからないままです。開票において、怪しい動きがあったにせよ、アメリカ国民の半分は彼を支持したのですから。 ブッシュ大統領自身の才能についての評価はさておいて、なぜ選挙で勝てたかについてはある程度、確実な答えがあります。優秀な選挙参謀がいたからです。『中傷と陰謀―アメリカ大統領選狂騒史―』を読むと、大統領になれるかどうかは、参謀の力によって決まるといっても過言ではないことがわかります。
 前回の選挙で、ブッシュ陣営はCMにサブリミナル・メッセージまで挿入しました。しかし別に彼らだけが汚い手を使ったわけではありません。相手も似たりよったりの手を使っていたのです。
 そもそも、それまでの大統領選挙でもありとあらゆる汚い手が使われてきました。
 相手候補に「水爆を落としかねない奴だ」というレッテル貼りをした候補者もいました。「彼は精神病を患っているらしいね」と根も葉もない噂を広めた候補者もいました。「彼が一時的に釈放した囚人が、その間に人を殺した」と死刑囚をネタにして対立候補を攻撃した候補者もいました。ケリー対ブッシュでも、激しい中傷合戦が繰り広げられています。
 この種の足を引っ張る技術は、どんどんエスカレートし、しかも「洗練」されたものになっています。本書には、その歴史がわかりやすく書かれています。どうやって相手の足を引っ張るか、大統領選挙の歴史はその技術の開発史だったという感じすらしてきます。
 この技術を実生活で活用した場合には、もしかすると出世できるかもしれませんが、嫌われ者になる可能性が高い気がします。

2004年10月刊より

2004/10/16

著者プロフィール

有馬哲夫

アリマ・テツオ

1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『日本人はなぜ自虐的になったのか』など。

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