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ふたつの故宮博物院

野嶋剛/著

1,320円(税込)

発売日:2011/06/24

  • 書籍
  • 電子書籍あり

北京と台北――東洋の二大博物館がいま、激動している!

戦争と政治に引き裂かれ、「北京」と「台北」に分立することになった、ふたつの故宮。為政者の対立は、東洋の二大博物館を相容れない仲にしてしまった。しかしいま、中台の歩み寄りが、両故宮を接近させつつある。数々の歴史的秘話や初の「日本展」への動きを明らかにしながら、激動を始めた両故宮に迫った最新レポート。

目次
序章 故宮とは、文物とは
二〇年前に台北故宮で感じた違和感/蒋介石が台湾運搬を決定/中国近代史に翻弄された故宮の運命/世界的な博物館との違い/変革の季節が始まった/日本展への胎動/ロビーを埋め尽くす大陸からの客
第一章 民進党の見果てぬ夢――故宮改革
アイデンティティーを変えたい/改革の精神を表現した映画との出会い/陳水扁が起用した院長/華夷思想によって棄てられた島/南部に打ち込まれた改革のくさび――「故宮南院」/「三人目」は女性院長/文化行政の主導権をめぐる女の戦い/国民党の阻止行動の前に/陳水扁の秘密訪問/「中華中心主義の壁に阻まれた」
第二章 文物大流出――失われたのか、与えたのか
中国王朝の栄枯盛衰と文物/文物流出の主役だったラストエンペラー/香港に出品された溥儀の装飾品/文物流出で世界が知った中華文化/関西に花開いた中国美術サロン
第三章 さまよえる文物
九・一八事変で変わった命運/大成功を収めた初の海外展/大陸を西へ西へ/いまも続く南京と北京の「確執」
第四章 文物、台湾へ
見あたらない蒋介石の故宮への思い/国共内戦で暗転した文物の運命/文物と共に海を渡った人々/第二陣には世界最大の書物「四庫全書」も/「造反者」か英雄か
第五章 ふたつの故宮の始まり
なぜ「中山博物院」なのか/台北故宮の建築と当時の国際情勢/いまや荒れ果てた北溝倉庫跡地/設計者をめぐる秘話に迫る/中華文化復興運動のなかで/日本人が活発に文物を寄付/「中華人民共和国の故宮」の歩み
第六章 中華復興の波――国宝回流
香港に現れた円明園の略奪品/回流の仕掛け人は超大物の娘/円明園の遺恨を晴らす人々/世界の関心を集めたパリのネズミ像オークション/文物返還を求める中国国内の動き/返還運動の果てには
第七章 故宮統一は成るのか
記者会見での両故宮トップの反応/中台改善で始まった台北故宮の「逆コース」/「南院」の運命は風前の灯火か/思惑をはらみ始まった交流/次なる目標は「日本展」/李登輝を動かした司馬遼太郎/平山郁夫も志半ばで/民主党政権の混乱で再び暗礁に乗り上げるも/文物に秘められた中華民国の価値観
本書に登場する主な人物
故宮および中国・台湾・日本をめぐる主な動き
参考図書・記事一覧

書誌情報

読み仮名 フタツノコキュウハクブツイン
シリーズ名 新潮選書
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 232ページ
ISBN 978-4-10-603682-8
C-CODE 0322
ジャンル 世界史
定価 1,320円
電子書籍 価格 1,056円
電子書籍 配信開始日 2011/12/23

書評

波 2011年7月号より 日本人には理解しえない博物館への旅

樋泉克夫

一九四九年末、共産党との内戦に敗れ海峡を渡り、「中華文化の薫陶を受けない化外の地」である台湾に逃れた蒋介石率いる国民党政権は、その時以降、中華民国の旗を掲げ、内外に向かって「我こそは正統中国なり」と強弁を続ける。その根拠こそ、中国歴代皇帝が所蔵した秘宝を柱とする《中華文化の粋》を収蔵する故宮博物院だった。
若い日の台湾旅行の際に「故宮という博物館の『不思議さ』に引きつけられ」た著者は、「台北、北京だけではなく、上海、南京、瀋陽、四川、重慶、湖南、香港、シンガポール、東京、京都などを訪ねて歩」き、「一つずつ、故宮の文物や歴史の背後にある真実を探っていく旅」を続ける。この本は、その長い旅の報告ともいえよう。
王朝の興亡止まない中国では、戦火のさなかで散逸した前王朝の秘蔵文物を掻き集め収蔵する一方、その歩みを正史として書き留めることが、新王朝にとっての正統性の証だった。つまり中国においては、文化(=文物と正史)こそが権力の象徴なのだ。
いまから百年前の一九一一年に起こった辛亥革命によって満州族の清朝を倒し漢民族によるアジア初の立憲共和制国家として建国された中華民国もまた、それまでの例に倣い清朝皇帝の居所であった紫禁城に歴代皇帝秘蔵の文物を集め、一九二五年に故宮博物院として発足させた。だが不幸にも、この時から中国は再び長い戦乱の時代に入る。戦火を避けるべく中国全土を彷徨った《中華文化の粋》は、やがて「化外の地」たる台湾に建設された故宮博物院に落ち着くことになるが、こんどは九○年代末以降の国民党と民進党の激しい政争に翻弄される。故宮博物院は、台湾独立を強く志向する民進党にとっては中国大陸の権力の象徴でしかなく、否定されてしかるべき存在だった。だが国民党にとっては、中国大陸と自らを固く結びつける何物にも換え難い鉄の証なのだ。故宮博物院が台湾に存在していなかったら、台湾独立運動も、さぞやスッキリと展開しただろう。
二〇〇八年、民進党を破り政権を奪還した馬英九国民党政権が北京との関係改善に大きく舵を切ったことで、中台両岸関係の渦中で故宮博物院もまた象徴的な役割を担わざるをえなくなった。
懇切丁寧な取材を基に綴られた北京の紫禁城からはじまる故宮博物院の物語は、どうやら著者にとっては「日本人には容易に理解しえない世界」を解き明かす旅でもあったようだ。
中国においては文化とは政治であり、文化を支配し統御しえた者こそが正統権力者たりうる。国共内戦の最中、毛沢東と蒋介石は文化という戦場でも死力を尽くして戦っていたのである。
最後に評者の身勝手なお願い。著者の旺盛果敢で的確な取材力を信じ、次は中国文化を象徴する学者や京劇役者などを巡って国共内戦期に展開された「人材之戦」の実態を明らかにして戴きたい。

(ひいずみ・かつお 愛知大学教授)

担当編集者のひとこと

ふたつの故宮博物院

故宮は「物語の宝庫」だった





 イラク戦争では米軍に同行取材を行い、文字通り銃弾の下をくぐり、敵味方の生死を目のあたりにした。アフガニスタンのカブールでも、爆弾テロを避ける日々を送りながら、現地で雇った料理人に味噌汁の作り方まで教えた。著者の野嶋剛さんは、そんな行動力抜群のジャーナリストだ。
 日本では、政治部に籍を置き、アフガニスタンやイラクの戦場よりも野蛮な(?)永田町で、政治家たちの生態を記事にした。
 こうした経歴から、ハードな題材のみを追いかける新聞記者の姿を想像したら、大きな間違いだ。実は、日本、中華圏そしてアジアの音楽や映画産業に詳しく、日・中・台・韓の芸能界の事情にも通じる。そう、ソフトなネタもお得意なのだ。ルックスも、写真を見ていただければわかるように、あのヨン様ことぺ・ヨンジュンに似ているとは思いませんか?
 その野嶋さんが、2007年、台北特派員となったのを機に、「故宮」というラビリンスに足を踏み入れた。中華圏の専門家として、美術品・文物を政治がどう利用したかという観点から、台湾、そして中国を眺めてみようと考えたのだ。赴任前から想を練り、台北に着くやすぐに取材を開始。任期の半ばの2009年1月末に、本書のおおよその構成について相談した。それからも、“戦争特派員”の行動力を駆使して取材が続く。北から、瀋陽、北京、京都、南京、上海、重慶、台北、香港、シンガポール……と、文字通りアジアを縦横に飛び回り、貴重なナマの証言を集め、故宮文物の軌跡をたどっていった。北京と台北――ふたつの都市に生き別れとなった「故宮」の過去を明らかにし、そして、いま起きつつある中台政治関係の変化が、将来、「ふたつの故宮」にどんな変化をもたらすかを探るために。
 その精力的取材が発掘したドラマの数々を、ぜひ読んでいただきたい。そう、野嶋氏の踏み入った「ふたつの故宮」は、紛うことなき「物語の宝庫」だった。

2016/04/27

著者プロフィール

野嶋剛

ノジマ・ツヨシ

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒業後、朝日新聞に入社。佐賀支局、西部本社などを経て、2001年からシンガポール特派員。イラク、アフガニスタンで戦争報道を経験し、『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社、2003年)を出版。東京本社政治部記者などを経て、2007年から2010年まで台北特派員を務める。中華圏における政治、外交、文化など幅広い分野の取材・執筆を続けており、現在、朝日新聞国際編集部次長。

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