無駄学
1,320円(税込)
発売日:2008/11/25
- 書籍
- 電子書籍あり
「無駄」は社会のメタボである。「ムダとり」こそが日本を救う!
話題の『渋滞学』が進化した! トヨタ生産方式の「カイゼン現場」訪問などをヒントに、まったく新しい学問が誕生。無駄とは何か? そのメカニズムとは? 実践篇では社会や企業、家庭にはびこる「無駄」を検証、省き方も伝授し、さらにポスト自由主義経済の新経済システムまで提言。ビジネスパーソンも家庭人も必読の書。
参考文献
書誌情報
読み仮名 | ムダガク |
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シリーズ名 | 新潮選書 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 208ページ |
ISBN | 978-4-10-603623-1 |
C-CODE | 0334 |
ジャンル | 社会学、ノンフィクション、経済学・経済事情 |
定価 | 1,320円 |
電子書籍 価格 | 1,320円 |
電子書籍 配信開始日 | 2022/07/15 |
インタビュー/対談/エッセイ
無駄の「相転移」
茂木 まずは、この本を書こうと思ったきっかけからお聞かせください。
西成 『渋滞学』を書き終えた時点で、一番気になっていたことが、「在庫のムダとり」。日本テレビの「世界一受けたい授業」に出演した翌日、カイゼンの第一人者である山田日登志さんの会社から研究室に電話があったんです。「あなたは私と同じ視点で仕事ができる」と言われ、一気に山田さんに惹かれた。それ以来、彼に連れられての工場通いがはじまったんです。
茂木 僕は常々、理系の人が実験室を出て、現場にあるものを拾ったら面白いだろうなあと思っていた。新しい発見があったんじゃないんですか?
西成 理論化されていない工学知、つまり経験でつかめる何かが現場にはたくさんあるんです。最初は感じないんですが、だんだん感じるようになってくる。それらをひとつひとつ解明してみたいという思いが、ふつふつと湧いてきたんです。
茂木 「無駄」には漢字、ひらがな、カタカナの三種類があり、その順に省くのが難しいと書いてある。気づいていない無駄が一番まずいわけですね。
西成 そのため「見える化」するんです。無駄も見えてしまえばとれる。山田さんにはそれが見え、他の人には見えない。彼が工場内を歩くと、まるで映画「十戒」の中で海が二分されるように在庫が省かれ、彼の前に道ができる。なぜ彼だけに見えるんでしょうね。
茂木 僕もNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」でインタビューしたことがあるんです。たぶん目や耳の使い方がちがう。NHKのスタッフが工場にいる山田さんを取材したんですが、彼の表情がとても印象的だった。笠智衆のような愉悦の表情を時々するんですね。その時、無駄を省いて効率を追求するということは、人間を尊重することとすごく関係していると思った。工場はチャプリンの「モダン・タイムス」のような世界だと想像していたんですが、予想に反して大変楽しげで人間的な工場でした。
西成 山田さんも、リストラではなく「活人」と言ってますね。捨てるんじゃなくて、活用すればいい、と。
茂木 トヨタみたいにきわめて大規模で、国際的な競争にさらされていて、しかもコスト計算とか厳しくできる現場だったからこそ、無駄ということについてある程度、進んだ考えができたんだと思う。でも我々の日常生活はもっとゆるい。トヨタの現場で問題になっているようなことが顕在化していない。でも、存在することはわかっているので、無駄学というメタファーは広がっていくんじゃないですかね。
西成 山田さんも同じようなことをおっしゃってました。トヨタの現場を見て、それから社会を見ると、ものすごく無駄が見える。彼はよく講演でこう言う。「君たちを見ていると、百六十年以上生きるように見える。そんな人生の使い方でいいのか」と。これは彼なりの警告ですが、最初、私もガーンときましたね。これこそがガラリと相が変わる「相転移」といえるものでしょう。
茂木 無駄というものが有益に変わるような積極的な「相転移」があるべきでしょう。たとえば、いま屎尿って無駄だけど、かつては肥料だった。無駄だと思っていたものが、実は有効に使えるという「相転移」というのはとても大事ですよね。
西成 ゴミを含めた環境問題などは、そうした「相転移」できるものをいかに数多く発見するかがキーです。
茂木 都市鉱山なんていい例。古いケータイが集まれば、レアメタルが随分とれる。つまり、無駄とは何かがダイナミックに変わっていく可能性がある。
自然界には無駄がない
茂木 無駄を省いていくと、どんどん生命に近づいていく気がします。ジャスト・イン・タイム・システムも、細胞生理が行なっていることと似ている。細胞にはストックを置くスペースがありませんから。脳の神経細胞の働きも、ノイズがあるという条件のもとで、最も無駄がない原理を追求していると思う。ムダとりが行われる以前と以後の生産現場を比べた時に、以後の方が、生命に近い。本の中にもありましたが、トヨタでさえ工場での無駄の割合が、一対三〇〇。あの割合は、生命現象の場合、もっと低いでしょうね。
西成 それは面白い指摘ですね。無駄があると進化的にも生き残れないし、淘汰されてしまう。
茂木 放物線なんかもそうだし、懸垂曲線なんかもそう。
西成 生命から学ぶというのは、非常に大切なことですよね。生命と機械の差は何か、という議論が時々される。おそらくアメリカなどが得意とする方法は、分割して局所最適化してから全体を組み立てるやり方で、こうした考え方は機械には当てはまるんです。しかし、生命は切り出せない。全体としてひとつの複雑なネットワークを構成していて、我々には絶対設計できない。小さなアリでさえ、人間は作れない。茂木さんが言うように、生命に近づくというのは大賛成で、そういう世界に落とし込んだ時に初めて本当の最適化が可能になるんでしょう。
茂木 無駄とは何かを考えると、当然、予測の問題が出てきますよね。
西成 予測可能だと無駄ができないんです。トヨタの生産方式をつくった大野耐一さんが、こう言っているんです。「競馬というのは、終わった後で買えばみんな当たる」。要するに、予測ができないから、無駄が発生する。ではどうやって、無駄かどうかを判定すればいいのか。自分が思っている予測でいいんです。それと結果を比べて、無駄だったかどうかを判定すればいい。たとえば、料理で醤油を使いますが、このくらい入れればこのくらいの味がするだろうという予測で入れます。その結果、いい味になるのか、しょっぱすぎて食べられないのか、その差で無駄をはかるんです。
茂木 本のあの部分って、妙に詳しかった(笑)。なぜ醤油だったんですか?
西成 自分で料理作るときに、調味料の加減がむずかしいんですよ。
茂木 寺田寅彦が金平糖の角がどうやってできるのかを物理的に考察していくのと似ていますよね。それこそ、醤油をどのくらい入れるのかということから、新しい科学ができるかもしれない。
西成 根本原理は同じですからね。
茂木 醤油は、この本のキモですよ(笑)。
江戸しぐさに学ぶ
茂木 いま一番、危惧していることは何ですか?
西成 実は、利他主義なんです。我々、家族に対しては利他主義をとれても、他人にはどうでしょう。でも、皆が勝手に生きたら、社会は成り立たない。心の問題をどうやって解決していけばいいのか。それに対して科学は何ができるのか。果たして資本主義はベストな体制なのか。
茂木 アメリカの企業が破綻してますからね。
西成 アダム・スミスをはじめ何人かの経済学者は、資本主義は飽和すると言っている。が、いつの間にか人々はそれを忘れてしまって、資本主義は成長し続けていくと信じている。でも、理科系の人間なら、それは数学的にあり得ないと分かる。なぜなら成長率が三%だったら二十三年後には経済規模が二倍になる。二倍の労働時間、二倍の購買量、二倍の資源発掘。そんなこと不可能です。私はこのままだと、文明は三十年持たないと思っている。長期的視野で活動する人たちがもっと増えてこないと相当にマズイ。
茂木 マーケットの失敗が、今までも数限りなく指摘されてきたけれど、懲りずに新自由主義が復活してきた。おそらく、渋滞や無駄などのメタファーが、モデル化できる範囲はすごく広いと思う。最近、脳科学や認知科学の立場からバブル経済に興味があって調べているんです。たとえば、一六三七年、オランダのチューリップバブル。世界の三大バブルのうちの一つですが、わずか一年の間で、はじけてしまった。バブルというのは意図をもって動く主体の集まった時に、典型的に表れる現象です。みんなひと山儲けてやろうと思っている。そういう気持ちが暴走すると、コントロールできなくなってしまう。では、どうすればいいんですかね?
西成 かつて江戸しぐさってありましたよね。たとえば、お互い雨に濡れないように、外側に傘をかしげて歩いていく「傘かしげ」。そういった利他的な行為を今ではほとんど見かけない。今日も、地下鉄の駅で若いサラリーマンのケンカを見ましたよ。肩が触れたのが原因ですが、お互い避ければいいだけの話でしょ。道を譲らないで歩くからぶつかる。日本人がそんな風になってしまったのは、徐々になのか、急にそうなったのかというと、私は、ここ何年かでそうなったと感じるんです。蓄積があって、急に「相転移」が来たような。きっと今、予兆の時代なんです。臨界点が来る手前で手を打っておかないと、崩壊したらそれこそ手遅れです。だから今、利他主義的な行動を取らないといけない。資源にしたって有限です。一個のケーキを百人で分けたら、誰も満足しない。その時に、どういう解決策があるのか? きっとそれは均等主義ではない「かわりばんこ」だと思うんです。皆が「かわりばんこ」主義を選んで、ある時は我慢をして、やがて自分の番が来る。そういう社会にしないと、皆がエンジョイできる社会にならないんじゃないでしょうか。
茂木 利他主義は脳科学でも大きなテーマのひとつです。他人のために何かをするということが、自分にとってもうれしいこと、つまり報酬系が活動することがわかっているんです。たとえばマザー・テレサは一生、貧しい人たちのために活動したわけですが、実はそうすることによって喜びを感じていたはずなんですね。しかし、どうしたら、そういう脳になるのかは分かっていない。
人は複数の組織に所属している。会社、趣味の仲間、飲み友達、スポーツ仲間、地元の人間、家族。だけど、各々の組織の中の人間関係だけがすべてであると考えてしまうと、利他的行動が十分ロバスト、つまり強いものにならない。自分の所属しているコミュニティが多様であればあるほど、バランスのとれた利他性を育むんじゃないでしょうか。先ほどの、駅でケンカしているような若者が利他的行動をとれなくなってきているのだとすると、それを解くカギは、コミュニティの再生かなという気がします。
西成 利他主義を教育する場がどこにもないのは、本当に残念なことですね。
(もぎ・けんいちろう/にしなり・かつひろ)
波 2008年12月号より
担当編集者のひとこと
直感と情熱の両輪で突き進む科学者
脳科学者の茂木健一郎さんと著者である西成活裕さんの対談が面白かった。その模様は12月号の「波」(小社刊)に掲載されているので、よろしかったらご一読下さい。高速回転するふたつの理系脳が縦横無尽に「現代と無駄」について語り合っている。
その時、茂木さんがポロリと言った言葉が今も頭に残る。
「直感と情熱は、教えることができないんですよね」
かつて田中角栄は、コンピューター付ブルドーザーと言われたことがあった。西成さんも「コン付ブル」に少し似ている。直感と情熱があり、知識と行動力がある。「私の研究は、社会のためにある。理系の発想を現実社会で活かさないと意味がない」。そうして「渋滞学」が生まれ、「無駄学」へと発展していった。
そんな西成さんが、私に三度、こう弱音を吐いた。
「やっぱり、書けません。無理ですよ、今は」
「無駄」に関わるエピソードが、西成さんの持つ「無駄取材ノート」に日々増えていくのに、「無駄」を定義しようとすればするほど、この二文字がするりと逃げてしまう。
「刻々と変わるんだったら、いつまで待っても同じですよ」
すこぶる乱暴な解決策を、私はその度に返した。結局、西成さんの背中をポンと押したのは、彼自身のブルドーザーの部分、湧き出てくる「情熱」だった。
「今の資本主義社会には無駄が血栓のごとく溜まっている。それを省かないと、文明の未来は危うい。そして、他人のことを思いやらない、ウソをついてでも利益を得ようとする人がますます増える社会が我々のゴールなのか」
これから先、自由主義社会の進むべき姿を提言した第六章は、だから西成さんがこの本で最も書きたかったチャプターとなっている。ひとりでも多くの日本人に、特にこの章を読んでいただきたい。
2008/11/25
著者プロフィール
西成活裕
ニシナリ・カツヒロ
1967(昭和42)年、東京生れ。東京大学先端科学技術研究センター教授。東京大学卒。修士及び博士課程は航空宇宙工学を修了、専門は数理物理学、渋滞学。2007(平成19)年、『渋滞学』(新潮選書)で講談社科学出版賞と日経BP・BizTech図書賞を受賞。2013年に「科学技術への顕著な貢献 2013(ナイスステップな研究者)」に選ばれる。著書に『無駄学』『誤解学』(共に新潮選書)、『疑う力』(PHPビジネス新書)、『とんでもなく役に立つ数学』(角川ソフィア文庫)、『シゴトの渋滞学』(新潮文庫)など。