数学者たちの楽園―「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち―
2,640円(税込)
発売日:2016/05/27
- 書籍
笑うか? 悩むか? 見つけられるか? 超人気アニメに隠された、驚くべき数学の世界!
アメリカNo.1アニメ『ザ・シンプソンズ』は、じつは超難解な“数学コメディ”で、シナリオを作ったのはなぜか“ハーバードの博士”たちだった! 番組の大ファンである著者がシンプソンズ・ファミリーのドタバタ風刺アニメに隠された数学の魅力とサブカル的なディテールを語り尽くす。アメリカの知性・感性・毒性がここに!
第一章 天才バート
第二章 πはお好き?
第三章 ホーマーの最終定理
第四章 数学的ユーモアの謎
第五章 六次の隔たり
第六章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王
第七章 ギャルジェブラとギャルゴリズム
第八章 プライムタイム・ショー
第九章 無限とその向こう
第十章 案山子の定理
第十一章 コマ止めの数学
第十二章 πをもうひと切れ
第十三章 ホーマーの三乗
第十四章 フューチュラマの誕生
第十五章 1729と、「夢のような出来事」
第十六章 一面的な物語
第十七章 フューチュラマの定理
謝辞
訳者あとがき
算術(コチョコチョ)と幾何学(クスクス)の試験
付録
索引
書誌情報
読み仮名 | スウガクシャタチノラクエンザシンプソンズヲツクッタテンサイタチ |
---|---|
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 424ページ |
ISBN | 978-4-10-539306-9 |
C-CODE | 0041 |
ジャンル | 数学 |
定価 | 2,640円 |
書評
サイモン・シンは“ET”の通訳だった
『フェルマーの最終定理』で、数学三世紀の謎に挑む数学者たちの姿を感動的に描いて世界を驚かせたサイモン・シンは、その後も暗号の歴史をドラマチックに描いたり、宇宙論をテーマに科学とは何かを考えさせたりと、納得の意欲作を世に送り出してきました。とくに前作の『代替医療解剖』は、それまでのアカデミックなテーマから、「科学ジャーナリズム」の課題へと踏み出し、新たな地平を切り拓くエポックメーキングな作品となりました。シンがその方向を取るのであれば、次は……と考えていたところに出てきたのが、今度の新作です。
正直、驚きました。アメリカのアニメ、それも毒気たっぷりの『ザ・シンプソンズ』だというのですから。たしかに、欧米の科学者に『ザ・シンプソンズ』ファンが結構いるらしいことは、私も翻訳に携わるなかで経験的に知っていましたし、私が訳した本の著者のなかには、このアニメのキャラクターを作品中で活躍させる人もいたほどです。しかし私は、その理由について深く考えることもなく、単に、英語圏で人気のキャラクターだからだろう、ぐらいに思っていました。ですから、あのサイモン・シンが、なぜ『ザ・シンプソンズ』? と、頭の中が「?」だらけになったのです。
しかし本書を読み始めるとすぐに、頭の中の「?」は「!」に変わりました。なんと、このブラックでお下劣なジョークだらけのアニメが、数学出身の脚本家チームの力によって作り出されていたとは! これほど多くの数学ネタが盛り込まれていたとは! 私の心にじわじわと複雑な思いがわき起こってきました。どうして私は、このアニメの数学ネタに気づかなかったのだろう……。理系オタク(?)を自認する身としては、悔しいではありませんか!
とはいえ、インタビューでシン自身が語っていたように、彼もまた、フェルマーの最終定理が目に留まるまでは気づかずにいたといいます。となれば、私ごときが気づけなかったのも無理はないでしょう。
そんなことを考えながら本書を訳し終えた今、ふと思うのです。もしかすると、『ザ・シンプソンズ』に隠された「数学ネタ」は、数学宇宙のETたちが、友だちを求めて発している信号なのかもしれない、と。「誰か気づいてくれないかな。気づいてくれたら、きっとよい友だちになれるよ……」。
サイモン・シンは本書で、そんなETたちと私たちとの通訳を買って出てくれました。折に触れて、ひとりひとりのET(数学系脚本家)にもスポットライトを当てながら、彼らの言葉をみんなにわかるように噛み砕き、背景にある数学の世界に案内してくれます。日本の読者のみなさんにも、お下劣さと知的クオリティが両立する『ザ・シンプソンズ』の世界、英語ジョークと数学ジョークが交じり合う異世界(!?)を、きっと楽しんでいただけるでしょう。
ようこそ! 『ザ・シンプソンズ』と数学の世界へ!
(あおき・かおる 翻訳家)
波 2016年6月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
「数十年来の陰謀を暴く」
前作『代替医療解剖』の発表から実に八年。人気サイエンスライター、サイモン・シンの最新作の翻訳版がついに完成しました。テーマはズバリ『ザ・シンプソンズ』。1989年の初放映からすでに六〇〇話超! 今も続くアメリカの大人気アニメーションです。黄色い肌に、大きなギョロ目、極端にデフォルメされた姿はきっと多くの人がご覧になっているはず。社会風刺のたっぷりきいたドタバタアニメは時に社会問題にからんで日本でも話題に上ります。
でも今回の切り口は、風刺でもなければアニメ論でもありません。『ザ・シンプソンズ』、実は超難解「数学コメディー」だった!! というサイモン・シンならではのものです。この背景にはハーバード大などで数学の博士号を取得した「天才」たちが、研究職をなげうってまで『ザ・シンプソンズ』の脚本家になったという、驚くべき事実があるのですが、なぜ、そんなことが起こってしまったのか、そもそもどんな理由、経緯で『ザ・シンプソンズ』に目を付けたのか、サイモン・シン本人に聞いてみました。
――『ザ・シンプソンズ』との出会いはいつごろですか?
シン イギリス(シンは英国人)でこの番組が始まったとき、わたしは、まだスイスのCERN(欧州原子核研究機構)で研究者をしていました。ですから見始めたのは帰国してからのこと。最初はこの奇妙な番組をどう受け止めたらいいかわからず、子ども向けなのだろうと思っていました。ところが見ているうちに、『ザ・シンプソンズ』は、八歳の甥だけでなく、私に向けて作られた作品でもあることに気づいたのです。
とはいえ、このアニメにたくさんの「数学」が含まれていることに気づいたのは、十年ほども見続けた後のことでした。ある回(シーズン10/エピソード2 日本語版DVD『発明は反省のパパ』)に「フェルマーの最終定理」が出てきたのです。それで、ほかの回も注意して見たら、なんと、この作品、実は数学だらけだったんです。
――「フェルマーの最終定理」が登場する回は、その他にも「ヒッグス粒子」や「相対性理論」「ビッグバン」など、宇宙物理学の話題も盛りだくさんでしたし、それを理解していると作中で起こる爆発にも説明がつきますね。たしかにシンさんがご覧になれば、隠された「数学」や「物理」に気付かないわけがない。それで『ザ・シンプソンズ』を調べはじめたのですか?
シン まずデーヴィッド・S・コーエンに電話をかけてみました。その回の責任脚本家として彼の名前がクレジットされていたからです。そうしたら、コーエンはコンピュータ科学の修士号を持っていて、数学の論文も書いていたというじゃありませんか。そして彼は、『ザ・シンプソンズ』の脚本家チームには、強力な数学のバックグラウンドを持つ人がたくさんいるのだと教えてくれました。学士号、修士号、博士号、いろいろです。その内の一人、ジェフ・ウエストブルックにいたっては、コメディー脚本家になる前は、イェール大学の教授でした。
彼らはもうプロの数学者ではありませんが、今も数学が大好きで、『ザ・シンプソンズ』のさまざまな回に、数式や特別な数を忍び込ませることで、数学への愛を表現しているのです。本書は、そうやってこっそり持ち込まれた数学を解説するとともに、数学出身の脚本家たちのことや、このアニメ作品そのものについても見ていきます。本書を読めば、この『ザ・シンプソンズ』に隠された数学ネタの質と量に、みなさん驚かれることでしょう。微積分から数論、無限小から無限大まで、ほんとうに幅広い数学の分野が取り上げられているのです。
――しかし、それだけ取り上げていれば、アメリカやイギリスでは『ザ・シンプソンズ』が「数学アニメ」としてずいぶんと知られているとも思うのですが。
シン このアニメ作品の数学的な面に気づいていた人は、ほとんどいなかったと思います。わたしが『ザ・シンプソンズ』の数学について本を書いていると知ると、みんな戸惑ったような顔をしましたね。もちろん、一握りのコアで数学オタクな『ザ・シンプソンズ』ファンは、この作品に数学が頻出することを知っていましたし、その話題を扱ったウェブサイトもいくつかありました。また、アメリカでは二人の教授が、このアニメに現れる数学を講義で扱っていました。
――そうなると今回の著書は、『ザ・シンプソンズ』の大多数のファンに大変な影響を与えることになりますね。なにしろドタバタと社会風刺、あと有名人のカメオ出演で知られるアニメですから。
シン 数学は好きだけれど『ザ・シンプソンズ』はそれほどでもないという人たちが、本書をきっかけに、このアニメ作品を見直してくれたらと思います。また、(こちらのほうがいっそう重要ですが)、『ザ・シンプソンズ』は好きだけれど数学は好きではないという人たちが、数学を見直してくれたら嬉しいですね。本書は、『ザ・シンプソンズ』のキャラクターを通して、数学世界を探検しようという本なのです。ですから数学が大好きというわけではない人も、これを機に自信を持って、いろいろな数学の本を手に取ってほしいですね。数学を学んでいるあいだじゅう、バートとリサ(シンプソン家の長男と長女)が手を握っていてくれますよ。また、本書で取り上げた数学は十分歯ごたえがありますから、数学が好きな人たちにも楽しんでもらえるはずです。
――ところで『ザ・シンプソンズ』の脚本家たちの取材はいかがでした? シンさんにとっては、同好の士の集まりのようで、きっと楽しく進められたのではないでしょうか。本からもその雰囲気が伝わってきます。
シン 脚本家のみなさんはとても協力的で、快く時間を割いてくれました。また本書について、嬉しい言葉ももらえました。ハーバード大卒で数学の学士を持つアル・ジーンは本書が気に入って、お母さん用に一冊買ったと言ってくれましたし、先に話したデーヴィッド・S・コーエンは、こう書いてくれました。
「サイモン・シンの好著、アニメの視聴者にひそかに数学を吹き込もうという、数十年来の陰謀を暴く」とね。
本を書くときはいつも、その本に登場する人たちに喜んでもらえたらと願っています。まあ、代替医療の本のときは、その限りではありませんでしたが。
――ところで日本もアメリカ同様のアニメ大国ですが、日本のアニメ作品で何かお気に入りのものはありますか?
シン それは語りきれませんね。
そうそう、それで思い出したのですが、子どもの頃、『海底少年マリン』(1965年に放送された『ドルフィン王子』に始まり、『がんばれ!マリンキッド』、『海底少年マリン』へと繋がる一連の作品群。『ドルフィン王子』は日本初の本格的なカラーテレビアニメとして知られる。英語版『Marine Boy』)というアニメが好きでした。イギリスでは1970年代の初めに放映されたのですが、日本での放映は1965年ですね。今日の午後は、YouTubeで『海底少年マリン』を見て過ごすことになりそうです。
翻訳 青木薫
(さいもん・しん サイエンスライター)
波 2016年6月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
サイモン・シン
Singh,Simon
1964年、イングランド、サマーセット州生れ。祖父母はインドからの移民。ケンブリッジ大学大学院で素粒子物理学の博士号を取得し、ジュネーブの研究センターに勤務後、英テレビ局BBCに転職。TVドキュメンタリー『フェルマーの最終定理』(1996年)で国内外の賞を多数受賞し、1997年、同番組をもとに第1作である同名書を書き下ろす。他の著書に『暗号解読』、『宇宙創成』、『代替医療解剖』などがある。
青木薫
アオキ・カオル
1956年生れ。翻訳家。訳書に『フェルマーの最終定理』『暗号解読』『宇宙創成』などサイモン・シンの全著作、マンジット・クマール『量子革命』(以上、すべて新潮社)、ブライアン・グリーン『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』(講談社)、トマス・S・クーン『新版 科学革命の構造』(みすず書房)など。著書に『宇宙はなぜこのような宇宙なのか 人間原理と宇宙論』(講談社)がある。2007年度日本数学会出版賞受賞。