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三島由紀夫論

平野啓一郎/著

3,740円(税込)

発売日:2023/04/26

  • 書籍
  • 電子書籍あり

執筆23年、テクストそのものから大作家の思想と行動の謎を解く、決定版三島論!

三島はなぜ、あのような死を選んだのか――答えは小説の中に秘められていた。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品の精読で、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じる画期的試み。実作者ならではのテキストの深い読みで、その思想をスリリングに解き明かす令和の決定版三島論。

  • 受賞
    第22回 小林秀雄賞
目次
序論
I 『仮面の告白』論
1 執筆の背景
2 「私小説」
3 時間構成――変わり得なかったこと
4 観念と現実とのギャップ
5 「倒錯の論理、原因と結果との故意の混同」
6 「私が彼でありたい
7 「悲劇的なもの」
8 「心に染まぬ演技」
9 『聖セバスチャンの殉教』――「罪に先立つ悔恨」
10 近江と欲望
11 現実に対する嗜虐
12 性自認と「義務観念
13 近代以後の日本のホモセクシュアリティ
14 二つの戦争観
15 戦争と「悪習」
16 入隊検査の失格
17 園子
18 絶対に〈変化しないもの〉
19 失恋と恥
20 性的指向と恋愛指向
21 創作と行動
22 『仮面の告白』以後
II 『金閣寺』論
1 虚実を巡って
2 「絶対」とは何か?
3 〈金閣〉は天皇の象徴か?
4 〈心象の金閣〉と〈現実の金閣〉
5 コンプレックスと「恥」――有為子
6 美の破壊
7 〈絶対者〉の空洞性
8 共滅願望
9 一体感の終わり
10 南泉斬猫
11 鶴川――理想的な他者
12 柏木――ニヒリスト
13 〈金閣〉と現実否定
14 〈金閣〉の虚無性
15 夏菊と蜜蜂
16 老師と戦後社会
17 登楼
18 「実父―老師―禅海」――父性の三段階の変遷
19 〈金閣〉放火
20 究竟頂での死
21 『金閣寺』と自決
22 『鏡子の家』
23 〈樹海体験〉と〈水仙体験〉
24 存在と無
25 『帰国者の手紙』
III 『英霊の声』論
1 三十代後半の三島由紀夫
2 「身を挺したい」もの
3 「われわれの時代」
4 楽園追放
5 『文化防衛論』
6 『古事記』と天皇論
7 バタイユの『エロティシズム』
8 エロティシズムと天皇
9 二・二六事件の将校たちの霊
10 天皇への「恋」
11 二・二六事件と天皇
12 「人として」の天皇
13 特攻隊員の霊たち
14 天皇との神秘主義的合一
15 二つの天皇観
IV 『豊饒の海』論
1 シンメトリー
2 『日本文学小史』の構造
3 「天皇抜き」で、という可能性
4 『日本文学小史』と『豊饒の海』との構造的類似点
5 「生まれかわり」の由来
6 「行動」と「認識」
7 保田与重郎と近親憎悪
8 蓮田善明への同化願望
9 「現実と言葉との乖離」
10 説一切有部の存在論
11 唯識
12 唯識に於ける輪廻
13 東洋と西洋、二つのアプローチ
14 『暁の寺』の唯識論と三島の誤解
15 涅槃ニルヴァーナについて
16 〈20・10・67〉のメモ
17 三島の世界認識の構造
18 『浜松中納言物語』
19 『春の雪』に於ける天皇と「雅び(優雅)」
20 家父長制への反発
21 コピーの過激化
22 「文化意志」としての清顕
23 清顕の美と死
24 コンプレックスの変容――対極から真贋へ
25 『春の雪』と『仮面の告白』のシンメトリー
26 『奔馬』
27 「ニヒリズム」と「ミスティシズム」
28 自刃
29 「握り飯」の忠義
30 敵なき暴力論
31 「純粋さ」のコピー
32 実像と情報との乖離
33 テロの目的
34 勲と三島の思想的相違
35 「何ものかに恥じた」
36 絶対の批評としての死
37 「ソラリスム(日輪崇拝)」と「おふくろ」
38 母性と女
39 「武士道精神」と国防
40 「一〇・二一国際反戦デー」以後の急進化
41 勲の転生
42 空襲体験
43 凋落と「女」たち
44 『柘榴の国』
45 ベナレスの再来
46 月光姫(ジン・ジャン)
47 本多の「認識論」の逡巡
48 自殺しなかった本多
49 『天人五衰』の「創作ノート」
50 安永透
51 「狂女」としての絹江
52 三島と「悪」
53 透の「真贋」
54 時間と蓄財
55 「悪」としての透
56 透の「手記」
57 「道徳的要請」としての現実世界
58 「自己正当化のための自殺」
59 父と息子
60 本多の生と死
結論
あとがき
注記
主要参考文献

書誌情報

読み仮名 ミシマユキオロン
装幀 平野啓一郎+新潮社装幀室/装幀
雑誌から生まれた本 新潮から生まれた本
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 672ページ
ISBN 978-4-10-426010-2
C-CODE 0095
ジャンル 評論・文学研究
定価 3,740円
電子書籍 価格 3,740円
電子書籍 配信開始日 2023/04/26

書評

虚無への関心を共有しつつ、その死を拒絶する

中島岳志

 1998年に『日蝕』で文壇デビューした平野啓一郎は、「三島の再来」と言われた。実際、平野が文学にのめりこむきっかけは、一〇代の頃に読んだ三島由紀夫『金閣寺』だった。「あの一冊との出会いがなければ、私の人生は今と同じではなかったであろう」と言う。その著者が二十三年がかりで書き上げた三島論が本書だ。
 平野が三島の人生に見出すのは、深い疎外感である。幼いころには、父母から隔てられ、学校も休みがちだった。第二次世界大戦では徴兵検査で第二種乙種合格、入隊検査では基準に満たないと認定され、国家の「大義」に参加することから拒絶された。
 本来自分がいるはずの場所に、自分がいないこと。生きていることは負債であるという観念は、無力感や虚無感を招き寄せる一方で、強烈な「出現への欲望」へとつながった。三島にとっての創作と行動は、不在の場所への出現欲求であり、その不在の場所を見てみたいという欲望が、「覗き」という主題へのこだわりにつながった。
 表現による自己「出現」を期する彼にとって、どうしても書かれなければならなかったのが、『仮面の告白』だった。これは三島自身が「能うかぎり正確さを期した性的自伝」と述べているように、自己の強い実存の要請によって執筆されたものだった。
 三島が描いたのは、性的指向と恋愛指向のずれだった。主人公の「私」は、恋愛指向が異性に向かう一方で、性的指向が同性に向かった。一人の女性を心から愛しながらも、肉体がそれを拒否する。その苦悩と実態が、赤裸々に綴られている。
 三島は何を表現したかったのか。平野は、三島の中にある「絶対に変化しないもの」への固執を見出す。三島にとって、性的指向と恋愛指向のずれは、不変の本質であって、「天性」という不可抗力に他ならなかった。それは時間の経過によっては決して変化しないものであり、両方が本物の存在だった。三島の中では、肉体と精神の二元論が均衡しながら対立する。その「生の無力」の「告白」こそが、逆説的に生の承認につながる。
 三島は、戦後世界に適応し、生きていこうと決意した。しかし、そこには常に「死」がビルトインされていた。平野が注目するポイントは、三島における時への軽蔑である。「絶対に変化しないもの」を見つめた三島は、時の経過によって人は変わるという観念を憎悪した。人は常に死と直面して生きている。死を意識すればするほど、真実は一瞬一瞬の「今」にしか存在しない。今を生きることにこそ、自己の本質が出現する。
 この「本質の肯定」こそ、天皇への強い関心となって表れる。平野は、三島の代表作『金閣寺』における「金閣」を天皇のメタファーと捉え、その放火の意味を追求する。
 三島は、三〇代半ばから後半にかけて、『鏡子の家』の不評や社会的トラブルに直面し、現実への幻滅を深める。そして、あるべき「日本」や天皇主義への回帰に到り、現実批判を強めた。
 天皇主義者は、往々にして「水」のメタファーを多用する。私という存在は「潮」や「渦」の中に溶解することで、自己と他者の境界線を失う。私は私という輪郭を喪失することで透明な共同体に同一化し、絶対的な本質へと接続する。他者とのわだかまりもない。自我の悩みもない。神のまにまに生きていく民族共同体だけが実在する。
 しかし、肝心の天皇は、戦後に「人間宣言」を行い、その絶対性を自ら拒絶した。そして、戦後の世俗世界に降り立ち、国民の象徴として生活し始めた。三島は、この「週刊誌天皇制」を徹底して拒絶する。戦後世界への順応は、資本主義を抱きしめて生きることに他ならなかった。ただ生き延びることは、どうしても虚無を呼びよせる。
 三島は、最後の文学的賭けに打って出る。『豊饒の海』の執筆である。彼は虚無の世界を「豊饒の海」に転換することの可能性を探求した。しかし、三島は戦後社会への究極の批判原理としての死至上主義へ傾斜し、楯の会の政治思想運動と通じて、「共滅」的共同体を指向する。そして、市ヶ谷での衝撃的な自決に至る。
 平野は「あとがき」で言う。「私は、もし本書を三島が読んだなら、自殺を踏み止まったかもしれないという一念で、これを書いたのである」
 死こそが虚無を乗り越える生の絶頂と考えた三島に対して、平野は虚無への関心を共有しつつ、三島の死を拒絶する。二人の生は時間的に重なっていないが、本書において時を超えた火花を散らしている。

(なかじま・たけし 東京工業大学教授)
波 2023年5月号より
単行本刊行時掲載

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著者プロフィール

平野啓一郎

ヒラノ・ケイイチロウ

1975(昭和50)年、愛知県生れ。京都大学法学部卒。1999(平成11)年、大学在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により芥川賞を受賞。著書は小説作品として、『日蝕・一月物語』、『葬送』、『高瀬川』、『滴り落ちる時計たちの波紋』、『顔のない裸体たち』、『決壊』(芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『ドーン』(第19回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『かたちだけの愛』、『空白を満たしなさい』、『透明な迷宮』、『マチネの終わりに』(第2回渡辺淳一文学賞)、『ある男』(第70回読売文学賞)、『本心』などがある。評論、対談、エッセイとして、『文明の憂鬱』、『ディアローグ』、『モノローグ』、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『「生命力」の行方 変わりゆく世界と分人主義』、『「カッコいい」とは何か』などがある。

平野啓一郎公式サイト (外部リンク)

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