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失われたパリの復元―バルザックの時代の街を歩く―

鹿島茂/著

11,000円(税込)

発売日:2017/04/12

  • 書籍

あの特別な街を愛する人へ――
「十九世紀の都」紙上旅行へのいざない。

入りくんだ街路をはじめ、市場、劇場街、カフェや高級レストランなど、オスマン男爵の都市改造で破壊された街並が、幻の銅版画集と古地図からよみがえる。当時のパリを知れば、『人間喜劇』『レ・ミゼラブル』『悪の華』といった名作もよりリアルに。著者のライフワークにして比類なき一冊、カラー図版満載でついに刊行。

目次
イントロダクション
1 マルシアル『いにしえのパリ』との出会い
2 大革命前後――消滅と出現
3 ナポレオンの甥、ロンドンに亡命してパリ大改造を妄想する
第1部
4 これより本編、マルシアル『いにしえのパリ』をひもときながら
5 『従妹ベット』または復讐する女の地図
6 『ガンバラ』またはフロワマントー通りの破滅の音楽
7 太陽小路で逢いましょう 老耄ユロ男爵の蜜の家
8 去年の雪いまは何処 悪の殿堂パレ・ロワイヤル盛衰史
9 田舎の偉人としてサン=トノレ通りを歩いてみたとせよ
10 グラン・ブールヴァールまたは水無きセーヌの流れに乗って
第2部
11 馬車パレードしよう! それからイタリアン大通りで遊ぼう
12 イタリアン大通りを制する者はヨーロッパを制す 絢爛豪華グルメ合戦
13 イタリアン大通り 美食とセックスの文学史
14 名優、名犬、名猿も! 大衆芸能のパラダイス「犯罪大通り」百年の夢
15 「犯罪大通り」紳士録 ドゥビュロー父子から「地獄の機械」男まで
16 タンプル大通り南側 大人の遊園地を過ぎてテンプル騎士団の方へ
17 我らが主人公たちの錬金術または古着をめぐる生態系
第3部
18 浮浪児ガヴローシュの家またはバスチーユの巨象伝説
19 居酒屋「コラント」または偶然のバリケード
20 レ・アール パリの胃袋は水晶の宮殿なのだとゾラは言う
21 続レ・アール 女魚屋は叫び回廊商店街は消えてゆく
22 レ・アール周辺 凸凹兄弟と画家と捨て子の路地めぐり
23 ネルヴァルの地獄下り またはセーヌ右岸ゼロ・メートル地帯散歩
24 パリ牢獄小史または右岸よさらば!
25 シテ島は感情教育する または白ウサギの幻
26 続シテ島 ヴィヨンとラブレーと居酒屋「松ぼっくり」
27 続々シテ島 ノートル=ダム大聖堂とカジモドの戦い
28 まだまだシテ島 偉大なる悪臭またはパリ市立病院
第4部
29 いよいよ左岸へ カルティエ・ラタンの青春食堂
30 続カルティエ・ラタンの青春食堂またはパリ大学早わかり
31 続々カルティエ・ラタン 高利貸の方へ、またはパンテオンの方へ
32 シャトー・ルージュ――王の愛妾の城へ人類の悲惨を見に行く
33 路地から路地へ ジャン・ヴァルジャンを追いかけて
34 ヒバリの野原または失われた川の復元
35 時間旅行者、三大文豪の家を訪問する
36 時間旅行者最後の変身またはパリ復元の終わらない終わり
人名・作品名索引
地名・建物名索引

書誌情報

読み仮名 ウシナワレタパリノフクゲンバルザックノジダイノマチヲアルク
装幀 マルシアル『いにしえのパリ』(1866年刊)より94番「ピルエット通り(1866)」((C)Nao Kashima(NOEMA Inc.JAPAN))/カバー表、日下潤一/ブックデザイン、赤波江春奈/ブックデザイン
雑誌から生まれた本 芸術新潮から生まれた本
発行形態 書籍
判型 B5判
頁数 352ページ
ISBN 978-4-10-407202-6
C-CODE 0022
ジャンル 世界史
定価 11,000円

書評

どうしても手元に欲しかった本

成毛眞

 正直に告白しよう。本稿の執筆を引き受けた理由は本書『失われたパリの復元―バルザックの時代の街を歩く―』がどうしても手元に欲しかったからである。とはいえ、19世紀のパリ市街にさほど関心を持っていないどころか、バルザックもまともに読んでいない。にもかかわらず、本書が欲しかったのだ。なんとしてでも早く手に入れ、時折ページを開いて、挿絵を眺めながら暮らしてみたかったのである。
芸術新潮」で連載がはじまった2012年1月号から単行本になることを楽しみにしていた。パチパチと火が踊る暖炉の前で(わが家には暖炉はないが)、ゴリオ爺さんも飲んだシャトー・ラフィットを掌に温めながら、本書を胸に抱いて居眠りをしたいのだ。さぞかし良い気分であろう。なにしろパリを旅する時間旅行者になれるのだ。
 もちろん19世紀のパリなど見たこともない、しかも日常的には興味もない。それは宇宙論や生命科学などの最先端科学にも似ているかもしれない。普通に生活するのには必要もなく、見ようとしても見えないもの。人はそんなものに触れていることで、突如として視界が広がることがあるはずだ。
 本を撫で回すことで得られる安心感。美しい装丁の本が書庫に入っていることの満足感。そして、いつかは読了してやるという人生の小さな目標を得ることができるはずなのだ。
 1853年、日本ではペリーが黒船を率いて来航しているころ、ナポレオン三世に任命されたセーヌ県知事ウージェーヌ・オスマンはパリの大改造に着手した。それまでのパリは自然発生的な都市であり、徴税請負人が作った壁に囲まれており、人口も密集していたため、糞尿や汚物にまみれ悪臭漂う街だった。地区によっては貧困階級が集まって暮し、たびたび暴動も発生していた。計画的な市街地をもつロンドンとは大違いだったのだ。
 ナポレオン三世がオスマンに渡した腹案とは、容赦ないクラッシュ・アンド・ビルドの道路整備である。正確なパリ全図はなかったため、まずは市街全域を測量することからこの大事業は始まった。
 19世紀パリの専門家にして稀代の古書コレクターである鹿島茂は、30年ほど前のことマルシアルという銅版画家が『いにしえのパリ』という画集を出版していたことを知る。惜しくも第三者によってこの稀覯本が落札された時の価格は85万円だったという。やがて巡り巡ってついに得物を入手した著者が満を持して著したのが本書である。パリを復元してみることにしたのである。
 まずは美しくデザインされた目次を見てみよう。その見出しはたとえば、第7章「太陽小路で逢いましょう 老耄ユロ男爵の蜜の家」、第20章「レ・アール パリの胃袋は水晶の宮殿なのだとゾラは言う」などだ。なんとも魅力的な言葉がちりばめられていて、それだけでもうっとりするではないか。とはいえ、著者は読者の旅情や郷愁を無駄に煽るのではなく、むしろ自然科学者の手つきでパリの復元に努めるのだ。
 なかでもじっくり検分をしているのはシテ島だ。第25章から第28章までの4章を費やしている。とりあえず覗き見ることにしてみよう。38ページで構成されているこのシテ島パートに使われている図版は50枚、うち地図が9枚だ。
 現在のパリを代表する観光スポットになっているシテ島には荘厳なノートル=ダム大聖堂やパリ警視庁、マリー・アントワネットが投獄されていたコンシエルジュリなどがある。パリ最古といわれるポン・ヌフ橋もある。まさにパリ発祥の地なのだ。
 しかし、19世紀の当時シテ島には身元不明死体を収容するモルグや、ノートル=ダム大聖堂の正面には「棄児院」という施設もあった。起源を9世紀まで遡ることができるパリ市立病院はその悪臭と瘴気が人間の耐えられる限界を超えるようになっていたというのだ。
 そのありさまを描いた銅版画はまるで建築写真のようだ。ほとんど人が描かれていないため、むしろ美しい石造りの街並みのように見える。しかし、ナポレオン三世が大改造を企画しなければならなかったほどの混沌がそこにあったのだ。
 読者はその想像力も持たない。本文を読むことではじめて絵の中に隠された19世紀のパリの混迷を窺い知ることができる。著者はその復元作業にあたって当時の文学者たちの力を借りる。フロベールゾラボードレールヴィクトル・ユゴー、そしてバルザックなどだ。
 本書はフランス文学へ誘う時空旅行のガイドブックでもある。

(なるけ・まこと HONZ代表)
波 2017年5月号より

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パンフレット

著者プロフィール

鹿島茂

カシマ・シゲル

1949年、神奈川県生れ。フランス文学者、評論家、作家。明治大学教授。1991年に『馬車が買いたい!』(白水社)でサントリー学芸賞、2000年『職業別パリ風俗』(白水社)で第51回読売文学賞など受賞歴多数。2017年、書評アーカイブサイトALL REVIEWS(https://allreviews.jp)を開設。近刊に「失われたパリの復元ーバルザックの時代の街を歩くー』(新潮社)など。

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好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS (外部リンク)

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