いつか陽のあたる場所で
1,650円(税込)
発売日:2007/08/22
- 書籍
二人には過去(マエ)があった。理由(ワケ)があった。だけど希望(サキ)も、なくはなかった……。
治療院の受付嬢、芭子29歳。パン屋のパート、綾香41歳。一見普通の生活を送る彼女たちはしかし、決して口に出せないある秘密を抱えていた――。警官の姿を見てはギョッとし、お年寄りの会話に加わってホッとする。ディープな下町・谷中を舞台に、大きな涙とささやかな喜び、そしてときどきハードボイルドな新生活が始まった!
目次
おなじ釜の飯
ここで会ったが
唇さむし
すてる神あれば
ここで会ったが
唇さむし
すてる神あれば
書誌情報
読み仮名 | イツカヒノアタルバショデ |
---|---|
雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 272ページ |
ISBN | 978-4-10-371008-0 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | 文芸作品、文学賞受賞作家 |
定価 | 1,650円 |
インタビュー/対談/エッセイ
波 2007年9月号より 『いつか陽のあたる場所で』刊行記念インタビュー 「犯罪を犯した後の人生を書いてみたかった」 乃南アサ『いつか陽のあたる場所で』
ワケあって下町は谷中で新生活を始めた芭子と綾香。二人に降りかかる霧はいつの日か晴れるのだろうか。雑誌掲載時から熱烈な支持を集めた新シリーズ、いよいよ登場!
■人を破壊した余韻のようなもの
――雑誌掲載時からとても評判がよかったシリーズです。お書きになりたいと思った動機は何だったのでしょう。
乃南 今までの小説では犯罪に首まで漬かってる人を書くことが多かった。罪を犯すまでの経緯や生い立ち、その考えの至らなさを、捜査する側や逃げる側から書いてきました。でもその人の人生はそこで終わるわけではない。犯罪を犯した、その後についても考えたくなったんです。
――29歳と41歳の女同士の好対照なキャラが魅力的です。続刊の予定もあるとうかがいましたが。
乃南 この二人が好きなんです。シリーズにしたいという確固たる意思があるというより、彼女たちとしばらく関わっていたい。まだ構想の段階からそう考えていました。損得なしの関係、いい友達がいる人には憧れます。自分の一番人に知られたくない部分を隠さずにすむ関係って楽ですから。
――二人は元受刑者ですが、出所した人たちがこのような良い関係を持つということは現実に起こっているのでしょうか。
乃南 あってもおかしくないんじゃないかな。いえ、むしろ悪いムショ仲間ばかりではないと思いたいです。受刑者の95パーセントは確信犯的かもしれないけれど、5パーセントぐらいは冤罪とか正当防衛とか魔がさしたとかだと思うんです。少年院や刑務所に取材に行ったのですが、実際に会えばそのひとりひとりはごく普通の人でしたし。
――刑務所への取材を精力的にされていましたが、取材する前に思ったことと違ったようなことはありましたか。
乃南 ある刑務所に見学に行ったときのことです。そこは累犯ではないけれども重罪の人が多い。収監者の6割以上が15年か無期懲役。飲んだ勢いで友達を殴り殺したとか、金に困って強盗殺人を犯したとか、そんな説明を係の方から受けた後、工場内を見学したのですが、入りたての人――罪を犯してまだ間もない人から出てくる殺気と、長く入っている人との空気が全然違っていることに驚きました。憎しみであろうと怒りであろうと、人を殺すってハンパじゃないエネルギーを使うと思うんです。それは急には鎮静化されない。どす黒い炎のような、人を破壊した余韻みたいなものをまとって歩いている人がいる一方で、修行僧のような気を発している人もいました。もうだいぶ長く娑婆から遠ざかっているような感じ。長く刑に服することの必要性はこういうところにあるのかな、と思いました。
■闇が深い人のほうが外面は明るい?
――芭子にとっては実家のことが最大のトラウマだと思いますが、やはりこの小説のように、出所後に家族から縁を切られてしまうということは実際に起こっているのでしょうか。
乃南 身元を引き受けてくれないということはあるようですね。男女問わず。帰ってこられても困る、いくばくかの金銭を渡して、あとは自分でやってくれ、というような。
芭子は割と落ち込みに弱いタイプなんです。まだ30歳になるかならないかなので、大人になりきれないところもありますし。なかなか考えが前に進まないので、いっちゃあ戻りしてる振り子みたいなところもある。でも、20代のほとんどを刑務所に費やしたらそりゃ悔やむと思うんですよね。何回泣いたって、自分のしたことを引き摺らなくなるには相当な時間がかかるでしょう。つらい経験だったと思いますもの。
それでも、芭子のほうがまだ単純で、痛い部分をさらけ出すことができる。綾香は明るく振舞っているけれど、闇が深い人のほうが外面は明るいですからね。だけど痛いところをさらけ出しながら浄化されている芭子を見て、綾香も救われているところがあるんじゃないかと思うんです。
――今回の本ではまだ綾香の闇はあまり見えてきません。
乃南 本人は「自分は生まれ変わった」と言うし、現に罪を犯す前とはまったく違う人生を歩んでいて思いっきりポジティブな感じですけれども、じゃあ皮がむけたようにつるっと人間が変わったかっていうと絶対そんなことはない。人ひとり殺すエネルギーって出そうと思っても正常な精神状態で出るものではないし、それが愛情を注いだ相手であったり、自分で選んだ相手だったらなおさらだと思うんです。その瞬間は一度地獄に落ちるわけですし、やったことはその人の中にずっと沈殿していきますから。
――『ボクの町』の主人公、高木聖大が芭子に思いを寄せるというサブストーリーもあります。
乃南 それはまあ、私の作品をいろいろお読みくださっている方へのサービスということで……。二人の結婚? ありえないです。警察官と結婚したら前歴を洗われるでしょうし(笑)。
■演歌の似合う坂の多い街、谷根千
――今作の舞台は東京の下町、谷中・根津・千駄木ですね。
乃南 下町ですが、上野や浅草などの繁華街とも違います。もともと商売の街ではないのでどこか落ち着きや情緒があります。住民の方の意識が高いんでしょうね。ひしめきあっているけれども静かで、距離を保ちながらも下町ふうのところがあって。坂とお寺が多くて、古くからあるお宅も多い。商店街に行けばお風呂上りの子どもがパジャマで走っている。町全体が一つの共同体のような、とても安全な感じがします。
もともと、路地が好きなんです。取材のときも地図一枚買って、曲がりたいとこでどんどん曲がっていくからものすごい距離を道草して、脱水症状になりそうなくらいどんどん歩いちゃう。でもそうすると、街の空気にだんだん馴染んできます。
――一般的にムショ帰りというと、都会など人間関係の濃くないほうに逃げていくという感じがするのですが、あえて二人を下町に住まわせた理由とは。
乃南 すぐそばに人間くささとかぬくもりがあるほうがいいと思ったんです。そのほうが、いつかこういう街にもともと住んでたみたいにしっくり馴染む人になりたいな、と思うんじゃないか。まあ芭子の場合は自分のおばあちゃんが住んでたから、余計にそう思うのでしょうね。綾香は地方都市の人なので、東京という地縁もないところで暮らすならこんな街がいいっていう思いもあったと思う。
――綾香がハマったご当地演歌歌手「漣さま」の歌う演歌がまた、あの空気に説得力を持たせています。
乃南 ぜひ誰かいい曲をつけてください(笑)。谷根千に行けばわかると思いますけれども、商店の店先などに、見たこともない演歌歌手のポスターがいっぱい貼ってあるんですよ。芸名も曲名も、聞いたことのあるようなないような。あの谷根千のなんともいえない懐の深さに、演歌はとても似合うんじゃないかという気もしますね。
■人を破壊した余韻のようなもの
――雑誌掲載時からとても評判がよかったシリーズです。お書きになりたいと思った動機は何だったのでしょう。
乃南 今までの小説では犯罪に首まで漬かってる人を書くことが多かった。罪を犯すまでの経緯や生い立ち、その考えの至らなさを、捜査する側や逃げる側から書いてきました。でもその人の人生はそこで終わるわけではない。犯罪を犯した、その後についても考えたくなったんです。
――29歳と41歳の女同士の好対照なキャラが魅力的です。続刊の予定もあるとうかがいましたが。
乃南 この二人が好きなんです。シリーズにしたいという確固たる意思があるというより、彼女たちとしばらく関わっていたい。まだ構想の段階からそう考えていました。損得なしの関係、いい友達がいる人には憧れます。自分の一番人に知られたくない部分を隠さずにすむ関係って楽ですから。
――二人は元受刑者ですが、出所した人たちがこのような良い関係を持つということは現実に起こっているのでしょうか。
乃南 あってもおかしくないんじゃないかな。いえ、むしろ悪いムショ仲間ばかりではないと思いたいです。受刑者の95パーセントは確信犯的かもしれないけれど、5パーセントぐらいは冤罪とか正当防衛とか魔がさしたとかだと思うんです。少年院や刑務所に取材に行ったのですが、実際に会えばそのひとりひとりはごく普通の人でしたし。
――刑務所への取材を精力的にされていましたが、取材する前に思ったことと違ったようなことはありましたか。
乃南 ある刑務所に見学に行ったときのことです。そこは累犯ではないけれども重罪の人が多い。収監者の6割以上が15年か無期懲役。飲んだ勢いで友達を殴り殺したとか、金に困って強盗殺人を犯したとか、そんな説明を係の方から受けた後、工場内を見学したのですが、入りたての人――罪を犯してまだ間もない人から出てくる殺気と、長く入っている人との空気が全然違っていることに驚きました。憎しみであろうと怒りであろうと、人を殺すってハンパじゃないエネルギーを使うと思うんです。それは急には鎮静化されない。どす黒い炎のような、人を破壊した余韻みたいなものをまとって歩いている人がいる一方で、修行僧のような気を発している人もいました。もうだいぶ長く娑婆から遠ざかっているような感じ。長く刑に服することの必要性はこういうところにあるのかな、と思いました。
■闇が深い人のほうが外面は明るい?
――芭子にとっては実家のことが最大のトラウマだと思いますが、やはりこの小説のように、出所後に家族から縁を切られてしまうということは実際に起こっているのでしょうか。
乃南 身元を引き受けてくれないということはあるようですね。男女問わず。帰ってこられても困る、いくばくかの金銭を渡して、あとは自分でやってくれ、というような。
芭子は割と落ち込みに弱いタイプなんです。まだ30歳になるかならないかなので、大人になりきれないところもありますし。なかなか考えが前に進まないので、いっちゃあ戻りしてる振り子みたいなところもある。でも、20代のほとんどを刑務所に費やしたらそりゃ悔やむと思うんですよね。何回泣いたって、自分のしたことを引き摺らなくなるには相当な時間がかかるでしょう。つらい経験だったと思いますもの。
それでも、芭子のほうがまだ単純で、痛い部分をさらけ出すことができる。綾香は明るく振舞っているけれど、闇が深い人のほうが外面は明るいですからね。だけど痛いところをさらけ出しながら浄化されている芭子を見て、綾香も救われているところがあるんじゃないかと思うんです。
――今回の本ではまだ綾香の闇はあまり見えてきません。
乃南 本人は「自分は生まれ変わった」と言うし、現に罪を犯す前とはまったく違う人生を歩んでいて思いっきりポジティブな感じですけれども、じゃあ皮がむけたようにつるっと人間が変わったかっていうと絶対そんなことはない。人ひとり殺すエネルギーって出そうと思っても正常な精神状態で出るものではないし、それが愛情を注いだ相手であったり、自分で選んだ相手だったらなおさらだと思うんです。その瞬間は一度地獄に落ちるわけですし、やったことはその人の中にずっと沈殿していきますから。
――『ボクの町』の主人公、高木聖大が芭子に思いを寄せるというサブストーリーもあります。
乃南 それはまあ、私の作品をいろいろお読みくださっている方へのサービスということで……。二人の結婚? ありえないです。警察官と結婚したら前歴を洗われるでしょうし(笑)。
■演歌の似合う坂の多い街、谷根千
――今作の舞台は東京の下町、谷中・根津・千駄木ですね。
乃南 下町ですが、上野や浅草などの繁華街とも違います。もともと商売の街ではないのでどこか落ち着きや情緒があります。住民の方の意識が高いんでしょうね。ひしめきあっているけれども静かで、距離を保ちながらも下町ふうのところがあって。坂とお寺が多くて、古くからあるお宅も多い。商店街に行けばお風呂上りの子どもがパジャマで走っている。町全体が一つの共同体のような、とても安全な感じがします。
もともと、路地が好きなんです。取材のときも地図一枚買って、曲がりたいとこでどんどん曲がっていくからものすごい距離を道草して、脱水症状になりそうなくらいどんどん歩いちゃう。でもそうすると、街の空気にだんだん馴染んできます。
――一般的にムショ帰りというと、都会など人間関係の濃くないほうに逃げていくという感じがするのですが、あえて二人を下町に住まわせた理由とは。
乃南 すぐそばに人間くささとかぬくもりがあるほうがいいと思ったんです。そのほうが、いつかこういう街にもともと住んでたみたいにしっくり馴染む人になりたいな、と思うんじゃないか。まあ芭子の場合は自分のおばあちゃんが住んでたから、余計にそう思うのでしょうね。綾香は地方都市の人なので、東京という地縁もないところで暮らすならこんな街がいいっていう思いもあったと思う。
――綾香がハマったご当地演歌歌手「漣さま」の歌う演歌がまた、あの空気に説得力を持たせています。
乃南 ぜひ誰かいい曲をつけてください(笑)。谷根千に行けばわかると思いますけれども、商店の店先などに、見たこともない演歌歌手のポスターがいっぱい貼ってあるんですよ。芸名も曲名も、聞いたことのあるようなないような。あの谷根千のなんともいえない懐の深さに、演歌はとても似合うんじゃないかという気もしますね。
(のなみ・あさ 作家)
著者プロフィール
乃南アサ
ノナミ・アサ
1960年、東京生れ。早稲田大学中退後、広告代理店勤務などを経て、1988年に『幸福な朝食』で日本推理サスペンス大賞優秀作を受賞し、作家活動に入る。1996年に『凍える牙』で直木三十五賞、2011年に『地のはてから』で中央公論文芸賞、2016年に『水曜日の凱歌』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。他に『鎖』『嗤う闇』『しゃぼん玉』『美麗島紀行』『六月の雪』『チーム・オベリベリ』『家裁調査官・庵原かのん』など、著書多数。
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