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経済学者、待機児童ゼロに挑む

鈴木亘/著

1,650円(税込)

発売日:2018/03/23

  • 書籍
  • 電子書籍あり

大問題の真の原因は、保育士不足でも、都市部への人口集中でもなかった!

全国で10万人、今後30万人ともみられる社会問題には、あなたの知らない根本原因があった。官に甘く民に厳しい許認可、税金漬けの公立保育所、財政難から保育士に寿退社を促す私立保育所、そして「保育の質を守れ」にひそむ大ウソ――。保育歴16年、東京で対策の陣頭に立つ異端の学者が、待機児童ゼロを阻む「真犯人」を炙り出す改革戦記。

目次
まえがき
第一章 我が家の待機児童体験記
ラッキーだった長女/東京に戻って待機児童に/東京都認証保育所に救われる/幼稚園も検討/長男はいきなり待機児童に/隣の市の保育園に車通園/アメリカでの保育体験/日本と常識が逆/日本帰国で待機児童に逆戻り/一時保育、ベビーホテルの問題点/私立認可保育所へ/抗議先に自分の名前が……/スムーズだった次男/株式会社の保育園という「穴場」
第二章 日本の保育は社会主義?
東京圏と低年齢児に集中/政府はサボっているわけではない/待機児童数は氷山の一角/保育士不足が待機児童の原因?/保育士の賃金アップで問題解決?/寿退社が労務管理?/女性の社会進出や都市部集中が原因?/待機児童は「社会主義」の産物/安すぎる認可保育料/高すぎる認可保育所運営費/0歳児を預かる費用は月額40万円/不公平な再分配
第三章 改革を阻むもの
やるべきことは明確/良くできた既得権構造/待機児童は好都合/社会福祉法人のうまみ/福祉界の特定郵便局/利用者たちにも既得権/公立保育園の年収問題で炎上/墨田区保育料改定委員会/エレベーターでブロック/株式会社性悪説/二重に贅沢な「上乗せ基準」/ぎゅうぎゅう詰め批判/社会福祉法人の内部留保問題/国家戦略特区
第四章 小池流改革の舞台裏
近隣からのただ乗り問題/23区の保育料ディスカウント/既得権者vs.行政/二階から目薬/実行プロセスこそが重要/都議選勝利が当面の目標/良く効く、早く効く/供給量拡大が突破口/最大の武器は「しがらみのなさ」/半年で出た改革の成果/待機児童対策だけの補正予算/無認可保育園の差額補助/予算の目玉を作る
第五章 総力戦!
退路を断つ/数値目標の重要性/PDCAサイクルを回す/国家戦略特区の活用/都市公園内に保育園/2歳までの育休延長/インパクトのある当初予算を/保育士賃金を大幅アップ/用地の固定資産税はゼロに/幼稚園の預かり保育拡充/企業主導型保育のフル活用/「自治体の認可権」が阻む新設/届出制というブレーク・スルー
第六章 トップダウンとボトムアップ
顧問団はブラックボックス?/本来あるべき意思決定プロセス/現実の意思決定プロセス/都知事は単なる承認機関?/知事説明はたったの15分/歪みの象徴「復活予算」/権力基盤の整備/議会を活性化する/情報の非対称性をどう解消するか/「できない」の背景を見定める/顧問は潤滑油/頻繁に会って議論/職員を制約から解放する
第七章 打つ手はまだある
生産緑地の活用/都市公園のさらなる活用/小学校の活用/警察署、消防署の活用/年齢別定員の弾力化で空き定員を縮小/送迎保育ステーション+園バス/認可保育所は原則1歳から/保育士の有資格者割合の規制緩和/保育士養成校にも国家試験を
第八章 「待機児童ゼロ」のその先へ
待機児童の解消が最終ゴールではない/一番大事な価格自由化/イコール・フッティングの重要性/保育士不足も解決/施設補助から直接補助ヘ/直接補助は保育バウチャーで/ベビーホテルの質の底上げ/低所得者や社会的弱者への配慮/目指すべきモデルは東京都認証保育所/専業主婦や育休世帯にもバウチャーを/政治的ハードルは決して高くない
あとがき

書誌情報

読み仮名 ケイザイガクシャタイキジドウゼロニイドム
装幀 新潮社装幀室/装幀
発行形態 書籍、電子書籍
判型 四六判変型
頁数 256ページ
ISBN 978-4-10-351711-5
C-CODE 0095
ジャンル ノンフィクション
定価 1,650円
電子書籍 価格 1,650円
電子書籍 配信開始日 2018/03/30

書評

巨大組織を動かし、社会問題を解決する

三浦瑠麗

 保育改革の第一人者、鈴木亘さんの新著が出ました。実はこの本、ご夫妻の「保活」から始まっています。存じ上げなかったのですが、奥様も研究者とのこと。3人のお子さんを育て、不安定な任期付きの職を転々とし、引っ越しやアメリカでの在外研究などのたびに、保育園を求めて行脚する奮闘記がとにかくすごいのです。
 16年間にわたって保育園にお子さんを通わせ、公立や私立の認可保育所、東京都の認証保育所、一時保育、アメリカの保育園などを含め、多彩な保育園を経験されている鈴木夫妻ならではの知見もたくさん詰まっています。保活もして、6年間保育園に通わせていろいろ考えた身としては、膝を打つ箇所が多々あります。例えば、株式会社運営の保育園に対するいわれなき偏見だとか、「認可」の良いところと、東京都の制度である「認証」の良いところとか、うんうん、と頷けるところばかり。
 逆に、よく知らなかったこともあります。私自身が読んでいて面白かったところは、同じ私立でも、ノウハウが均されていてベスト・プラクティスを共有しやすい株式会社のチェーンの保育園と、多くが家族経営で、それぞれに個性も異なる社会福祉法人の保育園との違い。比較の視点を持って見るだけで、親にとっての保育園の使いやすさ、使いにくさが見えてきます。
 おそらく、人によって意見が分かれるのは、「お客様目線」と「保護者や園の連帯意識」のどちらがよいか、でしょうか。株式会社運営の場合、親は楽で、かつ行事に対する関わりもすべてお膳立てしてもらっていることが多いのですが、社会福祉法人の場合、気合を入れて保護者会が活動しているケースが多々みられることなど。
 あるいは、充実した教育のためにお金をどれだけ払いたいかという点も人によって意見が違うでしょう。鈴木さんは、アメリカの保育園を体験した感想から、いかに人々が「選べる」ことが大事かということを納得させてくれます。
 こうして、保活戦略についてひとしきり頷いたり感心したりしたところへ、待機児童がいなくならない理由がズバッと解説されます。一言で言うと、社会主義的な供給だからということ。こう言うとすぐに「市場原理主義者」のレッテルが貼られがちなのが日本社会ですが、実際に説明は非常にわかりやすく、すぐに納得のいくものとなっています。
 ではどのような改革が必要なのか。待機児童解消のための改革項目が洗い出されたところで、やるべきことは分かっているのになぜ改革が進まないのか、という本質に本書は切り込みます。利害関係者の反対運動など、著者の実体験に基づき、改革の現場がカラフルに描かれているのもリアルです。
 そして満を持して登場するのが、小池百合子都知事の顧問として働き始めてからの改革の全貌です。改革は項目を並べるだけでは成立しない。迂回策をあえて活用することもある。その意図も含めて改革プロセスを読んでいくと、どうやって物事を前に進めるかが学べます。待機児童の受け皿の増設目標を都の職員たちと議論しながら頑張らせ、増やすこと。すぐに受け皿を増やしつつも長期的に維持できる施設を作っていくこと。改革の足を引っ張る勢力と綱引きをしつつ、知事のトップダウンの意思決定過程を常態化させること。育休短縮を望まない場合でも、0歳児保育を希望せざるを得ないような保活の状況を変えること。区や市とうまく連携して都内で一斉に保育に関わる各基準を変更し、改革を実現すること。
 実際に、鈴木さんの活躍は八面六臂のすさまじいもの。しかも、政策自体は全体像の設計が大事でも、改革を実行する「人」がものを言う部分は随分とミクロな世界。リーダーが改革を進めたければ、まず誰を推進役に選ぶかということが肝心であることがよくわかりました。
 そして、私がいたく感動したのは、私の小さい頃の愛読書と鈴木さんのそれが同じだったこと。『モモちゃんとアカネちゃん』という松谷みよ子さんの童話シリーズです。当時の働くお母さんの、うれしさと悲しみが詰まったその本は、ちょうど鈴木さんや私のような世代を育ててくれた、親の世代のお話です。鈴木さんはなんで、働く母親のためにこんなに頑張ってくれるんだろう、と思っていた私。それは、当時の母たちの苦しさまで分かったうえでのことだったのだ、と感じ入ったのでした。

(みうら・るり 東京大学政策ビジョン研究センター講師)
波 2018年4月号より
単行本刊行時掲載

作家自作を語る

著者プロフィール

鈴木亘

スズキ・ワタル

東京都顧問/学習院大学経済学部教授。1970年生まれ。1994年上智大学経済学部卒業後、日本銀行を経て、2000年大阪大学大学院博士後期課程単位取得退学(2001年博士号取得)。大阪大社会経済研究所助手、日本経済研究センター研究員、大阪大助教授、東京学芸大学准教授等を経て、現職。『生活保護の経済分析』(共著、東京大学出版会、2008年/日経・経済図書文化賞)、『だまされないための年金・医療・介護入門』(東洋経済新報社、2009年/日経BP・BizTech図書賞、政策分析ネットワーク賞・奨励賞)、『経済学者 日本の最貧困地域に挑む あいりん改革3年8カ月の全記録』(同、2016年)、『健康政策の経済分析』(共著、東京大学出版会、2016年/日経・経済図書文化賞)など著書多数。

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