北朝鮮 核の資金源―「国連捜査」秘録―
1,870円(税込)
発売日:2017/12/22
- 書籍
- 電子書籍あり
度重なる制裁は抜け穴だらけだった――
北の非合法組織の全貌に迫る衝撃の告発。
厳しい国際包囲網の中、なぜ彼らは核兵器や米国にまで届くミサイルを開発できるのか。国連安保理の最前線で捜査にあたった著者が直面したのは、世界中に巣食う犯罪ネットワーク、それを駆使しての数々の非合法ビジネス、そして組織の中核で暗躍する日本人の存在だった――北朝鮮の急所を抉り出すスクープノンフィクション!
弾道ミサイルリスト
国連組織略図
北朝鮮の「核とミサイル」開発をめぐる主な出来事
書誌情報
読み仮名 | キタチョウセンカクノシキンゲンコクレンソウサヒロク |
---|---|
装幀 | Yonhap News Agency/カバー写真、Zeta Image/カバー写真、新潮社装幀室/装幀 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 464ページ |
ISBN | 978-4-10-351411-4 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | ノンフィクション |
定価 | 1,870円 |
電子書籍 価格 | 1,870円 |
電子書籍 配信開始日 | 2017/12/29 |
書評
北朝鮮制裁の「抜け穴」を暴く衝撃の告発
かつてこれほどまでにアメリカ国民が北朝鮮という極東の小国に、強い関心と恐怖を抱いたことはなかったのではないか。そもそもアメリカの対外的な関心のほとんどは、これまで中東に向けられていた。実際、1994年にクリントン政権が軍事行動の準備まで行い、カーター元大統領の電撃訪朝により収束した「朝鮮半島・核危機」の際も、国民の関心はこれほどではなかったように思う。いよいよ北朝鮮の開発した長距離弾道ミサイルがアメリカ本土に到達するかもしれない、という危機感は、日本人が想像する以上にアメリカを覆っている。
2017年夏、私が取材で訪れたサウスダコタ州では、広大な敷地に約900の核シェルターが建ち並び、販売されている。販売会社の社長によると現在問い合わせが殺到していて、売り上げは去年の10倍なのだそうだ。ワシントンDC近郊の街で30人以上の人に話を聞いてみたが、ほぼ全員が北朝鮮問題に高い関心を示し「恐怖を感じている」と話した。彼らが口々に憤るのは「なぜここまで北朝鮮を放置し、核・ミサイル開発を許してしまったのか」という点である。オバマ政権では、北朝鮮の挑発に対して「報酬を与える」のではなく、国連による制裁を強化するという「戦略的忍耐」の姿勢を取り続けた。では「幾度となく強力な制裁を受けてきたにもかかわらず、なぜ北朝鮮は核兵器やアメリカにまで届く長距離弾道ミサイルを、開発することができたのか」――。私も含めて誰もが抱くこの疑問が、古川氏の本書によって氷解する。
2011年から16年まで、古川氏は国連安保理・北朝鮮制裁委員会直属の「専門家パネル」に所属し、国連による制裁を回避するような事案の捜査を行ってきた。専門家パネルの任務は、制裁の強化を通じて北朝鮮に核・ミサイル開発をさせないための国際的な環境を作り出すこと。いわば、各国が具体的にどのような対応をし、北朝鮮がどのように制裁を逃れているかを捜査して報告する立場ということになる。
驚いたのは、専門家パネルがこれほどまでに現場に足を運び、時に身の危険を感じるほどの捜査を行っているという事実である。実際、本書は古川氏が国連制裁決議違反事件の首謀者である北朝鮮の海運会社「オーシャン・マリタイム・マネジメント」とつながっている日本企業のオフィスに捜査をかける場面から始まる。さながらスパイ映画のようなドキドキ感だ。しかも、国連安保理決議で国連加盟国に専門家パネルによる捜査活動への協力を義務付けているにもかかわらず、各国政府はなかなか肝心な情報を提供しようとしない。自国の利益やメンツなど理由は様々だが、制裁を見逃すどころか正当化する国まである。時に古川氏は休暇をとり身銭を切って、自らの立場を秘匿してまで捜査をして真実に近づこうとする。
アジア、アフリカ、ヨーロッパ、中米と世界中に足を運び捜査をする古川氏が直面する制裁履行の実情。それは、各国の制裁に対する関心の低さや、経済的な利害から制裁逃れを助長するような行為ばかりでなく、北朝鮮と深いつながりを持たない国でさえ行われていない、制裁に向けた国内法の整備だ。例えば「安保理決議の完全履行を」と国連加盟国に呼びかけ、いまやアメリカと足並みをそろえて北朝鮮への圧力強化を唱道する日本である。古川氏によれば、日本もまた安保理決議を十分に理解していないが故に、国内法の整備が遅れて制裁を確実に履行できていないのだという。そうした各国の現状を横目に見ながら、北朝鮮は次々と制裁回避手段を講じ、世界中から市販品を買い集めて長距離弾道ミサイルを作り上げている。
金正男氏暗殺事件など、日本人もよく知るニュースと制裁違反企業の関連など、スリリングな捜査の描写にぐいぐいと引き込まれながらも、あまりにも問題解決にほど遠い「抜け穴」の実態に暗澹たる気持ちになる。制裁強化の裏側で何が起きているのかを記した本書は、制裁実施の障害になっていると報道される中国やロシアの存在に留まらない問題を明らかにし、本当にやるべきことを、日本はもとより世界に突き付けている。
(ながの・ともこ キャスター)
波 2018年1月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
北朝鮮は決して孤立などしていない
――古川さんは4年半の間、国連による北朝鮮への制裁の実態を最前線で捜査していました。だからこそ伺いたいことがあります。2006年以降何度も、さまざまな制裁措置を科されているのに、北朝鮮はなぜ強力な核兵器や全米を射程に収めるミサイルを開発できるのでしょうか。
古川 一言で答えるなら、思いもよらないやり方で制裁の網の目をかいくぐり、世界中から金や最新技術をかき集めているからです。しかし、それらは単独ではなしえない。ほとんどの場合、海外に協力者がいます。
――思いもよらないやり方とは?
古川 たとえば、ミサイルや兵器の完成品を輸出するのではなく、部品と工作機械と技術者を輸出して現地で組み立てるといった手口です。部品は大量生産されている安価な市販品ですから、用途を偽れば貨物検査当局も見抜けません。
北朝鮮が打ち上げた「ロケット」という名の弾道ミサイルでは、2000円程度でネットで購入できる中国製のCCDカメラも使われていました。ローテクでアメリカまで届くミサイルを飛ばす技術力は決して侮れません。
ペーパーカンパニーを積み重ねて本体を隠す手口も良く使われますね。社名の語順を入れ替えてみたり、一文字増やしたり、一部違う単語を使ったり、それでいて英語名は同じ会社であることを印象づけるようなものだったり……つまり、名称を微妙に変えることで制裁対象企業とは別の法人格を装いながら“ビジネス”の継続性を担保しているのです。登記していない非正規の企業も少なくありませんから、実体や関連性をつかむのは容易ではありません。
――本の目次の直後に、詳細な「事件マップ」があります。北朝鮮が世界中に活動拠点を築き、非合法なネットワークを使って、戦闘機やミサイルまでも堂々と密輸していることに驚きました。
古川 パナマ政府が「アルマゲドン作戦」で摘発した事件ですね。キューバから北朝鮮へ向かう貨物船を検査したところ、船底に20万個の砂糖袋が詰めこまれていた。それを何日もかけて取り除いたら、重みでひしゃげたコンテナの中から分解された戦闘機やミサイルなどが見つかりました。両国は「北朝鮮で修理した後、キューバへ戻す予定だった」「兵器の所有権はキューバ政府が有しているから、北朝鮮への兵器の移転を禁じた国連の制裁には違反しない」と口裏を合わせましたが、北朝鮮による兵器のメンテナンス(maintenance)も禁止されています。するとキューバ政府は、北朝鮮に依頼した修理(repair)はメンテナンスとは異なるので、禁止された行為にはあたらないと言い出しました。中国やロシアに守られたこともあり、キューバはお咎めなしです。個人的には、エレベーターをメンテナンスしても修理しないような面倒くさい国には住みたくありませんね。
――制裁逃れを見過ごすどころか、擁護する国があると。
古川 看過や擁護の背景には必ず思惑があります。それは、利権だったり、メンツだったり、政治的動機だったりするのですが、彼らの“協力”が、北朝鮮の核兵器や弾道ミサイルの開発を可能にしているのです。
――いかに国連が制裁を決議しても、それを実行する加盟国がいい加減では実効性は期待できませんね。しかし、制裁強化だけで問題の根本が解決するわけでもないのでは?
古川 そのとおりです。制裁による「圧力」は、それ自体が目的なのではなく、相手に「理がない」とさとらせ、外交的な交渉の席につかせて問題を解決するためのものです。交渉のための時間を稼ぐという意味でも、圧力と交渉は両輪であり、どちらが欠けても問題の解決はうまくいきません。
ところが、非常に残念なことに、中ロをはじめ、あまりに多くの国々が自分本位の理由を口実に制裁の履行を怠ってきました。その結果、北朝鮮の挑発に歯止めが利かなくなってしまい、制裁が実効性を欠いたまま強化される事態を招いています。それはいわば「見せかけ」の制裁であり、「最大限の圧力」を掲げる日本も例外ではありません。
私は本書を、単独での内偵シーンから書き始めました。場所は新橋の駅前ビル。永田町や霞が関の目と鼻の先に、北朝鮮の非合法ビジネスを差配するエージェントが堂々とオフィスを構えていたのです。東京のど真ん中にぽっかりとあいた抜け穴は、あまりに象徴的でした。
なぜ武力紛争が懸念されるまで事態が進行してしまったのかを、本書を通じて多くの人に知ってほしいと願っています。
(ふるかわ・かつひさ 国連安保理 北朝鮮制裁委員会 専門家パネル元委員)
波 2018年1月号より
単行本刊行時掲載
作家自作を語る
パワーポリティクスの最前線にて
イベント/書店情報
著者プロフィール
古川勝久
フルカワ・カツヒサ
国連安全保障理事会・北朝鮮制裁委員会(1718委員会)専門家パネル元委員(2011.10-2016.4)。1966年シンガポール生まれ。1990年慶應義塾大学経済学部卒業。日本鋼管株式会社勤務後、1993年より平成維新の会事務局スタッフとして勤務。1998年米国ハーバード大学ケネデイ政治行政大学院(国際関係論・安全保障政策)にて修士号取得、1998-1999年米国アメリカンエンタープライズ研究所アジア研究部勤務。1999年読売論壇新人賞優秀賞受賞。2000年より米国外交問題評議会アジア安全保障部研究員、2001年よりモントレー国際問題研究所研究員を経て2004年から2011年まで科学技術振興機構社会技術研究開発センター主任研究員。『北朝鮮 核の資金源―「国連捜査」秘録―』が初めての単著となる。