バブル―日本迷走の原点―
1,870円(税込)
発売日:2016/11/18
- 書籍
あれは「第二の敗戦」だった——
バブルの最深部を知る記者が放つ警世の書。
奇跡の復興と高度成長を成し遂げた日本だが、70年代以降、世界経済の仕組みは急速に変化する。グローバル化・金融自由化が進む世界と、変われないままの日本。その亀裂はやがてバブルを生み出し、全てを飲み込んでいった——。日本が壊れていく様を最前線で取材した「伝説の記者」が当事者たちの肉声をもとに迫るバブルの真実。
2 乱舞する仕手株と兜町(シマ)の終焉
3 押し付けられたレーガノミクス
4 大蔵省がつぶした「野村モルガン信託構想」
5 頓挫した「たった一人」の金融改革
6 M&Aの歴史をつくった男
2 資産バブルを加速した「含み益」のカラクリ
3 「三菱重工CB事件」と山一証券の死
4 国民の心に火をつけたNTT株上場フィーバー
5 特金・ファントラを拡大した大蔵省の失政
6 企業の行動原理を変えた「財テク」
2 1兆円帝国を築いた慶応ボーイの空虚な信用創造
3 「買い占め屋」が暴いたエリートのいかがわしさ
4 トヨタvs.ピケンズが示した時代の転機
5 住友銀行の大罪はイトマン事件か小谷問題か
6 「株を凍らせた男」が予見した戦後日本の総決算
2 損失補填問題が示した大蔵省のダブルスタンダード
3 幻の公的資金投入
バブル関連年表
参考文献
書誌情報
読み仮名 | バブルニホンメイソウノゲンテン |
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発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 288ページ |
ISBN | 978-4-10-350521-1 |
C-CODE | 0095 |
ジャンル | ビジネス・経済 |
定価 | 1,870円 |
書評
ようやく登場した「バブル論」の真打ち
少子高齢化時代に入りバブルの洗礼を受けたあと、日本の経済構造は一大変化を遂げ、「成長の時代」はとっくに終った。にも拘らず安倍政権は、低成長・低物価・低金利という従来とは別次元の経済システムの下で昔日の夢を追い駆けている。つまりアベノミクスは時代錯誤的な試行錯誤。金融政策にしても、第一の矢をつがえて以来、刀折れ矢尽きた感がある。私が「アベクロニズム」(アベ政権がクロダ日銀に命じたアナクロニズム)と呼ぶゆえんである。それは日本経済のパラダイム転換の原点の一つ〈バブル〉の探求が不十分だったからである。
バブル経済については、例えば『バブルと金融政策』(香西泰、白川方明、翁邦雄編、日本経済新聞社)などの学問的研究から『検証 バブル失政』(軽部謙介、岩波書店)などのノンフィクションまで、多くの書物が刊行された。しかし、あのバブルの時代に発生した異常な事件一つ一つを具体的に考察し、その意味を問い教訓を導き出した作品は少かった。
――と、前置きが長くなったが、以上は「お待たせしました」という前口上。ここに登場した真打ちともいうべき総括的な調査報道が本書『バブル―日本迷走の原点―』である。これはヒトとカネを狂奔させた日本の世紀末的混乱の事件簿。それを歴史的に総括検証した警世の書、でもある。
あのバブル期におけるカネを巡る不祥事件のドキュメントを「面白い」と表現するのは不謹慎かもしれないが、バルザック的に言えば人間欲望の悲喜劇ドラマの原因は、もっぱら株と土地を投機対象としたマネーゲーム。当時、それら資産価格は下落することなく高騰するばかり、それがある日、奈落の底へ急転降下していったのである。マネーに狂奔したのは有象無象の投機家、それをマーケットで仲介した証券会社、そして投機資金を斡旋し、自らも投資したお堅い筈の銀行……。
本書には一つ一つの事件簿に誰もが知っている具体的な人物名が次から次へと登場する。お縄を頂戴した人々、自裁した人々。もちろん、リクルート、秀和、イトマン、ダイエー、三菱商事、三井物産、野村、山一、興銀、長銀……といった企業名も。
この本は表題の「日本迷走」の流れを、時系列的にバブルの発生から終焉にいたるまで、第1章=胎動、第2章=膨張、第3章=狂乱、第4章=清算――という起承転結の形に整然と叙述している。そしてマクロ的なバブル経済全体の状況を鳥瞰的にとらえながら、一つ一つの具体的な事象を虫の目でとらえ考察する。
そうした物の見方や描写方法が可能だったのは、著者・永野健二氏がバブル真只中の1980年代後半に日本経済新聞社の証券部に所属、しかも兜町記者クラブ・キャップとして乱高下するマーケットの現場で取材の陣頭指揮をした――という立場に恵まれていたからであろう。鋭い問題意識と見識で調査・分析できたのも然りだが、取材対象人物への喰い込み方も凄い。
かく言う私もその頃、時事通信社の金融担当編集委員としてバブル経済を取材した一人、つまり永野氏とご同業。折りに触れては顔を合わせ情報交換したものだ(そういえば、各界の錚々たる顔ぶれの、ある勉強会には、永野氏のほか最近のベストセラー『住友銀行秘史』の著者、住友銀行のMOF担〈当時〉、國重惇史氏もいたっけ。私たちが交わした会話には特ダネ的なマル秘情報が飛び交っていた……)。
永野氏はその後、日経ビジネス編集長、日本経済新聞の編集局次長、執行役員、名古屋や大阪代表を経て系列のBSジャパンの代表取締役社長……へと日経の出世コースを歩んだ。仄聞すると日経という会社は経済部畑が主流(永野氏は証券部畑)で、社長は経済部出身が定番とか。私個人は取材力や人物から永野氏を“社長の器”の一人、と睨んでいたが。
話の流れが永野氏の人物月旦に移ったのは「あとがき」に出てくる“父と子の物語”に出会ったからである。実は永野氏の父君は三菱マテリアル会長を経て日経連(現日本経団連)会長をつとめた財界人、永野健氏で、私も取材したことがある。健二氏は、京大時代の学生運動以来、父君とは“相克の歴史”と自嘲していたが、「あとがき」のバブル時代におけるあるエピソードから、矢張り親子と感じ入った。本書は日本経済の“オンリー・イエスタデイ”ともいうべき国家論でもあるが、若者の自分史でもあったのだ。
(ふじわら・さくや 元日本銀行副総裁)
波 2016年12月号より
単行本刊行時掲載
インタビュー/対談/エッセイ
バブルは第二の敗戦だった
――1980年代後半のバブルの時代から30年近くが経ちました。なぜ今バブルなのでしょうか。
現在はデフレの時代といわれますが、妙に80年代に似た空気を感じます。アベノミクスと呼ばれるデフレ脱却政策の先行きに大きな不安を覚えているせいかもしれません。記者として長い間、市場経済を見てきた経験から言えるのは、「市場はコントロールできない」ということ。しかし現政権はそれをできると考えているようです。80年代のバブルの時代を考えることは、こうした間違いを正して、時代に謙虚に向かい合うために必要なことだと思います。
――本書はいわゆる「バブルの時代」だけでなく、少し前の時代から取り上げています。なぜでしょうか?
バブルは、ある日突然起きるわけではありません。そこにいたる理由が必ずあります。私は80年代後半のバブルは日本の戦後システムの総決算であり、第二の敗戦だったと考えています。71年の金本位制の終焉と、73年の変動相場制への移行と第一次オイルショックは、世界経済の転機でした。戦後の日本を支えてきた日本独自の資本主義、私の言葉でいえば「渋沢(栄一)資本主義」は、この時に変わらなければいけなかった。しかし変われなかった。それが80年代のバブル増殖の原因です。
――バブルの崩壊についてはこれまで多くの本が書かれてきましたが、バブルの増殖・形成の過程についてはあまり触れられてこなかった気がします。
バブルの崩壊は、負の側面がはっきりと見えるので、誰にでもわかりやすい。しかしほんとうに大切なのは、バブルの増殖・形成の過程で何が起こったか、です。バブルの増殖を支えたのは、地価は上がり続けるという「土地神話」であり、銀行は潰れないという「銀行の不倒神話」です。その根本にあったのが護送船団行政でした。官僚と銀行が一体となった金融システムこそが、バブルの増殖を支えるプラットホームになっていたのです。冷静に考えれば持続不可能なバブル増殖の仕組みに、いつのまにか日本のエリートたちが巻き込まれていました。金融機関や企業、官僚の行動原理が変わり、最後には人々の価値観までが変わった。まさしく日本が壊れたのです。「バブル崩壊」だけが悪者で、「バブル自体は良かった」というのは間違いです。
――本書で一番書きたかったことは。
「株屋と不動産屋の行動がバブルの原因だ」と考えている人が今も政権の中枢に生き残っています。この認識は単に間違っているというだけではなく、バブルの傷を深くした原因でもあります。証券会社や不動産会社に罪がないとは思いませんが、より根本的な原因は、官民が一体となった日本の金融システムそのものにあったのです。この本で一番書きたかったのは、このことです。もう一つの思いは、バブルの時代に生きた人々の物語を描きたかったということです。資本主義は「成り上がり」を許容する仕組みです。挑戦者たちの時としていかがわしいような挑戦を認めなければ成り立ちません。あの時代に成り上がろうともがき、敗れていった人々がいます。しかし敗れていった人々の中にも真実があり、実現しなかったプロジェクトの中に現代への教訓もあるのです。この本は、私と同じ時代を生きた人々への鎮魂歌でもあります。
――当時の日本と今の日本を比べて感じることは。
いまやバブルを全く知らない世代が、日本を動かし始めています。未来に明るさを感じたことのない世代です。これがバブルの時代との大きな違いではないでしょうか。トランプ次期米大統領の登場に象徴されるように、グローバル化する世界のなかで、内向きの国や人々が多くなっています。それでもグローバル化に歯止めはかかりません。資源のない日本にとってはなおさらです。ちなみにこの本で取り上げた秀和の小林茂やイ・アイ・イの高橋治則は、トランプと同じ時代に登場した、彼と瓜二つともいえる個性です。トランプは度重なる経営危機を乗り越え、米国大統領の座にたどりついた。一方で、小林や高橋は歴史の彼方に忘れ去られている。彼我の差を感じないわけにはいきません。
――どんな人に読んでほしいですか。
バブルを知らない若い世代に、バブルの時代を知ってほしい。この本は歴史の本であり、同時に現代につながるニュースの本だと思っています。内向きに幸せを追求するだけでは、個人も国も結局は生き残れない時代がやってくるということを、歴史に学んで欲しいと思っています。
(ながの・けんじ ジャーナリスト)
波 2016年12月号より
単行本刊行時掲載
どういう本?
●今も残るバブル史の闇「潰された野村モルガン信託会社設立構想」
バブル前夜の1983年、モルガン銀行と野村証券による「信託会社」の設立構想があった。もしこの構想が実現すれば、日本の信託行政、金融行政の転機になるはずだった。信託銀行が開発し、バブルの主因となった特製金銭信託やファンドトラストという財テク商品の意味づけも変わっていたかもしれない。しかし、金融の秩序を守ろうとする大蔵省によって、この構想は徹底的に潰されるのである。
●今も残るバブル史の闇「山一証券の生死を分けた三菱重工CB事件」
値上がりが確実な三菱重工の転換社債(CB)が総会屋に配分され、政官界にも渡っていたとされる三菱重工CB事件。のちのリクルート事件と相似形のこの事件はなぜ立件されなかったのか? 総会屋への配布リストを漏らしたとされる山一証券の副社長・成田芳穂は自殺に追い込まれ、成田という拮抗力を失った山一証券は違法性の高い営業特金にのめりこみ、破産への道を進むことになる。
●今も残るバブル史の闇「光進、秀和が暴いたエリートの闇」
バブルの時代には、バブル紳士と呼ばれる成り上がり者たちが、土地の値上がり益を武器に、株式市場でも暴れまわった。光進の小谷光浩や秀和の小林茂などである。しかしバブルの時代の咎は彼らだけにあったのだろうか。小谷光浩は「私の心のふるさとは住友銀行だ」と語った。実は彼らを支えたのは土地を担保にした銀行の融資だったのである。
●今も残るバブル史の闇「興銀の息の根を止めた尾上縫事件」
バブルの末期、関西で「謎の相場師」が話題を呼んでいた。大阪ミナミの料亭経営者であるその相場師は、個人で数千億円という資金を借り入れ、株式投資に振り向けていた。その借り入れの担保となっていたのは、興銀が発行する割引金融債「ワリコー」だった。興銀はなぜ尾上縫に入れ込むようになったのか。これが名門銀行の末路だった。
著者プロフィール
永野健二
ナガノ・ケンジ
1949(昭和24)年生れ。京都大学経済学部卒業後、日本経済新聞社入社。証券部記者、兜クラブキャップ、編集委員としてバブル期の様々な経済事件を取材する。その後、日経ビジネス編集長、編集局産業部長、日経MJ編集長として会社と経営者の取材を続け、名古屋支社代表、大阪本社代表、BSジャパン社長などを歴任。単著に『バブル 日本迷走の原点』『経営者 日本経済生き残りをかけた闘い』、共著に『会社は誰のものか』『株は死んだか』『宴の悪魔 証券スキャンダルの深層』『官僚 軋む巨大権力』などがある。