五〇年酒場へ行こう
1,760円(税込)
発売日:2016/08/31
- 書籍
- 電子書籍あり
ああ、オジサンになって、よかった──。呑み歩きの達人と巡る東京老舗酒場紀行。
昼呑みの聖地で酒と鰻、祐天寺でもつ焼きとレモンサワー、荻窪の家族経営の店で鱈豆腐をつつき、多摩川土手でトマトサワーと焼きそば、蔦の絡まる新宿一軒家酒場では濃いレモンハイがうまい。五〇年以上続く老舗には至福の時間が流れます。「酒とつまみ」創刊編集長が案内する東京老舗酒場34軒。さあ、今夜も呑みに行こう!
東松山「大松屋」「とくのや」
サワー発祥の地・祐天寺「ばん」
荻窪「かみや」と井の頭公園の桜
府中競馬正門前駅「川崎屋」
厚木「酔笑苑」「千代乃」
武蔵小金井「大黒屋」「深山」
浦安「丸志げ」「秀寿司」
新橋「ジョン・ベッグ」
浅草「駒形どぜう」「四方酒店」「神谷バー」
京王多摩川「竹乃家」 稲田堤「たぬきや」
新宿「ボルガ」「イーグル」
根岸「鍵屋」「満寿多」
赤羽「まるます家」「小山酒造」
神田「佐原屋」「帆掛鮨」「なか川」
北千住「千住の永見」「大はし」
立川「酒亭 玉河」「弁慶」
国立「HEATH」
深大寺「松葉茶屋」
仙川「きくや」柴崎「鳥清」
あとがきにかえて
書誌情報
読み仮名 | ゴジュウネンサカバヘイコウ |
---|---|
雑誌から生まれた本 | 新潮45から生まれた本 |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 208ページ |
ISBN | 978-4-10-350191-6 |
C-CODE | 0095 |
定価 | 1,760円 |
電子書籍 価格 | 1,408円 |
電子書籍 配信開始日 | 2017/02/10 |
書評
心を豊かにさせる共通の匂い
昔ぼくはある雑誌で「百年食堂」という、その店の人気料理を味わい、話を聞く、という連載をやったことがある。百年間続いている食堂という切り口なので、必ずしもとりわけうまい店という訳ではない。近所の人々に支えられてその店の味をずっと継続してきたというところに大きな意味や価値があるのだ。
食堂とは違って酒場というのは酒飲みおとっつぁんにとっては、文字面を見ただけでもたまらないヨロコビや楽しさや、愛しさなどいろんな気分がないまぜになった黄金の安らぎの場だ。
この本の目次を開いて、ざっとその場所や店の名を見るだけで、胃も心もたまらない気分になる。酒場や居酒屋は酒飲み男にとっての聖地である。本書に出てくる酒飲み人は、その嗅覚、味覚がそうさせるのだろう、いかにも居心地のよさそうな店を見つけだし、極端に言えばその店でしか飲めないような酒や肴を目の前にし、常に何がしかの共感を漂わせる。
この著者の住居がぼくが昔住んでいた家の経路とかなり交叉しているようなので、実は知っている店がたくさんあって驚いた。もう十数年前に行かなくなってしまった店もあり、これを読んでぼくがのれんをくぐって入って行ったときの気配がそのままよみがえってくることだけでも楽しく、そしてやるせない感覚になった。
中央線沿線でそうしたよく知る店がたくさんあった。だからこれらを読んでいると自分が酒を飲みだした若い頃から今日までの記憶が地層のように積み重なり、そのとき一緒に飲んでいた酒仲間など、とうに忘れてしまった人なども急に思い出してきて、少々泣ける。それは大竹聡さんが単に目的の店だけの話をするのではなく、その酒場のある町の背景やその店の成り立ち、やってくるのんべえ客たちの人間模様も巧みにうねりながら書き綴り、それらがとても生き生きと表現されているからだろう。特に知っている店などはそれと同時に居酒屋特有の、まあたいてい庶民的なテーブルやカウンターや厨房などのたたずまいまでが匂いを伴ってふいに大きく膨らんでくる。
本書は構成上の必要もあってか、かなり幅広く様々な店を探訪し、そういう諸々を生き生きと描いている。客だけでなくその店を経営しているおやじさんやおかみさんなどの会話も実に人間的な表現やとらえ方をしていて心地よい。そのへんも本書を酒の香りで満たし安心させてくれるみなもとになっているのだろう。
新宿のボルガやイーグルが出ていてびっくりした。イーグルは居酒屋とは違う高級バーの部類に入るが、全体を読んでいるとさして違和感がないのは、客とお店の人との人間的な会話がそうさせているのだろう。ボルガではまだみんなで合唱などしているのだろうかと興味深く読んだが、近頃とんと行かなくなってしまった。そういう店がこの本の中にいくつもあり、武蔵小金井や浦安、浅草の店などはどうしていかなくなってしまったのだろうかと、何か大変大きな忘れ物をしてきてしまったような気分にさせてくれた。
この本でとにかく全般に感じることは、今日は居酒屋に行こうと思った時から、酒のみの男はとにかく心が浮き立つ――ということだ。日の暮れるのが待ち遠しくなる。ぼくは一人で飲むということはあまりしないので、たいてい数人の酒飲み仲間と店で待ち合わせるが、果たしてあいつはもう来ているだろうか、ぼくが一番だろうか、などとどうでもいいことを心配しながらのれんをくぐり、引き戸を開ける。そこからさきはどの店であっても至福の時間だ。酒場には必ず会話がある。仲間同士はもちろん、なじみの店であればお店の人や他の客との、翌日にはもう何を話したか忘れてしまうような話ではあるけれど、そうした会話の幾筋かが流れる。本書は酒の酔いを心地よく濃厚にさせる心のヨロコビに満ちた貴重な一冊である。
(しいな・まこと 作家)
波 2016年9月号より
あとがきにかえて
五〇年酒場で、もっと飲みたい
五年ほど前のことになります。四〇代もそろそろ終わりにさしかかっていた私は、ある夕方、東京西郊のもつ焼き屋さんのカウンターにおりました。
その店の、おろしニンニクをのせたタン塩が好きで、ときどき、ふらりと寄っていた。たいがい一人だから、誰と話すこともない。五時の開店と同時に入って、大相撲の場所中であれば、結びの一番までの小一時間、テレビ中継を見ながら飲む。六時のニュースが始まるころには、串の四、五本と生ビールの二杯くらいがなくなっている。
さて、ホッピーにしよう。マグロブツか玉子焼きか、ポテトサラダか? そのときの気分で追加をしながら、ホッピー一本分くらいの時間を過ごそうと思っている。
そんなとき、一人客と店の人との会話が、自然に耳に入ってくるものです。
ご主人と、奥さんと、おそらく息子さんで切りまわしている古い店だ。他に学生さんのバイトが一人いるだけ。コの字のカウンターに並ぶ常連と思われる人たちの多くは、私より先輩である。
「開店は昭和三八年ですよ」
どんな話の流れか忘れたが、奥さんがお客さんの一人にそう言った。
私の生まれ年だ。この店、もうすぐ五〇年になるんだな……。ご主人と女将さんはオレの両親みたいなものなんだねえ……。
ホッピーをぐびりと飲みながら、五〇年という年月に、思いを致したわけです。
私の飲兵衛歴なんてものはせいぜい三〇余年。しかもダラダラ飲んできただけだ。
それと対照的に、酒場を営む五〇年というのは実に長くて中身が濃い。途中から息子さんが一緒とはいえ、ご夫婦の一代で五〇年がんばってきたと思うと、まずは敬服する。それから羨ましいような気分になる。最後には、余計なお世話というものですがお客さんたちが長く通った理由を知りたくなった。
それが、五〇年以上つづく酒場を歩いてみたいと思ったきっかけです。
埼玉県は東松山から歩きはじめたのが二〇一三年の秋。当初は『新潮45』で、途中から『波』で連載していただき、二〇一六年一月の深大寺・仙川編の取材まで、一六回の老舗巡りをしてまいりました。
酒場歴が五〇年ではきかないお店にもお邪魔をし、二代、三代にわたって憩いの場を守る人たちの貴重なお話の数々を伺うことができました。
お店のご主人、女将さん、従業員のみなさん、そして、その場に集い、同じ空気を吸わせていただいたお客さん諸兄姉に厚く御礼申し上げます。
実はこの酒場巡りのきっかけとなったもつ焼き屋さんのことは、本書には書いていません。多摩川競艇で遊んだ後に寄る、もうすぐ五〇年の老舗のことも触れられなかった。
半世紀以上にわたって愛される酒場は全国にまだまだあることでしょう。私は、そういう酒場で飲む楽しみを、ただ単に味わいたい。そしてチャンスがあれば、「ちょっといいもんだよ」と、若い人たちに伝えたい。
なんてことを、今、思っています。
二〇一六年七月一八日 競艇で、ちょっとばかりやられた晩に
写真ギャラリー
祐天寺「ばん」
荻窪「かみや」
厚木「酔笑苑」
武蔵小金井「大黒屋」
浦安「丸志げ」
浅草「駒形どぜう」
浅草「神谷バー」
新宿「ボルガ」
新宿「イーグル」
私の週間食卓日記
古本バル「月よみ堂」で「中村伸郎」発見! 嬉しい
8月22日(月)
前夜は競馬帰りに地元、府中市中河原の行きつけの居酒屋「真仲(まんなか)」へ寄る。赤鶏モモ肉の半身のソテーが格別で、ビール2本、レモンサワー4杯。近くのバー「DAN」に流れ、ウイスキー6杯。
そのためヘビーな朝だが、飯はうまい。シラスおろし、納豆、野沢菜漬け、山葵(わさび)漬け、全部、少しずつで飯1杯。雑穀飯だが、穀類の名は家内に何度聞いても忘れる。小松菜と油揚げの味噌汁。水をたっぷり。胡麻麦茶(350ミリリットル)1本と小梅干し3つ。173センチ、75キロ、53歳の酒飲みは朝飯だけはよく喰う。
台風9号直撃。我が家の隣接地域にいきなり避難勧告が出て、我が家も急きょ避難準備。腹が減って、ざる蕎麦、ビール小缶。
21時。すき焼きの残り、削った本節をのせた冷奴1丁。ロング缶ビール2本。90ミリリットル入りシャリキン(キンミヤ焼酎)をベースに自家製シークヮーサーサワーを1杯。CC(カナディアンクラブ)ソーダ割り3杯。ベースの量はダブル。連載原稿8枚。就寝4時。
8月23日(火)
8時起床。水飲んで、さっそく原稿仕事。10時に飯。溶き卵とワカメのゴマ油炒め。シラスおろし、納豆。豚肉、エノキダケ、モヤシ、小松菜の味噌汁と雑穀飯1杯。胡麻麦茶。
昼からは取材と打ち合せ。夕刻からは酒が入る。神保町の「浅野屋」で、ビール小瓶1本。角玉(芋焼酎)水割り6杯。厚揚げ焼き半丁と鶏ナンコツ1本。新宿へ移動。「ふらて」で、シングル2杯分くらい残っていたボトルを飲み切り、新規にしてまた2杯。ベロベロ。帰宅は3時。
8月24日(水)
9時起床。水飲んで、原稿書き。
昼に、そうめん。玉子焼き3切れ。イカゲソ揚げ2本。胡麻麦茶。
原稿難航。20時。休憩。枝豆。粗挽きソーセージとアスパラの炒め物。鰯の煮付け2尾。山芋の千切りには本節を削ってたっぷりかけた。ビールはロング缶1本。食後、冷やしトマトでシャリキンサワー1杯。
仕事にもどり、夜半、さすがにくたびれた。雑穀飯をゴマ塩と自家製鮭の振りかけで、軽く1杯。寝酒はCCハイボール3杯。4時就寝。
8月25日(木)
9時起床。肉野菜炒め、アジの開きで白飯1杯。油揚げと大根の味噌汁。小梅干しひとつと胡麻麦茶。
17時、根岸の「鍵屋」。お通しの煮豆がうまい。鰻のくりから焼きがうまい。ビール中瓶1本と菊正宗を燗で2合半といったところ。
この日、見本が出たばかりの私の新刊『五〇年酒場へ行こう』を持って挨拶にきた。老舗を訪ね歩いた私の自信作だ。同行は掲載店のすべての取材に立ち合った新潮社のS女史。細かい気配りと姐御気質で支えてくれた。ありがたい。挨拶まわりの2軒目は神田の「なか川」へ。
ご主人が新作といって勧めてくださったのは、鶏とザーサイと葱のゴマ油炒め。おでん屋さんなのだが、こういう一見変哲もない一品や刺身や白身魚の一夜干しなども格別。ギネスから始まって、白鷹を冷やで。器は9勺(しゃく)くらい入ると以前に仰っていた。けっこうな量が入るのだが、これで3杯。私はもっぱらスジコの粕漬けをつまみに飲む。
とうとうおでんに手を出さないまま新宿へ移動。西口の「ボルガ」。取材時には3代目にお話を聞いたが、この日は2代目のご主人に挨拶ができた。濃いレモンサワー2杯。ここはオヤジが私に教えた店。新宿で最初に酒を飲んだ店である。
連載時にお世話になった新潮社KTさんが駆けつけて下さり、「風花」「猫目」「ふらて」と回る。ウイスキーは都合6~7杯か。帰宅3時。
8月26日(金)
10時起床。水飲んで原稿。正午、冷や汁を飯にかけて2杯。バカにうまい。17時に家を出る。昨日に続いて新刊と発刊記念トークイベントのチラシを手に、この日は、掲載店ではないが、好きな酒場を回る。
18時。西荻窪の古本バル「月よみ堂」。生ビール、亀齢(きれい)と緑川という、うまい酒を1杯ずつ。金沢のホタルイカの干したのが、酒に合った。中村伸郎著『永くもがなの酒びたり』を発見。いい本を見つけて嬉しい。
西荻2軒目は「串の家 ちょろ」。ここはホッピーが濃いよ。2杯目の焼酎は、ジョッキの縁の下2センチくらいまで注いであった。
案内行脚の3軒目は吉祥寺のバー「WOODY」だ。ここで何杯飲んだか、実は記憶が定かでない。連日の飲みが蓄積していて、たいして進まなかった気がする。ウイスキー3杯としておく。中河原へ移動。「DAN」へ。ここでも、スコッチとバーボン織り交ぜて3杯ほど。帰宅は3時半。
8月27日(土)
寝坊して、水だけ飲んで正午からの取材先へ。ここも酒場だ。ドジョウの柳川で大瓶ビール。前夜の酔いがつながるのか、しばらくすると調子が出てきて、結局夕刻まで飲み、その後、前夜寄れなかった中河原「真仲」へ新刊とチラシを手に入店。
レモンサワーを5杯。最後は「DAN」。スコッチとバーボンを2杯ずつ、計4杯。途中、ジョッキの縁の下1センチのところまでキンミヤの入ったジャスミンハイも1杯。なんだこのふざけた酒は……。さすがに、きついぜ。帰宅3時。
8月28日(日)
正午起床。ラーメンとチャーハン。週刊誌連載1本がやっと。夕刻から豚肉とシメジの炒め物、山芋千切り、冷奴で黒ビール。その後はシャリキンサワー3杯。CCソーダ1杯。今週は飲みが深かったから、全般的に喰う量が少ない。試みに体重計に乗ってみると、体重は72キロに。ダイエットなんて、簡単だ。
イベント/書店情報
著者プロフィール
大竹聡
オオタケ・サトシ
1963年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社、広告代理店、編集プロダクションなどを経てフリーライターに。2002年仲間と共にミニコミ誌『酒とつまみ』を創刊。著書に『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』『酒呑まれ』(いずれもちくま文庫)、『今夜もイエーイ』『下町酒場ぶらりぶらり』(いずれも本の雑誌社)、『ぶらり昼酒・散歩酒』(光文社文庫)、『ぜんぜん酔ってません』『まだまだ酔ってません』『それでも酔ってません』小説『レモンサワー』(いずれも双葉文庫)などがある。