手のひらの京
1,540円(税込)
発売日:2016/09/30
- 書籍
なんて小さな都だろう。私はここが好きだけど、いつか旅立つときが来る——。
インタビュー/対談/エッセイ
こういう小説をずっと書きたかった
――『手のひらの京』は京都に暮らす奥沢家の三姉妹を描いたひさしぶりの長篇となりますが、綿矢さんが生まれ育った京都を小説の舞台にされたのは、本作が初めてでしょうか。
京都を舞台に書きたいという気持ちはずっとあったんですけど、これまではそれに合うテーマが見つからなくて、書きたい内容が特に京都を舞台にする必要がなかったので書いていませんでした。今回、京都の季節と場所を紹介しながら、ひとの心の動きを書きたいと思って、初めてこれなら書ける、と思いました。三姉妹を主人公にしたのは、いろんな性格の女の子たちを京都を舞台に書きたかったからです。
――おっとりした長女・綾香、恋愛体質の次女・
綾香はなかなか好きな人がみつからなくて、三十歳をすぎてすこし焦りはじめていて、羽依は逆に、自分が本当は誰を好きなのかがわからなくなっていたり、三女の凜は自分の生まれ育った土地に愛着を持ちながらも、京都を出ていきたいという思いを内に秘めていたり、全員が悩みを持っているんだけど、それが京都ののんびりした空気に助けられて、すこしずつほどけていくのを書きたかったんですね。それぞれの悩みは、ひとりの女性が抱えていてもおかしくないものなんだけど、心理だけでなく京都の街そのものを書きたいという思いがあったので、三人にしたことでよりクリアに書けたように思います。
――みんな悩みながらも、どこかまっすぐ前を向いていて、軽やかなところがあるのが印象的でした。
京都は平和でのんびりしているんだけど、同時にいろんなものを抱えた土地でもあって、その両面がありながら、やっぱり守られている感じがすごくあるから、三姉妹にはそのなかでのんきに悩んでほしいな、という思いがありました。
――その“守られている感じ”というのはどこからくるのでしょうか。
四方を山に囲まれて視界が塞がれているのもあると思うんですけど、平安京の都づくりがそうだったからか、街自体が完結したひとつの小さな国みたいになっているところがあるんですよね。だからすごく守られている感じがあるし、逆に出て行きづらくもある。
京都の街には不思議な引力があって、実際に離れてみるとこうして小説に書きたくなったり、疲れると帰りたくなるのに、いざ住むと一生動けないかもしれないという、街に取り込まれてしまうような感覚があるんです。私も大学で東京に来て、また京都に戻ったり、行ったり来たりしている間に、京都の独特な力を体感しました。
東京は建物や空気感、人の流れがめまぐるしく変わっていく印象があって、それに比べると京都は時が止まったようになっているから、異世界のようで、観光地として盛りあがっている理由もそういうところにあるのかもしれませんね。
――三女の凜のように、京都を出たいという思いは、かつての綿矢さんにもあったのでしょうか。
そうですね。私の場合は、凜ほど純粋な思いではなく、都会への興味みたいなもうすこしミーハーな気持ちもあったんですけど、京都を出て、違う世界を見たい、という思いがあったのは一緒です。京都に住みながら、旅行などで違う世界を見るのではわからないものがあるだろうな、と思っていました。
――ここが書けてよかったと思うところはありましたか。
夜の嵐山の場面は、書けてよかったと思うところのひとつです。昼の嵐山はとても有名ですけれど、日が暮れたあとはまた違う顔を見せるので。夜の京都も、またいいんですよね。こうやって京都を書くことができて、書き終わったあと、今回は入れられなかったけれど、京都のふとしたいいところはまだまだあるな、と思いました。商店街だったり、おばあちゃんがひとりでやっているような和菓子屋さんだったり。もっと書いていきたいな、と思いました。
――家族という存在をこうして書かれたのも初めてのことでしょうか?
これまでの東京や関東圏をイメージした小説は、ひとりの女の人が中心になって動くことが多かったんですが、京都は私にとって家族で暮らしていた場所だから、自然と記憶が呼び起こされて家族ものになったような気もします。
以前は、ひとり、もしくはふたりの男女を軸に、起承転結のようなひとつの流れをぎゅっと絞りながら、一気に書き上げるような感じだったんですけど、今回は時間をかけて、ゆったりと書き進めることができて、しかもどの瞬間もすごく楽しくて、書いていてこれまでとは違う充実感がありました。
いままでは、一瞬に宿る永遠みたいなものをテーマに書いてきましたが、同じようにみえて違うところにも時間が流れていることに気づいたというか。三人それぞれに、いろんなことがランダムに起こっていく、よりゆるやかで大きな流れ、ゆったりしているけれど確実に動いている、限りある時間のようなものを書くことができて、こういう小説をずっと書きたかったので、私にとって特別な作品になりました。
(わたや・りさ 作家)
波 2016年10月号より
単行本刊行時掲載
関連コンテンツ
どういう本?
タイトロジー(タイトルを読む)
「手のひらの京」という、まわりを山に囲まれて、ちょうど手のひらのをお椀状にしたような京都の地形を思い起こさせるタイトルとなっています。作中でそれが語られる場面がすばらしいので、ここでは小声で言っておきます。
メイキング
京都に生まれ育った綿矢さんは、いつか京都を舞台に小説を書けたら、という思いをずっとあたためていたそうです。デビュー15周年にして、それがようやくかないました。
装幀
装画は、山本由実さんに描きおろしていただきました。たくさんの植物が自然がゆたかな京都の雰囲気をどことなく感じさせ、そのなかにうかびあがる三姉妹の姿が、この作品にぴったりですよね。
反響
京都の情景が読んでいてそのまま目に浮かぶよう、という声や、それぞれの世代の悩みや迷い、よろこびがとてもリアルで、共感しましたというご感想、さらには、三姉妹のそれぞれを、わたしは誰推しです、と言ってくださったり、ぜひ、続編やスピンオフが読みたいです、とのリクエストもたくさん届いています。あと、映像化も楽しみです、と言ってくださる方も多いので、もしどこかで実現したら、とも(あくまで希望です)。
谷崎潤一郎『細雪』
京都を舞台にした三姉妹の物語で、まるで現代版『細雪』のようだと言われることも多い本作。実際に、綿矢さんはこの小説を書く1-2年ほど前に『細雪』を改めて読んで、いいなあ、と思われたとか。また同じ頃、川端康成の『古都』も読んで、こんなふうに京都を描けたら、と思われたとも。そうしたなかで、『手のひらの京』が生まれたんですね。
著者プロフィール
綿矢りさ
ワタヤ・リサ
1984(昭和59)年京都府生れ。2001(平成13)年『インストール』で文藝賞受賞。早稲田大学在学中の2004年『蹴りたい背中』で芥川賞受賞。2012年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞、2020(令和2)年『生のみ生のままで』で島清恋愛文学賞受賞。『勝手にふるえてろ』『ひらいて』『私をくいとめて』『夢を与える』など映像化作品も多い。ほかの著書に『憤死』『大地のゲーム』『手のひらの京』『意識のリボン』『オーラの発表会』『あのころなにしてた?』『パッキパキ北京』などがある。