龍神の雨
1,760円(税込)
発売日:2009/05/22
- 書籍
降りしきる雨よ、願わくば、僕らの罪のすべてを洗い流してくれ――。
すべては雨のせいだった。雨がすべてを狂わせた。血のつながらない親と暮らす二組の兄弟は、それぞれに悩みを抱え、死の疑惑と戦っていた。些細な勘違いと思い込みが、新たな悪意を引き寄せ、二組の兄弟を交錯させる。両親の死の真実はどこに? すべての疑念と罪を呑み込んで、いま未曾有の台風が訪れる。慟哭と贖罪の最新長編。
(二)雨のせいで、彼は家族を殺す
(三)雨により、彼らの川は勢いを増す
(四)雨により、彼女の殺意は生まれた
(五)雨のなか、彼らは家を出る
(六)雨のなか、死体は移動する
(七)雨は龍に罪の証を届ける
(八)雨は彼らを失敗へと導く
(二)彼は龍の悪意と対峙する
(三)彼女を恨み、龍は生まれた
(四)彼女を求め、龍は動き出す
(五)誰が彼女を龍に変えたのか?
(二)龍の目的を彼は知らない
(三)彼は龍の正体に近づき
(四)彼女は牙にかかる
(二)龍は捕らわれる
(三)彼は男の顔を知り
(四)龍は鬼の顔を見る
(五)龍を捕らえたのは
(六)二つの首を持つ鬼で
(七)首の一つは策略を練り
(八)彼は鬼の城の在処を探り
(九)鬼は彼女との契約を交わし
(十)龍は鬼の城で無言の叫びを上げ
(十一)すべての流れは城の頂で一つになる
(二)龍神の雨
書誌情報
読み仮名 | リュウジンノアメ |
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雑誌から生まれた本 | 小説新潮から生まれた本 |
発行形態 | 書籍 |
判型 | 四六判 |
頁数 | 320ページ |
ISBN | 978-4-10-300333-5 |
C-CODE | 0093 |
ジャンル | ミステリー・サスペンス・ハードボイルド、文学賞受賞作家 |
定価 | 1,760円 |
書評
心の裏切りに対峙する子供たち
心は人を裏切る。
心は抱きたくもない不安を抱かせ、信じたくもない疑念を生み出し、いけないと分かっている欲求を溢れさせる。悲劇的な場合のそれは例えば、「人生が狂ってしまう」という不安、「あれは事故ではなく殺人なのではないか」という疑念、「この人を殺してしまいたい」という欲求。心の中でそんな黒い影が増大していったとき、幼い魂はどう対峙するのか。そしてその結果犯してしまった罪を、どう贖うというのか。
道尾秀介氏の新作『龍神の雨』には二組のきょうだいが登場する。酒屋で働く兄・蓮19歳と中学生の妹・楓。その近所に住む中学生の兄・辰也と、小学生の弟・圭介。蓮と楓の母親は7か月半前に事故で亡くなり、再婚相手だった男は彼らに暴力を振った挙句、仕事もせず自室に籠もっている。辰也と圭介も母親を事故で喪い、父親は再婚後に病死。現在は継母と暮らしているが、兄は彼女からの愛情を拒絶している。
継父を殺したいと思う蓮。
そんな兄に不安を覚える楓。
母親を殺したのは継母だと疑う辰也。
母親を殺したのは自分だと責める圭介。
台風が彼らの町に雨を降らせ続けた9月の数日間、彼らのごく身近な場所で、とてつもない悲劇が起きてしまう。4人の視点を変えながら語られていく本書は、事件前、そして事件後に、それぞれの心が作用を及ぼしあい、さらに事態が複雑になっていく様子が緊迫感を持って描かれていく。
ご本人が意識しているかは分からないが、道尾作品は家族、とりわけ子供が描かれることが多い。若すぎる彼らは、負けることも、逃げることも、諦めることも知らない。そして、自分の心をコントロールする術すらも。その息苦しさを、かつて幼かった私たち読み手は、切実に分かってしまう。何よりも、彼らが抱く不安や憎しみは、誰かを大切に思うから、誰かを守りたいと思うから生まれてきたものである。そのひたむきな心を知った私たちは、彼らを仮借なく咎めることができなくなってしまう。
救いがあってほしい。祈るような気持ちで読む。事件の後の蓮の言葉に、ふと嫌な予感に襲われる。
〈自分たちはいま、どの状態なのだろう。まだworseで、この先さらに悪い事態が待ち受けているのだろうか。〉
どうか、worseがworstになりませんように。どうか、彼らの心が晴れますように。そしてたどり着いた第3章の最後で、思わず声を漏らしてしまった。「ああ」。
どす黒く染まった心を抱いてしまった者は、それにどう決着をつけるのだろうか。心が裏切ったといっても心の持ち主はやはり、彼ら自身なのだ。著者はその事実から目を逸らさない。自分の心が生み出してしまった禍々しい化け物に、少年たちを向き合わせる。それは残酷なことだろうか。決してそうではないだろう。この子供たちに愛情を抱いているからこそ、著者は彼らに、気づきの瞬間を与えているのだろう。それこそが、著者が考える救いの形なのかもしれない。蓮が、もう2度と会うこともないだろう辰也に最後に言った言葉は、あまりにも深く、重い。
タイトルはもちろん、各章の見出しや本文の中に繰り返し登場する「龍」について思う。それは外からやってくるものなのか、内から生まれ出るものなのか、心が見せる幻影なのか。善きものなのか、悪しきものなのか、それとも。
これほどまでに哀しくて、これほどまでに、絶望の底にいながらも心の呪縛を解いて一歩を踏み出す力というものを感じさせてくれる展開になるとは、予想もしていなかった。
道尾作品は人を裏切る。もちろん、いい意味で。
(たきい・あさよ フリーランスライター)
波 2009年6月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
道尾秀介
ミチオ・シュウスケ
2004(平成16)年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、デビュー。2007年『シャドウ』で本格ミステリ大賞、2009年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞、2010年『龍神の雨』で大藪春彦賞、『光媒の花』で山本周五郎賞、2011年『月と蟹』で直木賞を受賞。ほかの作品に、『向日葵の咲かない夏』『片眼の猿』『ノエル』『貘の檻』『透明カメレオン』『いけない』『N』『きこえる』、犯罪捜査ゲーム『DETECTIVE X』などがある。