幽霊たち
605円(税込)
発売日:1995/03/01
- 文庫
- 電子書籍あり
私立探偵ブルーは奇妙な依頼を受けた。変装した男ホワイトから、ブラックを見張るように、と。真向いの部屋から、ブルーは見張り続ける。だが、ブラックの日常に何の変化もない。彼は、ただ毎日何かを書き、読んでいるだけなのだ。ブルーは空想の世界に彷徨う。ブラックの正体やホワイトの目的を推理して。次第に、不安と焦燥と疑惑に駆られるブルー……。'80年代アメリカ文学の代表的作品!
書誌情報
読み仮名 | ユウレイタチ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 160ページ |
ISBN | 978-4-10-245101-4 |
C-CODE | 0197 |
整理番号 | オ-9-1 |
ジャンル | 文芸作品、評論・文学研究 |
定価 | 605円 |
電子書籍 価格 | 473円 |
電子書籍 配信開始日 | 2020/07/10 |
書評
RockとBookに首ったけ
小学校高学年の担任だった恩師O先生は、日曜日に自宅に僕らを招いて息子さんとスケボーで遊ばせたり(ナウい!)職員室でギターを爪弾いたり、学級文庫にこっそりつげ義春の漫画を並べたりするような、素敵な先生でした。ある時、先生に「サハシ、こんなの読んでみたら?」と勧められたのがO・ヘンリー『最後のひと葉』でした(当時は『最後の一葉』だったかも)。
ルパンやホームズなどの“定番”を除けば、これが“邦訳された洋書”の初体験でした。洋楽に夢中になっていた僕にとってまさにタイムリー! しかも病床にて生死を彷徨うアーティストのストーリー。それまで読んできた謎を解決するようなお話ではなく、かつて体験したことのない複雑な感慨を抱きました。
当時チャートを賑わしていた、ジェイムス・テイラーやキャロル・キングを代表とする、ディラン以降のシンガーソングライターたちの作品と同様の内省的な作風が心情にフィットしたのかもしれません。
学生時代を経て、現在のような音楽界の裏方のお仕事をさせていただくようになってからも、読書熱は冷めやらず。
そんなある日、友人に勧められて観た映画「ガープの世界」に衝撃を受け、すぐに書店で原作を手に入れ、久々に“邦訳された洋書”と対峙しました。「こりゃすごい!」と、そのままアーヴィングの作品を貪り読みすっかり大ファンに。堕胎を扱った『サイダーハウス・ルール』や『ホテル・ニューハンプシャー』然り、WeirdというかStrangeというか……決してまともとは言えない登場人物たちが、予測不可能なストーリーを繰り広げていく“アーヴィング節”には、いつもスリルとスピード感が溢れていて、スリーコードとグルーヴが信条の創成期のロックンロールが、その後知性をそなえて成長していく様と重ね合わせてみたりもします。チャック・ベリーあってのスティーリー・ダンみたいな。
1990年代後半のある日、佐野元春さんのHobo King Bandの一員として、日々ご一緒させていただいたときのこと。ツアーのリハーサル中、佐野さんが「じゃあ次は『ブルーの見解』っていう曲をやってみたいんだけど、まずは『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』というアルバムの音源を聴いてみてくれるかな?」と言われました。「一応当時使ってた譜面もあるけど、そういうタイプの曲じゃないんで、歌詞カードのテキストを見てもらった方がいいかな」。スタジオでプレイバックされたその曲は、ジェイムス・ブラウン・マナーのファンクグルーヴの上で、佐野さんがラップというか、ケルアック・マナーのポエトリー・リーディングをするというものでした。あまりにも衝撃的だったので、「佐野さん、この曲には元になったストーリーがあるんですか?」と質問したら、「サハシくん。ポール・オースター読んでみて。きっと気にいるから」と答えが返ってきて、すぐに書店でチェックしてみたところ、『幽霊たち』からインスパイアされたのだと気付きました。
この出来事を機に、ポール・オースターの全作品を読破することになり、かつての“翻訳書アレルギー”は、どっかに吹っ飛んでしまいました。オースターの作品は実際に体験したことを、日記を読み上げるような独白体で表現していますが、常にクールだし、虚無感のデパートのような救いのない読後感が、読者のM感をくすぐるのでしょう。初期のトム・ウェイツの作品やルー・リードの作品が持つ、ビートニックの新しいカタチと似た印象を受けました。アーヴィングの作品同様、小説とは思えないほど視覚的なので、一本の映画を観終わったかのような感覚を得られるのですね。二人とも映画界との関わりが多いのがうなずける気がします。
この三冊を選んでみて思ったことは、僕が心惹かれる本と音楽には、ポップでキッチュな色彩と強靭なグルーヴ感という共通項がある、ということ。ミュージシャンといえども、日々の暮らしをガラリと変えてくれるような出来事にはそうそう遭遇しませんが、こうして振り返ってみると、音楽や映画や小説との出会いが、僕の人生の節目節目でエナジーを与えてくれていることだけは確かなようです。
(さはし・よしゆき ギタリスト)
波 2021年7月号より
著者プロフィール
ポール・オースター
Auster,Paul
(1947-2024)1947年、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。コロンビア大学で英文学と比較文学を専攻。大学院中退後にフランスに渡る。詩、評論、翻訳等を手がけたあと、1985年から1986年にかけての「ニューヨーク三部作」(『ガラスの街』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』)で小説家として世界的に注目を集める。以後、現代アメリカ文学を代表する作家として活躍し、『孤独の発明』『ムーン・パレス』『偶然の音楽』『リヴァイアサン』『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』『幻影の書』『オラクル・ナイト』『ブルックリン・フォリーズ』『写字室の旅/闇の中の男』『冬の日誌/内面からの報告書』『インヴィジブル』『サンセット・パーク』など多数の著作が邦訳されている。2024年死去。
柴田元幸
シバタ・モトユキ
1954年、東京生まれ。米文学者・東京大学名誉教授。翻訳家。文芸誌「MONKEY」編集長。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞、『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞、トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞受賞。翻訳の業績により、早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。現代アメリカ文学を中心に訳書多数。