ひとり暮らし
693円(税込)
発売日:2010/01/28
- 文庫
結婚式よりも葬式のほうが好きだ――。日常に湧きいづる歓びを愛でる詩人の暮らし方。現代最高の詩人による名エッセイ。
結婚式より葬式が好きだ。葬式には未来がなくて過去しかないから気楽である――。毎日の生活のなかで、ふと思いを馳せる父と母、恋の味わい、詩と作者の関係、そして老いの面白味。悲しみも苦しみもあっていいから、歓びを失わずに死ぬまで生きたい。日常に湧きいづる歓びを愛でながら、絶えず人間という矛盾に満ちた存在に目をこらす、詩人の暮らし方。ユーモラスな名エッセイ。
ゆとり
恋は大袈裟
聞きなれた歌
道なき道
ゆきあたりばったり
葬式考
風景と音楽
昼寝
駐ロバ場
じゃがいもを見るのと同じ目で
春を待つ手紙
自分と出会う
古いラジオの「のすたるぢや」
通信・送金・読書・テレビ、そして仕事
惚けた母からの手紙
単純なこと複雑なこと
内的などもり
とりとめなく
十トントラックが来た
私の死生観
五十年という歳月
私の「ライフ・スタイル」
ひとり暮らしの弁
からだに従う
二〇〇一年一月一日
二十一世紀の最初の一日
星
朝
花
生
父
母
人
嘘
私
愛
文庫版へのあとがき
書誌情報
読み仮名 | ヒトリグラシ |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 240ページ |
ISBN | 978-4-10-126623-7 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | た-60-3 |
ジャンル | エッセー・随筆 |
定価 | 693円 |
書評
文庫はモバイルバッテリー
「役者は待つのも仕事」という言葉があるくらい、撮影現場では待ち時間が多い。過去最長は、とある特殊な撮影で17時間。5、6時間はザラである。私はこれをとてもラッキーと思っていて、いつも本を読んでいる。
発売されたばかりのハードカバー本も勿論読むが、現場に持ち込む荷物は小さい方がいいので、文庫を連れて行く回数が圧倒的に多い。その中でも、読んだ後、それぞれ別の理由で演技へのエネルギーを高めてくれた3冊を挙げたい。
山口恵以子『毒母ですが、なにか』は不穏なタイトルに惹かれ購入した一冊。
前半は「毒母の生成過程」である。美しく不幸な生い立ちの女性主人公が、幸せな家庭に執着して徐々にバランスを崩していく……。こう書くと類似本は多々ありそうだが、この過程がとても丁寧に描かれていて、誰もが理解できる感情の流れに沿っている。
「理解できる」=自分にも毒母の要素があるのではないか……と心配になってくるくらい、リアルに、ゆっくりと崩壊していく。さらに主人公が娘に手を上げだし、「この先は読むのが辛いかな」と思いはじめる頃、絶妙なタイミングで被害者である娘のターンに切り替わる。
終わり方もいい。表現として振り切っているのだが、生身の人間の可笑しみと哀しさが詰まっていて、一頻り笑った後にしんみり。
この数日前、ちょうど監督と「バッシングされそうな難しいテーマの時こそ、フルスロットルの演技が必要ですよね」という会話をした後だったので、余計参考になった。どんな表現もエンタメに昇華できるという確信は、役者に力を与えてくれるのだ。
次に、何度も繰り返し読んでいる杉浦日向子『一日江戸人』。
日本で制作される時代劇は、江戸時代のものが圧倒的に多い。泰平の時代は事件も人情も御家騒動もなんでもござれ、ドラマを作りやすいらしい。時代劇の撮影前にこの本を読み直すと、江戸がどんな町で、どんな風に人々が暮らしていたか、当時の空気が体に染み込んでくる感じがする。
全編を可愛らしいイラストが誘導してくれるが、その情報量たるや圧倒的。折角なので一つ小ネタをご紹介しよう。
「垢抜ける」の語源は、1日4、5回はザラの入浴好きな江戸っ子達の肌がパサパサだったことに因るそうだ。また、公衆浴場は狭く暗かったので、今時期の寒い中では「ひえもんでござる(体が冷えているので当たったらごめんなさいね)」と言いながら湯船に入ったという。冬の京都時代劇撮影で冷えて帰った後など、宿泊ホテルの個室風呂でもこれに倣うと江戸っ子の遊び心で心まで温まってくる。
杉浦さんの江戸への愛情が、端から端まで溢れている一冊。読んでいるこちらにも飛び火し、演技の上でも江戸っ子になれる撮影日がさらに待ち遠しくなる。
最後に、昔はあまり読まなかったエリアの一冊、谷川俊太郎『ひとり暮らし』。
本に関しては雑食だが、詩歌関係は遠い世界だった……のが、自身の歌集制作が決まり、30を過ぎて読むようになった。
未開のジャンルに改めて意識的に踏み込む時、いつも「有名どころの凄さ」に感激する。こう書いてしまうと薄っぺらいが、やはり有名なのには理由があるのだ。谷川さんの詩は教科書で読んでいたし、エッセイも何冊も買っている。しかし、内容を「詩歌を作るための思考」として読むとまた違う。
例えばこんな風だ。
「君は善人すぎるよ。善人すぎるのも時には悪の一種だ。」「死生観というようなものは、もっても無駄である。観念に過ぎないからだ。観念通りに死ぬことが出来ないのが現代である。」
既知のようでいて、ここまで明確な言葉で考えたことのなかった内容が続く。それらを読んでいくうちに、「感性」と呼ばれるものは実は徹底した「論理」が根っこに無いと成り立たない、ということに気づかされる。
一つの世界に没頭してきた人間だけが放つ爽やかさ。私も短歌だけでなく、自分の本職に論理を持つぞと、新たな空気を吸い込んだ。
このような良書達が、待ち時間も本番中も、私に熱量を与えてくれている。小さいのに頼もしい、私のモバイルバッテリーだ。
(みむら・りえ 女優、エッセイスト)
波 2021年2月号より
著者プロフィール
谷川俊太郎
タニカワ・シュンタロウ
(1931-2024)1931(昭和6)年、東京生れ。1950年「文學界」に「ネロ他五篇」を発表して注目を集め、1952年に第一詩集『二十億光年の孤独』を刊行。以降、数千の詩を創作、海外でも評価が高まる。多数の詩集、エッセイ集、絵本、童話、翻訳書があり、脚本、作詞、写真集、ビデオなども手がける。1983年『日々の地図』で読売文学賞、1993(平成5)年『世間知ラズ』で萩原朔太郎賞、2010年『トロムソコラージュ』で鮎川信夫賞、2016年『詩に就いて』で三好達治賞を受賞。ほか詩集に『六十二のソネット』『夜のミッキー・マウス』『虚空へ』、翻訳書に『あしながおじさん』『スイミー』『マザー・グース』、また尾崎真理子との共著『詩人なんて呼ばれて』など、著書多数。