人生に関する72章
440円(税込)
発売日:2009/01/28
- 文庫
生きるとは悩むこと! 10代〈9歳上の先生に恋しちゃった〉、30代〈新婚なのに会話もセックスもない〉、60代〈独身で貯金もなし。進むべき道は?〉。イジメ、ニート、セックスレス……人生の難問に藤原教授がズバリ答える。
「いじめられている同級生を見過ごせないのですが、どうすればいいですか」「中学生ですが、九歳上の先生を好きになってしまいました」「新婚なのにセックスレスです」「孫がテレビ漬け。息子夫婦にどう言えばいいですか」……。人生は難問だらけ。何をなすべきか、鋭くズバリ言い切る。迷いを断ち切る新しい人生のバイブル。藤原夫人の緊急質問を増補。『藤原正彦の人生案内』改題。
書誌情報
読み仮名 | ジンセイニカンスルナナジュウニショウ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 176ページ |
ISBN | 978-4-10-124809-7 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | ふ-12-9 |
ジャンル | 倫理学・道徳、教育・自己啓発、趣味・実用 |
定価 | 440円 |
インタビュー/対談/エッセイ
藤原先生に折り入って御相談
いつも大変楽しく藤原正彦先生の人生相談を拝読しています。先生のように理解と包容力に満ち溢れた方ばかりでしたら、この世はどんなにか平和で悩み少なきものになるのかと思わずにいられません。そんな私の理想とする先生にぜひ私のつまらない悩みを聞いていただきたく思います。
質問 私は結婚して約三十年になりますが、三人の子に恵まれ平凡ながらも幸せな生活を送ってまいりました。家族を大切にしてくれる夫でありますが、ここ数年夫がしばしば口にする言葉があります。「僕の夢は、愛人情婦妾を引き連れての豪華エーゲ海クルーズ。僕が『この指とまれ』と言ったら、参加したい女性達が殺到すること間違いなし。どうだ、参ったか」と言うのです。そんな夫に私は言うのです。「夢を持つことは素晴らしいわ。どうぞあなた愛人情婦妾を両手両足に頑張ってください」すると夫は言うのです。「なぜ嫉妬しない。泣いて嫉妬しなさい」いったい私がどのような態度をとったら夫は満足なのでしょうか。
回答 理解と包容力に満ち溢れた方とは、お世辞ともイヤミともとれない、心のこもった私にぴったりのお言葉をありがとうございます。
ご主人はおそらく正直な方です。愛人との海外旅行は私を含むほとんどの既婚男性の秘かな夢だからです。多くの女性にもてていることも事実と思います。ただ、妻を含むどんな女性からも、愛されているという手応えを感じていないのではないでしょうか。嫉妬こそが愛の証しと思いこんでいるふしもあります。
演技でもよいから一度、「私の前で愛人などともう二度と言わないで」と胸にすがって泣いてやれば、単純なご主人は愛されていると心の底から思い、つまらぬことを言わなくなると思います。
万が一それでもなお愛人などと言うようでしたら、救いようがないので三下り半をつきつけるしかありません。あとは私が責任を持ってあなたの面倒をみてあげましょう。
質問 夫には変な癖があります。手が落ち着かないのです。そう申すとなんだか妙な人の部類に入れられそうですが、社会的な問題を起こすというのではありません。先日、雰囲気のよい高級レストランに二人で招かれたときも、人と談笑しながらセットしてあるナイフをくるくる裏返したりテーブルクロスを行ったり来たりなで続けていたので、ハラハラさせられました。家では書き物をしながら鼻毛を抜いては丁寧に上下揃えて並べたりしています。もう抜くべき鼻毛も尽きたと言います。手が何かに触れていないと落ち着かないということは小さい子がお母さんのスカートの裾を握っているのと同じで、心の拠り所を求めているということなのでしょうか。いい大人なのに心配です。
回答 私に似ているご主人なのでびっくりしました。私も大学で授業中、右手のチョークだけでは落ち着かないので左手にも黒板消しを持っていたりします。研究室では、消しゴムをひっくり返し続けていたり、気がつくとズボンのジッパーを上げ下げしていたりします。若い頃、アメリカの大学で教えていた時、ストリーキングをしましたが、手を入れるポケットも手でつかむものもなく不安でした。
そう言えば私が小学校に上がる前の頃、母の書いた『流れる星は生きている』の映画ロケーションを見に行って女優久我美子さんのスカートをひっぱって離さなかったそうです。証拠写真もあります。終戦直後、一年余りをかけて母は幼い三人の子供を連れて満州から命からがら引き揚げてきました。三十八度線を強行突破するとき、六歳の兄は歩き一歳の妹は背負われ三歳の私は母に引きずられるようにして幾つもの山河を越えました。そのときの、母の手を離したらそれまで、というトラウマが残っているのかも知れません。
あなたのご主人にもいろいろ深い理由が隠れているのでしょう。ナイフをふりかざしたり、並べた鼻毛を食べ始めたり、他の女性のスカートをつかむまでは我慢することです。
(本書解説より)
波 2009年2月号より
著者プロフィール
藤原正彦
フジワラ・マサヒコ
1943(昭和18)年、旧満州新京生れ。東京大学理学部数学科大学院修士課程修了。お茶の水女子大学名誉教授。1978年、数学者の視点から眺めた清新な留学記『若き数学者のアメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞、ユーモアと知性に根ざした独自の随筆スタイルを確立する。著書に『遥かなるケンブリッジ』『父の威厳 数学者の意地』『心は孤独な数学者』『国家の品格』『この国のけじめ』『名著講義』(文藝春秋読者賞受賞)『ヒコベエ』『日本人の誇り』『孤愁 サウダーデ』(新田次郎との共著、ロドリゲス通事賞受賞)『日本人の矜持』『藤原正彦、美子のぶらり歴史散歩』『国家と教養』等。新田次郎と藤原ていの次男。