〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀
737円(税込)
発売日:2017/10/28
- 文庫
あの作品の本当の意味とは? 資料や証言をヒントに謎を鮮やかに解読する、傑作映画評論。
この本は〈映画の見方〉を変えた! 『ブレードランナー』や『未来世紀ブラジル』、『ロボコップ』に『ターミネーター』……今や第一線で活躍する有名監督による80年代の傑作が、保守的で能天気なアメリカに背を向けて描いたものとは、一体何だったのか――。膨大な資料や監督自身の言葉を手がかりに、作品の真の意味を鮮やかに読み解き、時代背景や人々の思考まで浮き彫りにする、映画評論の金字塔。
参考文献・資料一覧
解説 吉田伊知郎(モルモット吉田)
書誌情報
読み仮名 | エイガノミカタガワカルホンブレードランナーノミライセイキ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | (C)Allstar/カバー写真、amanaimages/カバー写真、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 432ページ |
ISBN | 978-4-10-121142-8 |
C-CODE | 0174 |
整理番号 | ま-49-2 |
ジャンル | 演劇・舞台、映画 |
定価 | 737円 |
書評
これぞ、映画評論家の仕事
「ブレードランナー」を初めて観たのはテレビの深夜放送だった。正確には、小学生の僕にそんな時間に起きていることは許されなかったので、VHSに録画したのを翌日に再生した。テレビガイド誌にハリソン・フォードがビルの鉄柱に片手でぶら下がっているスチールが載っていて、彼の代表作である「スター・ウォーズ」のようなSFアクション映画であることを期待したのだが、それ(多くの観客同様)は裏切られた。しかし、あの世界を体験してからは数カットしか違いのない完全版のソフトを中学生にとっては決して安くない4000円という金額で買い、ディレクターズカット版が公開されれば友人を誘って新宿ミラノ座に行ったものの「何これ?」と言われてしまい、それでもDVD、BDとメディアが変わる度にソフトを購入しては満足する大人になってしまった。それは「ブレードランナー」が映像や音が鮮明になることで新たに「見える」映画であり、何層にも重ねられたレイヤーによって作られているからだと思う。故に誰もが繰り返し見、または語らずにいられない魅力をもっているのだ。
本作は「ブレードランナーの未来世紀」でも最も長い文字数で批評されているだけあって、町山さんの強い気迫を感じさせる。特に「これは『デュエリスト/決闘者』の再現だ」「これは『エイリアン』だ」とリドリー・スコット監督の代表作と並べる箇所には、久々に読み返した今回も、鳥肌が立った。それは1人の評論家が何年もかけて作品を追い続けることで、作り手の逃れられない業のようなものを発見し、核心を突いたことが読者にも伝わるからだ。本書にはデヴィッド・クローネンバーグ、ジェームズ・キャメロン、デヴィッド・リンチ、オリヴァー・ストーンといった監督たちの、完成度や興行収入だけでは計れない、赤裸々な部分が露になった作品たちが批評されている。今はコメンタリー等で作り手自身によって解説されることが当たり前の状況になっているが、町山さんは本人も気づかないような作品のヒントを探す。それこそが評論家の仕事だと言わんばかりに。
僕もドキュメンタリーの監督としてインタビューを受け、語ることも多々あるが、その言葉通りに受け止められたり、それを絶対とされることには抵抗を感じる。あくまでも作品に映ったものがすべてであり、観客の解釈が答え(のひとつ)なのだと思う。だからこそ町山さんは「ブレードランナー」を今、語る際には絶対にはずせない「デッカードはレプリカウントなのか?」という問題は、あえてあっさりと書く。それは監督の意図なのかもしれないが、最初の脚本家や主演俳優にとってはバカげた意見でしかない。本書は監督の作家性に重点を置いて書かれているが、それよりも重要視されているのは「映画そのもの」である。それは町山さんの全批評に共通する点でもあると思う。僕はそこが好きだ。
本書に登場する作品のすべてを僕はブラウン管で見ている。80、90年代に映画を好きになった世代にとっては地上波のゴールデンタイムとレンタルビデオが映画との出会いのきっかけだった。そして番組の冒頭とラストには作品を解説してくれる映画評論家がいた。見所や裏側、そしてその人の解釈を限られた時間で教えてくれる。「あなたの心には何が残りましたか?」と問われても爆発しか残らないような作品もあったが、彼らは決して作品を否定しない。最近の町山さんの批評を読むと、そんな時代を思い出してしまうのだ。
例えば「映画秘宝」の初期ではボロクソに(そして笑いを込めて)批評していたが、今は時代が違う。ネットを見れば分かるように、映画の感想はプロアマ同列に並べられ、絶賛または酷評といった強烈なものほど拡散し易い状況にある。それは現代にとっては必然なのだろう。だからこそ僕は膨大な資料を調べた上で、確固たる視点で書かれた長文の批評が必要なのではないかとも思う。それが映画評論の基礎だからだ。140文字の魅力もあるが、それは決して評論ではないし、なり得ない。本書を読むと、時代が変わってもなくしてはいけない、あるべき映画批評が残っていると思える。
ブラウン管越しに映画を教えてくれる評論家はいなくなってしまったが、町山さんを信頼する読者は多いはずだ。僕はまだ見ぬ新作もかつて見た名作も、その魅力を「教えて」欲しいと待っている。
(まつえ・てつあき 映画監督)
波 2017年11月号より
インタビュー/対談/エッセイ
評論とはすなわち妄想である!?
「ブレードランナー2049」を徹底解説
町山 滝本さんも「ブレードランナー」は相当お好きですが、「ブレードランナー2049」はいかがでしたか?
滝本 壮大な室内劇を見るようで面白かったですよ。ライアン・ゴズリング演じる主人公Kの、AIの恋人ジョイを演じたアナ・デ・アルマスがかわいかったしね。Kの携帯の呼び出し音がプロコフィエフの「ピーターと狼」なのがまず気になって。
町山 そうでしたね。「ピーターと狼」は、プロコフィエフが子どものために書いたクラシック音楽です。ピーターという男の子が主人公で、登場キャラがそれぞれの楽器で表現されています。ピーターは弦楽器、猫はクラリネット、狼はホルン、だったかな。
滝本 そう、さすが説明うまいなあ。僕は子どもが小さいころ、デヴィッド・ボウイがナレーションをしている「ピーターと狼」のレコードをよく聞かせていて、それで、ボウイのことを連想したの。監督のドゥニ・ヴィルヌーヴはデヴィッド・ボウイを配役するつもりだったらしいけど?
町山 なんで「ピーターと狼」なのかな、と思っていたけど、ボウイと関係があるとは気づかなかった。ジャレッド・レトが演じたネアンデル・ウォレス役にと考えていたそうですよ。
滝本 ボウイの愛読書の一冊は、ナボコフの『ロリータ』なのね。ジョイのキャラクターとか、顔も幼形であきらかに『ロリータ』を思わせるよね。
町山 ほかにも『ロリータ』の意外なつながりがあるんですよ。この映画の脚本家って、キューブリックが映画化した『ロリータ』でロリータ役をやったスー・リオンと結婚してたんです。彼女が17歳の頃に。
滝本 え、そうなの!?
町山 ハンプトン・ファンチャーという男です。1982年の「ブレードランナー」の監督がリドリー・スコットに決まる前、フィリップ・K・ディックの原作をハードボイルド調に変えたのがこの人です。
滝本 「2049」と『ロリータ』はあまりに近似値が多すぎるね。だから直接セリフに引用したのはナボコフの別の作品、『青白い炎』ということかな。
町山 Kがコンピューターに精神状態のチェックを受けるシーンでこの小説の言葉が使われるんですよね。Tall White Fountain(高く白い噴水)っていう言葉をKが何度も言わされて。
滝本 そうか、そこか。
町山 『青白い炎』という作品は、亡くなった詩人のある詩に対して、その友人が長い注釈をつけたという「注釈小説」というスタイルになっているんです。
詩人があるとき臨死体験をして、「高く白い噴水」の幻影を見るんです。その後、ある新聞で「私も夢で高く白い噴水を見た」という女性の記事を読み、その女性に会いに行くわけです。ところが実際に彼女が見たのは、「Fountain(噴水)」ではなく「Mountain(山)」だったということがわかる。新聞のミススペルだったんですよね。つまり、Tall White Fountainというキーワードは、「運命の人だと思って会いに行ったけど、実は勘違いだった」という話を示している。
滝本 説明うまいなあ(笑)。『〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』もそうだけど、具体的にかつ噛み砕いてわかりやすいように説明する、これが町山イズムだね。
町山 ネタバレになるからくわしく言えませんが、映画を観た人なら物語の重なりに気づきますよね。
滝本 Kという名前はやはりカフカから来てるのかな?
町山 カフカでしょうね。自分のアイデンティティがわからなくて探している、というキャラクターですから。
滝本 なるほど、そこも物語に結びついてくるわけね。
町山 滝本さんのご専門の絵画のことでいうと、ハリソン・フォード演じるデッカードがいるホテルの壁に、ターナーの絵画が飾られてたでしょ。鉄道を描いた有名な「雨、蒸気、速度:グレート・ウェスタン鉄道」という絵。
滝本 そうだったっけ? 暗かったから。よく見てるなあ。
町山 「2049」の撮影監督、ロジャー・ディーキンスの画作りは、ターナーを意識しているんじゃないかと思うんです。彼は「007スカイフォール」の撮影も担当しているんですが、この映画でもターナーの絵画が出てきますね。
滝本 ボンドとQがナショナル・ギャラリーで待ち合わせするシーンね。
町山 「2049」の砂漠のシーン、真っ赤な画面が本当にすばらしかったんですが、「007スカイフォール」でもスコットランドのジェームズ・ボンドが育った家での大戦闘シーンで、真っ赤っ赤な画面を撮影してます。
滝本 なるほど。今回も脳髄に働きかけるような陶酔感のあるすばらしい撮影だったよね。砂漠の赤い画面もそうだし、デッカードと女レプリカント、ラヴとの格闘シーンの、きれいすぎる水は、ラヴの死に顔をクリアーに見せるためかな。やや、皮肉。
町山 滝本さんって、本当に死体好きですよね(笑)。
滝本 「ツイン・ピークス」もそうだけど、映画において死体の美しさは重要なのよ(笑)。
町山 ターナーの影響についてはどう思われました?
滝本 言われてはじめて気づいた。おれは結局、ジョイちゃんのことしか覚えてないのよ。最後、乳首が見えたなあとか(笑)。乳首と死体しか見てない。
町山 さすが『映画の乳首、絵画の腓』の著者ですね(笑)。「2049」ではタルコフスキーの「サクリファイス」も引用されてましたよね。
滝本 ええ? 冒頭にKがレプリカント狩りのミッションで訪れる場所?
町山 Kはそこに戻って家に火をつけますが、「サクリファイス」のシーンのまんまでしたね。同時に、デヴィッド・リンチも、枯れ木と燃える家の絵画をたくさん描いています。これも僕は気になっていて、リンチに詳しい滝本さんに聞こうと思ったんです。絵画において、枯れ木のモチーフって何か意味があるんでしょうか。
滝本 うーん、枯れ木は枯れ木だよね。
(会場爆笑)
町山 もう! 期待した僕が間違ってましたよ!
若き日の町山智浩に衝撃を与えた!?
町山 僕は滝本さんの影響で、映画と絵画の関連性について興味を持つようになったんですよ。
滝本 ワオ、ほんとに? おれなんか、ミステリ界からもアート界からも、映画評論界からもまともに相手にされてないのに(笑)。
町山 今回文庫化した『〈映画の見方〉がわかる本 ブレードランナーの未来世紀』のなかでも、映画を読み解くヒントとして絵画について触れています。たとえば、デヴィッド・リンチとフランシス・ベーコンだとか、ポール・ヴァーホーヴェンとヒエロニムス・ボッシュだとか。「ブレードランナー」でもヤン・ファン・エイクの絵画が使われていましたしね。リドリー・スコットは王立芸術大学出身だし、映画監督ってアートに通じている人が多いから、絵画について知らないと、映画をきちんと解釈できない。そういう映画の見方を、僕は滝本さんに教わったんです。
滝本 それは光栄だなあ。
町山 さっきも話に出たけど、タルコフスキーの映画と、ロマン派の画家、カスパー・ダヴィッド・フリードリヒの絵画との類似性について、90年ごろに滝本さんがイメージフォーラムに書いた原稿は衝撃的でしたよ。
滝本 両者はあからさまにそっくりなのよ。
町山 フリードリヒという画家は、屋根が落ちた教会の廃墟を大好きなモチーフとしてたくさん描いているんです。これがタルコフスキーの「ノスタルジア」のキー・アートになっているということを初めて指摘したのが滝本さんなんです。なにしろ東京藝大卒の美術史家ですから。いまのフリードリヒブームはどう思います?
滝本 盛り上がっているのはいいことだと思うけどね。
町山 代表的なのは、クリストファー・ノーランですね。例えば「ダンケルク」のアメリカ版のポスターは、フリードリヒの「雲海の上の旅人」そっくりです。
滝本 「ダンケルク」まだ観てないんだよ。
町山 デンマークが舞台の映画「リリーのすべて」でも、2人の人間が雲海を見下ろすってエンディングがフリードリヒでした。
滝本 「リリーのすべて」も観てないなあ。最近は映画もあんまり観ずに家にひきこもって妄想ばっかりしている。もう、だめかも。
町山 先ほども触れた90年に出た『映画の乳首、絵画の腓』っていう滝本さんの評論集が、11月に復刻版として刊行されたんですけど、これは必読ですよ。
滝本 オビに「若き日の町山智浩、中原昌也、菊地成孔に衝撃を与えた伝説の評論集」とあるんだけど、これ編集者が勝手に作ったコピーだからね。町山さんに無断で、しかも菊地さんと並べちゃってごめんね(笑)。
町山 別にそんなこと気にしませんから!
滝本 でも、僕の批評スタイルができたのは、ある意味で町山さんのおかげでもあるのよ。
町山 どういうことですか?
滝本 町山さんとはじめて会った時のこと覚えてる?
町山 僕が「宝島」の新人編集者だったころだから、80年代半ばですよね。
滝本 そう。初対面では正直「最低の編集者だな」って思った。
町山 え!?
滝本 町山さんに、「殺しの分け前 ポイント・ブランク」っていう映画の原稿を依頼されて会った時、あなたは1時間半ずっと、僕を相手にその映画の魅力について語り尽くしたの。だから僕は、疲れ果てて、原稿に書くことがなくなっちゃった。
町山 それは確かに、最悪の編集者ですね(笑)。
滝本 それで僕の原稿は、町山さんも触れなかった、誰も気づかないような細かい隙間について書いた原稿になったわけ。それをきっかけに、誰からも相手にされないニッチ批評という、僕の批評のスタイルができた(笑)。つまり町山さんのおかげなんだよ。
妄想の暴走がとまらない
町山 滝本さん、最近は首都大学東京で講義を持ってるらしいじゃないですか。
滝本 そう、しゃべりに慣れていないからよたよたして大変。おれも来年でもう69歳だしね。69っていったらシックスナインじゃない?
町山 なんですかいきなり(笑)。
滝本 シックスナインっていうのは、ある意味で完璧な愛の絆の形なのよ。男と女、男と男、女と女、すべての組み合わせに適応する幸福の体位。だから「おれも来年はシックスナインだし、がんばろう」って思ってたわけ。
町山 よく意味がわかりませんけど(笑)。
滝本 そうしたら先日、神奈川県の座間で「6畳間に9人の遺体」っていうニュースがあったでしょう。シックスで、ナイン。「おれの考えで世界が動いちゃった、やばい」って。
町山 それはさすがに不謹慎ですよ!
滝本 事件のニュースなんか見ても、そういう風につなげて妄想しちゃうんだよ。それと最近、ハーベイ・ワインスタインのセクハラ騒動もあったよね。
町山 プロデューサーのワインスタインが大勢の女優に対してセクハラやレイプをしていた、っていうとんでもない事件ですよね。
滝本 グウィネス・パルトローも被害を受けたんだよね。そのワインスタイン騒動の余波で、ケビン・スペイシーまで俳優から「少年時代にセクハラされた」って告発されて。
町山 14歳の頃にベッドに押し倒されたそうです。
滝本 グウィネスと、ケビン・スペイシーっていったら、2人とも「セブン」が出世作だよね。あの映画のラストというのは……。
町山 ……。
滝本 そう、あの箱ですよ。座間の事件でクーラーボックスに遺体の頭部が入っていた、って聞いた時「ああ、そこまでおれが呼んでしまった」って。
町山 呼んでないです。妄想です!
滝本 でもまあ、評論っていうのは基本的に妄想からはじまるわけだからね。「2049」の解釈だって、それぞれの妄想かもしれないし。誰かが思い込んで評論という形で残したら、それが歴史になっていくんです。
町山 なるほど。ってもっともらしいことを言って開き直らないでくださいよ!
(まちやま・ともひろ 映画評論家)
(たきもと・まこと 美術・映画・ミステリ評論家)
波 2017年12月号より
イベント/書店情報
著者プロフィール
町山智浩
マチヤマ・トモヒロ
1962(昭和37)年、東京生れ。早稲田大学法学部卒。宝島社にて『おたくの本』『裸の自衛隊』『いまどきの神サマ』『映画宝島』などを企画編集。洋泉社にて「映画秘宝」を創刊。1997年にアメリカへ移住、2017年10月現在オークランド在住。著書に『〈映画の見方〉がわかる本』『底抜け合衆国』『USAカニバケツ』『アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない』『トラウマ映画館』『トラウマ恋愛映画入門』『さらば白人国家アメリカ』『今のアメリカがわかる映画100本』など多数。