花森安治伝―日本の暮しをかえた男―
737円(税込)
発売日:2016/02/27
- 文庫
- 電子書籍あり
NHK朝ドラ〈とと姉ちゃん〉で話題! 『暮しの手帖』を創刊した花森安治の生涯とは。
全盛期には100万部を超えた国民雑誌『暮しの手帖』。社長・大橋鎭子(しずこ)と共に会社を立ち上げた創刊編集長・花森安治は天才的な男だった。高校時代から発揮した斬新なデザイン術、会う人の度肝を抜く「女装」、家を一軒燃やした「商品テスト」。ひとつの雑誌が庶民の生活を変え、新しい時代をつくった。その裏には、花森のある決意が隠されていた――。66年の伝説的生涯に迫る渾身の評伝。
第二章 神戸と松江
第三章 帝国大学新聞の時代
第五章 北満出征
第六章 ぜいたくは敵だ!
第七章 「聖戦」最後の日々
第九章 女装伝説
第十章 逆コースにさからって
第十二章 攻めの編集術
第十三章 日本人の暮らしへの眼
第十四章 弁慶立ち往生
解説 中野翠
書誌情報
読み仮名 | ハナモリヤスジデンニホンノクラシヲカエタオトコ |
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シリーズ名 | 新潮文庫 |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 432ページ |
ISBN | 978-4-10-120281-5 |
C-CODE | 0195 |
整理番号 | つ-35-1 |
ジャンル | 本・図書館、人文・思想・宗教、マスメディア、ノンフィクション |
定価 | 737円 |
電子書籍 価格 | 737円 |
電子書籍 配信開始日 | 2016/05/06 |
書評
原発には「商品テスト」ができるのか?
戦後まもなく生活雑誌「暮しの手帖」(当初は「美しい暮しの手帖」)を創刊し、独特のグラフィックな手腕を縦横にふるいつつ、メーカーからのいかなる圧力にも屈さず公正かつ大がかりな「商品テスト」をつらぬいて、発行百万部の巨大誌に育てた異能の編集者、花森安治(1911~1978)の伝記である。百年余り前に生まれた人物だが、彼の生きた時代が、現代にも重なって見えてきて、そのたび私は目まいにも似た深く不思議な感動を味わった。
そこに至る前史をたどると、花森は神戸に生まれ、旧制松江高校を経て、1933年(昭和8)、東京帝大文学部の美学美術史学科に入学する。一見、エリートコースのようだが、
「大正末にはじまる『大学は出たけれど』のおそるべき就職難は、このころもまだつづいていた。たとえ東京帝大であろうと、文学部、ましてや美学美術史学科ともなれば、いくら学業にはげんだところで、大学や高等学校はおろか、いなかの中学の先生にもなれない。」
つまり、今と同様の就職氷河期。おまけに、当時はさらに状況が一歩進んでいて、大学卒業後には徴兵検査がある。花森は、甲種合格、北満洲に兵隊として送られる。現地で発病。一年余りで内地に送り返され(1939年)、命拾いをするのだが、戦地にとどまる戦友たちへの「うしろめたさ」が彼に残る。
学生時代から、彼は、画家でデザイナーの佐野繁次郎の部下として、化粧品会社・伊東胡蝶園(のちのパピリオ)で広告制作者として働いてもいた。戦時下の日本内地に戻ると、こうした仕事の延長で、国民精神総動員の国策標語、「ぜいたくは敵だ!」まで生み落とす。当時としては、これとて、ドイツのナチズム、イタリアのファシズム、ソ連のスターリニズム……といった「挙国一致」型の国家改造、その「チェンジ!」の大合唱の先端を行くコピーだったと言えなくもないだろう。
だが、日本は、この戦争に負ける。
その直後、大橋鎭子という若い女性(のち、暮しの手帖社社長)から出版社起業を相談されて、「今度の戦争に、女の人は責任がない。(略)ぼくには責任がある。(略)だから、君の仕事にぼくは協力しよう」と、「暮しの手帖」への助走が始まる。「ボクは、たしかに戦争犯罪をおかした。言訳をさせてもらうなら、当時は何も知らなかった、だまされた。(略)これからは絶対だまされない、だまされない人たちをふやしていく」と。
こうした花森の軌跡をたどる津野の筆致は、鋭利で、広い視野をもち、しかも、こまやかだ。
「暮しの手帖」による「商品テスト」は、燃焼中のストーブをわざと倒してみる、というところまで徹底していく。とはいえ、これは、より良い製品を作ろうというメーカー側の真摯さに、信を置くことができたからでもあったろう。
だが、そこから現出する高度経済成長の社会は、こうした企業精神のモラルまで根腐れにするかたちで進んでいく。それが、水俣病のような「公害」を蔓延させる。つまり、企業と国家が一丸となって、商品の致命的な欠陥(生命への危険)を隠蔽し、経済競争だけをすべてに優先させるという、これもまた一つの新奇な文明である。
理想を追求したはずの自分たちの「商品テスト」は、こうした社会も招き寄せてしまったのではないか? この自問が、晩年の花森をとらえていたと、津野は見ている。べつの言い方をするなら、これは、“原発には「商品テスト」ができるのか?”という問いでもある。
答えは、ノー。国家指導者にも、メーカーにも、そんなつもりは毛頭ないという前提が、この不完全で世界大の“巨額商品”を支えている。それが私たちの時代なのだということを、傑作の伝記『花森安治伝―日本の暮しをかえた男―』は視野にとらえる。
(くろかわ・そう 作家)
波 2013年12月号より
単行本刊行時掲載
著者プロフィール
津野海太郎
ツノ・カイタロウ
1938年、福岡生まれ。評論家・編集者・演出家。早稲田大学卒業後、劇団「黒テント」の演出に携わる。晶文社取締役、『季刊・本とコンピュータ』総合編集長、和光大学教授、同図書館長などを歴任。著書に『滑稽な巨人――坪内逍遙の夢』(新田次郎文学賞)、『ジェローム・ロビンスが死んだ』(芸術選奨文部科学大臣賞)、『花森安治伝――日本の暮しをかえた男』、『百歳までの読書術』、『読書と日本人』、『最後の読書』(読売文学賞)、『かれが最後に書いた本』、『編集の提案』ほか多数。