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おれに関する噂

筒井康隆/著

605円(税込)

発売日:1978/05/29

  • 文庫
  • 電子書籍あり

テレビのニュース・アナが、だしぬけにおれのことを喋りはじめた――「森下ツトムさんは今日、タイピストをお茶に誘いましたが、ことわられてしまいました」。続いて、新聞が、週刊誌が、おれの噂を書き立てる。なぜ、平凡なサラリーマンであるおれのことを、マスコミはさわぎたてるのか? 黒い笑いと恐怖にみちた表題作、ほか「怪奇たたみ男」など、あなたを狂気の世界に誘う11編。

目次

おれに関する噂
養豚の実際
熊の木本線
怪奇たたみ男
だばだば杉
幸福の限界
YAH!
講演旅行
通いの軍隊
心臓に悪い
解説 かんべむさし

書誌情報

読み仮名 オレニカンスルウワサ
シリーズ名 新潮文庫
発行形態 文庫、電子書籍
判型 新潮文庫
頁数 288ページ
ISBN 978-4-10-117105-0
C-CODE 0193
整理番号 つ-4-5
ジャンル 文芸作品
定価 605円
電子書籍 価格 572円
電子書籍 配信開始日 2014/01/31

書評

一生ものの衝撃を与えてくれた三冊

頭木弘樹

 人生の一冊をあげろと言われたら、新潮文庫の『変身』だ。「新潮文庫の」と限定するのには理由がある。「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら……」という言葉があるが、もし新潮文庫の『変身』がもう少し厚かったら、私は出会えていなかった。

フランツ・カフカ、高橋義孝 訳『変身』書影

 私は本を読まない子どもだった。中学生になった夏休み、読書感想文の課題があり、なるべく楽にすませたくて、文庫コーナーでいちばん薄い本を探した。それが新潮文庫の『変身』だった。当時は活字が小さかったので、今以上に薄く、背表紙のタイトルが読めるか読めないかくらいだった。普通なら他の短編も収録して厚みを足すところだ。実際、他の文庫はそうしていた。どなたなのかは知らないが、『変身』のみで薄い文庫として出してくれた当時の担当編集者さんに心から感謝している。あなたのおかげで今の私がある。
 というのも、私は二十歳で難病になり、ふと中学生のときに読んだカフカの『変身』を思い出し、突然に虫になって部屋から出られなくなるのは今の自分と同じではないかと思い、読み返してとても感動し、そこから本を読むようになり、カフカにずっと支えてもらい、今ではカフカを翻訳したり本を書いたりする仕事をするようになったのだ。カフカを読んでいなかったら、難病になった衝撃に耐えきれたか自信がない。新潮文庫の『変身』が薄かったから、人生が変わったのだ。
 きっかけがカフカだから、もっぱら海外文学を読んでいた。あるとき、『百年の孤独』のガルシア=マルケスが、川端康成を高く評価していることを知った。これは意外だった。川端康成は、伊豆の温泉で踊子といちゃついたり、雪国の温泉で芸者といちゃついたりしている人だとばかり思っていたからだ。首をかしげながら、新潮文庫の『眠れる美女』で表題作と「片腕」を読んで、飛び上がるほどびっくりした。海外文学の中でばかり宝探しをしていたが、日本にこんなすごい作家がいたのかと、『青い鳥』の教訓のようだった。とくに愛読しているのは『掌の小説』だ。これも、よく文庫で出してくれたものだと感謝している。新潮文庫にしかない。ごく短い掌編が集めてあり、いわゆるショートショート集のようなもの。これが何度読んでもすごい。とくに「心中」という作品は、完璧という言葉がふさわしい結晶のような作品だ。「ショートショートの神様」と呼ばれる星新一が「とても書けない。何度うまれ変ったって、これだけはむりなようだ」「こんな作品が古今東西ほかにあるだろうか。存在すべきでないものを見た思い」と書いているほどだ(「川端康成――「心中」に魅入られて――」『きまぐれフレンドシップPART2』新潮文庫)。

川端康成『掌の小説』書影

 本を読まない子どもだったと書いたが、ある作家だけは例外だった。それが筒井康隆だ。中学生のときに『おれに関する噂』を友達にすすめられて、夢中になった。こんな面白い小説があるのかと思った。筒井康隆は素晴らしいアンソロジーもたくさん出していて、本を読むようになってからは、そこで多くの作家や作品を知った。ハロルド・ピンターもル・クレジオも牧野信一も藤枝静男も……今の私にとって大切な作家の多くを筒井康隆に教わった。

筒井康隆『おれに関する噂』書影

 あるとき、ガルシア=マルケスの(またマルケスだが)「エレンディラ」という短編を読んでいて、すごいラストに驚嘆したあと、「あれ? これは読んだことがあるぞ」と思った。『おれに関する噂』に収録されている「心臓に悪い」という大好きな短編のラストとよく似ているのだ。「エレンディラ」が邦訳されたのは1983年で、はるか前の1972年に筒井康隆はこの「心臓に悪い」を書いている。雑誌掲載時には、ラストがぶっ飛び過ぎていてわけがわからないから書き直せと言われたそうだ。やっぱり筒井康隆は天才だなあとあらためて思った。

(かしらぎ・ひろき 文学紹介者)

波 2025年2月号より

著者プロフィール

筒井康隆

ツツイ・ヤスタカ

1934(昭和9)年、大阪市生れ。同志社大学卒。1960年、弟3人とSF同人誌〈NULL〉を創刊。この雑誌が江戸川乱歩に認められ「お助け」が〈宝石〉に転載される。1965年、処女作品集『東海道戦争』を刊行。1981年、『虚人たち』で泉鏡花文学賞、1987年、『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、1989(平成元)年、「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、1992年、『朝のガスパール』で日本SF大賞をそれぞれ受賞。1996年12月、3年3カ月に及んだ断筆を解除。1997年、パゾリーニ賞受賞。2000年、『わたしのグランパ』で読売文学賞を受賞。2002年、紫綬褒章受章。2010年、菊池寛賞受賞。2017年、『モナドの領域』で毎日芸術賞を受賞。他に『家族八景』『敵』『ダンシング・ヴァニティ』『アホの壁』『現代語裏辞典』『聖痕』『世界はゴ冗談』『ジャックポット』等著書多数。

筒井康隆ホームページ (外部リンク)

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