進化した猿たち―The Best―
649円(税込)
発売日:2017/11/29
- 文庫
- 電子書籍あり
星新一史上最強のブラック・ユーモア! 不倫、囚人、決闘……。ヒトコマ漫画×エッセイの競演。
人間と他の生物とのいちばんの違いは何か。それは、笑いと想像力である――。星新一が長年愛読し、蒐集してきたアメリカのヒトコマ漫画には、われわれ〈進化した猿たち〉の欲望や習性、奇癖が余すところなく描かれていた! 「結婚」「宇宙人」「精神分析」「クリスマス」など、漫画を17のテーマに分け、ブラック・ユーモアと旺盛な想像力で魅せるエッセイ集。幻の名作、待望のリニューアル復刊!
番号の男たち
安らかな眠り
結婚の修理屋
たまにはスポーツを
アダムとイブ
水晶球の周辺
決闘
箱の効用
頭のねじれ
無数の孤島
宇宙人たち
雲の上の連中
サンタクロースの季節
手術室
拳銃でひとこと
戸棚か窓か
書誌情報
読み仮名 | シンカシタサルタチザベスト |
---|---|
シリーズ名 | 新潮文庫 |
装幀 | 森田拳次/カバー装画、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 文庫、電子書籍 |
判型 | 新潮文庫 |
頁数 | 304ページ |
ISBN | 978-4-10-109854-8 |
C-CODE | 0171 |
整理番号 | ほ-4-54 |
ジャンル | 文芸作品 |
定価 | 649円 |
電子書籍 価格 | 605円 |
電子書籍 配信開始日 | 2018/05/25 |
書評
ヒトコマ漫画に見るアメリカ
こんな小話がある。
孤島に4人の男が流れ着いた。神様があらわれ、各人に2つの願いを叶えてやるという。1人目は「グラマーの美女」と「家に帰りたい」。叶えられた。2人目は「たくさんのお金」とやはり「家に帰らせてくれ」。これも叶えられた。3人目は「たらふくのうまいもの」と「家に帰らせてくれ」。これも願いが叶えられた。最後に1人だけ残った男は麻雀好きだった。そこで神様に頼んだ。「麻雀牌」と「さっきの3人を島に戻してくれ」。
ある麻雀好きが考えたものだが、こういう小話を孤島物と呼ぶことは、星新一によって知った。星新一の「進化した猿たち」は月刊誌「エラリイ・クイーンズ・ミステリ・マガジン」(編集長は常盤新平。のち誌名は『ハヤカワ・ミステリ・マガジン』に)昭和40年7月号から連載が始まった。
アメリカのヒトコマ漫画をジャンル別に紹介してゆく。これは大評判になり、続篇「新・進化した猿たち」へと続けられた(昭和45年の7月号まで)。
これが評判になったのは、普通、読み捨てにされてしまうヒトコマ漫画を星新一が、丹念に切り取って集めていたこと。その収集癖は驚嘆に値した。さらに、単に集めるだけではなく、ジャンル別に分けて、編集したこと。星新一は、コレクターと同時に、みごとなアンソロジストの才能を示した。その熱意、手さばきに読者は舌を巻いた。
孤島物だけではない。分類は多岐にわたる。アトランダムに並べてみると、強盗物、刑務所物、墓場物、占い物、あるいは天国物、サンタクロース物、宇宙人物……など多種多様。インターネットのない時代、よくこれだけ丹念に集めたと感服する。元祖オタクといっていいだろう。
連載漫画を切り取っておくというのはまだ話が分かる。しかし、一回きりのヒトコマ漫画をこれだけ熱心に集め、分類し、提示するとは。並み大抵の労力ではない。アメリカがまだ「遠いアメリカ」として憧れの対象だったからこその成果だろう。その意味でアメリカのサブカルチャーの良き紹介者だった常盤新平が編集者だったことは見逃せない。
強盗が町の銃砲店に押し入り、店の人間に玩具の銃を突きつけ、「やい、そこの本物の銃をこっちへよこせ」。
夜の空で、円盤に乗った宇宙人が、横を走るトナカイに乗ったサンタクロースを見て、同僚に話しかける。「おい、あんなものの実在を信じられるかい」。
20ドルで2つの事柄にお答えします、という看板の占い師のところへ来た客が「20ドルも出して、たった2つなんですか」と聞く。占い師が答える。「その通りです。で、第2のご質問はなんなのでしょうか」。
笑いはゆとりから生まれる。他者だけではなく自分自身も他人の目で見る。シリアス(死や暴力)な題材も笑うことでその恐怖から逃がれる。
星新一が収集した漫画の多くは、まだ、アメリカが「良き時代」だった頃の作品だろう。豊かで、明るく、社会の矛盾が露出していない。ベトナム戦争も、人種差別も、カウンターカルチャーも大きな問題になっていない。
どの漫画にも、黒人をはじめとする当時のマイノリティはほとんど登場しない。しばしば「グラマー美人」が現われるが、だからといって「セクハラ」問題にもならない。
ただ、精神分析物や結婚カウンセラー物が多いのは、このころからアメリカの根底にある「家庭」にひびが入りはじめていたからだろう。ウディ・アレンが「精神分析」をジョークにするのは、このすぐあとのこと。
星新一が、アメリカのヒトコマ漫画に興味を持ったのは、ある時、孤島物が多いことに気づいたからだという。それで集めはじめたら3000種にもなった。
なぜ、アメリカにはこんなにも孤島物が多いのか。さまざまな理由が考えられるが、ひとつ思い浮かぶのは「アメリカのもっともありふれた病気は孤独である」という言葉。アメリカの理想は「大草原の小さな家」というが、あの家は見方を変えれば孤島である。ハックルベリイ・フィンが乗った、ミシシッピ河を下る筏もまた孤島である。
星新一が紹介する漫画の向うには「孤独なアメリカ」が見える。
(かわもと・さぶろう 評論家)
波 2017年12月号より
著者プロフィール
星新一
ホシ・シンイチ
(1926-1997)東京生れ。東京大学農学部卒。1957(昭和32)年、日本最初のSF同人誌「宇宙塵」の創刊に参画し、ショートショートという分野を開拓した。1001編を超す作品を生み出したSF作家の第一人者。SF以外にも父・星一や祖父・小金井良精とその時代を描いた伝記文学などを執筆している。著書に『ボッコちゃん』『悪魔のいる天国』『マイ国家』『ノックの音が』など多数。