[取材者のことば]
深い洞察がにじみ出る出口さんの「目」
ロサンゼルスオリンピック柔道無差別級金メダリストで、国民栄誉賞も受賞された山下泰裕さんを取材したことがある。丸顔に浮かぶ柔和な笑顔、丸みを帯びた体型。現役を退かれてかなり時間が経っていたせいか、穏やかで優しそうなイメージしかなかった。
はじめての取材は、緊張しつつも無難に進んでいく。30分ほど過ぎたころだっただろうか。ある話題にさしかかったとき、突然山下さんの「目」が変わった。とはいえ表情は柔和なまま、穏やかな口調は変わらない。ただ「目」だけがそれまでと違うような気がして落ち着かなかった。話題が変わるととともに、その「目」は奥に消えた。
続く取材でも、その「目」は時おり顔をのぞかせた。だがそのときは、はっきりとした理由はわからなかった。数ヵ月が経ったころ、ふと腑に落ちた。それは、現役時代も引退してからも、山下さんが内外のさまざまな辛苦と闘うことで獲得された、深い深い洞察力の表れではなかったのか――。
何年かぶりに、同じ「目」に出会った。それが出口治明さんだった。
そもそも、出口さんとのはじめてお目にかかったのは2013年3月、わずか1時間足らずの邂逅だった。私は、出口さんがある方と対談されている横で、所在なく座っていただけにすぎない。どちらかというと対談相手の方がメインだったこともあり、出口さんのお話を心ゆくまで聞けたわけではなかった。それでも、聞きしに勝る博識と、ロジカルなトークが強く印象に残った。
本書の編集協力をさせていただく話がもたらされたのは、それからおよそ半年ほど経ったときのことだ。対談とは異なり、本の取材は数時間というわけにはいかない。じっくりとお話を聞くことができる。ワクワクしながらライフネット生命に向かった。
出口さんの表情は、半年前と変わらず穏やかだった。発せられる言葉も、ロジカルでありながら優しさに満ちていた。ところが、取材が始まってしばらくすると、あの「目」が現れたのである。山下さんのときと同じように、それはやがて消えた。十数時間に及ぶ取材中、突然現れては消え、消えては現れるという繰り返しだった。
いっとき「目力(めぢから)」という言葉が流行した。失礼ながら、お世辞にも出口さんの可愛らしい目はそれに当たらない。だが、その「目」に射抜かれると、そらすこともできずに引き込まれてしまう。そうして、出口さんは多くの人を巻き込み、納得させ、影響を与えてきたのだと得心した。
引き込まれるという点では山下さんと同じだったが、ふたりはどこか違うという気がして仕方がなかった。取材が終わり、原稿の執筆にとりかかる。書きながら取材の場面を思い出しているうち、ふと思い至った。体験の質は異なるが、出口さんも山下さんも深い洞察を獲得しているのは変わらない。しかし、出口さんの洞察にはどこか「艶」がある。膨大な読書量を背景に、知らない世界へ誘われるような「ワクワク感」がある。それがずっと感じていた違いの正体だったのだ。
本書『「働き方」の教科書 「無敵の50代」になるための仕事と人生の基本』は、とくに30代から50代の読者に手に取っていただきたい。行間に流れる、出口さんの「目」が語る深い洞察の世界を感じつつ、これからの働き方を考えていただきたい。出口さんが時代と切り結ぶことで獲得した深い洞察は、必ずや私たちが生きていくうえでのヒントを提示してくれるはずだ。本書は、単なる自己啓発書とは違う。
新田匡央(にった・まさお)
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「働き方」の教科書―「無敵の50代」になるための仕事と人生の基本― 出口治明 49歳での突然の左遷、55歳での子会社出向を平然と受け入れ、59歳でライフネット生命を起業したビジネス界の革命児が語る、悔いなく全力で仕事をするためのルール。「仕事は人生の3割」「人生は99パーセント失敗する」「部下はみんな変な人である」――。人間社会のリアルが分かれば、仕事も人生も、もっと楽しくなる。 ISBN:978-4-10-336471-9 発売日:2014/09/18 |