柚木麻子『本屋さんのダイアナ』刊行記念対談
二重構造がフィクションを救う
愛と尊敬と憧れゆえに、寸劇まで飛び出した!?
初対面で意気投合、二人の売れっ子が創作について語り尽くす。
東村アキコ×柚木麻子
東村塾に学び、本屋大賞候補に!
柚木 お会いできて本当に嬉しいです。大ファンで尊敬していて……とにかく、興奮しています。
東村 私も楽しみにしていました。お若くて可愛らしい方で驚きました。
柚木 まずは御礼を言わせて下さい。『ランチのアッコちゃん』で私が本屋大賞にノミネートされたのは、東村さんのおかげなんです!
東村 え、どういうことですか!? 全然話が見えないけど(笑)。
柚木 東村さんの漫画『ひまわりっ~健一レジェンド~』のサブキャラで、副主任こと猿渡シゲ子が、主人公のアキコ(註・『ひまわりっ』は漫画家を目指すアキコが主人公で、実話に基づくギャグ漫画)やその仲間に言い放った教え――作家としてモストインポータントな務めとは、全てにおいて答えがない今、悩んだり迷ったりしている読者に漫画で「答え」を出してやることなんだ!――を忠実に守ってきたから、ここまでやってこられたんです。だから今日は、私の新刊の話よりも、東村さんと創作談義がしたい!
東村 ありがとうございます。副主任のその台詞は、私が普段から考えていたことでは全くなく、原稿の上でキャラが勝手に暴走した結果出てきた言葉です。私自身もハッとさせられたくらいで、漫画のマジカルな一面ですね。
柚木 キャラの暴走は、東村作品の大きな魅力の一つです。
東村 冷静な役回りのキャラがぶっ壊れた時は、作者の私にもコントロール不能で(笑)。
柚木 メインのストーリーとは関係ないところで突然、サブキャラたちが仮装して始める寸劇も大好きです。映画やドラマのパロディに、戯曲の引用、次々に飛び出す固有名詞……。
東村 魔夜峰央先生の『パタリロ!』や高橋留美子先生の作品といったこれまで読んできた漫画だけでなく、海外ドラマを吹き替えで観るのが好きなので、その影響もあると思います。吹き替えで使われる日本語は、それ以外では使われない〝地球で唯一の言語〟とも言えるので、一層面白味を感じていて。それに、アメリカンジョークやハリウッド映画でよく使われる言い回しをノートに書き出していた時期もあって、それが活かされているのかもしれません。
柚木 確かに、(吹き替えのモノマネをしながら)「とんだ高慢と偏見だね」とか、海外ドラマでは、何の説明もなく出てきたりしますよね。
東村 すごい! 上手いですね!
柚木 読者をちょっと置き去りにしても構わないという姿勢は、海外文学とも通ずるものがあります。東村さんの作品に感じる風通しの良さは、そういう作風からきているのではないでしょうか。
東村 分からなかったら調べてもらえばいいと、割り切っているところもあります。自分では「ユートピア漫画」と呼んでいるのですが、作中でキャラたちがわいわいと楽しんでいるのを、「あそこに入りたいな」と外側から読者が思えるような漫画が、個人的に好きだということも大きいです。
素人がホンモノを超える瞬間
東村 それにしても、モノマネの完成度の高さに驚きました。
柚木 『本屋さんのダイアナ』のことも、吹き替え風に説明できますよ。
東村 ぜひ見たいです!
柚木 DQN(ドキュン)ネームの大穴とお嬢様の彩子はひょんなことから仲良くなったんだ。でもこの二人、実はある一冊の本で運命的に繋がっていたんだぜ。その一冊の本のおかげで、二人は自分の呪いを解いていくんだけど……今日はここまで、結末は、読んでからのお楽しみさ!
東村 完璧ですね! 口調だけじゃなくて、表情までそれっぽいし(笑)。今度コツを教えて下さい。お目にかかってすぐなのに、柚木さんのことを漫画に描きたくなりました。いいですか!?
柚木 もちろんです、超嬉しい!
東村 私の周りには面白い人がたくさんいるのですが、彼らを漫画にキャラとして登場させることがよくあって。それは、破天荒な素人がホンモノを凌駕する瞬間を描きたいからです。例えば、飲み会である一瞬だけ生まれる面白さは、腹筋が崩壊するほど爆発力があるのに、映画やドラマなど「ちゃんと作ったもの」が妙につまらなく感じたりしませんか? リアルの世界を取り込んだ方が絶対に面白くなるはずで、だから私は今の作風なのだと思います。
柚木 なるほど。東村さんの漫画の、リアルがもつ力強さと勢いに、読者は元気をもらっているんですよね。
東村 それに、私はプロットを考えることは、まずありません。描いた内容もすぐに忘れるので、アシスタントの記憶を頼りに続きを描き始めたりもします。「前回のラストは確か、スクリーントーンを雨に削ったはず……」と言われれば、雨のコマから始めて、何とか辻褄を合わせたり(笑)。
柚木 私も詳細なプロットは立てないのですが、下書きもせず一気に描くとか、居酒屋で友達の恋バナ聞きながら作品を仕上げちゃうとか、そんな東村さんの域には到底到達できません。まるで棟方志功のような奔放さで作品を生み出すその手法を、伝授して欲しいです。
東村 大した手法などなくて、単純に、頭の中の思念の海にモヤモヤと広がるもの――ある言い回し、台詞、キャラの表情といったものから、何でもいいからガッと掴み取って繋げていくといった感じなのですが、要するに、反射神経でモノを描いているだけなんです。めちゃめちゃでもいいから一日の作業量を決めて、とにかく終わらせてしまう。出来上がったものもめちゃめちゃだったりするのですが、まあいいかって(笑)。
柚木 その瞬発力は日本一ですよ! 東村さんの漫画から爆発的なエネルギーを感じる理由が、よく分かりました。
怒りを物語に昇華させて
柚木 連載中のギャグ漫画『メロポンだし!』では、主人公の宇宙人メロポンが、いわゆる小劇団に対してストレートな批判をしますが、怒りがギャグに昇華されると、自由さやある種の解放感が生まれますよね。
東村 小心者で直接文句を言えないので、漫画に描いてしまいました。
柚木 とても共感しました!
東村 小劇団の知り合いもたくさんいるのに、手が止まらなくて……。
柚木 私も、怒りやコンプレックスを物語にぶつけてきました。『本屋さんのダイアナ』では、お嬢様育ちの彩子が大学に入学してすぐの新歓コンパで酔わされ、強引に体を奪われるのですが、現実を受け入れたくなくて、無理矢理その相手を好きになろうとするんです。日常の延長にある顔見知りによる性犯罪が明るみに出にくいのは、「わたしにスキがあったから、わたしがいけないんだ」と、被害者が被害者であることを自覚する前に、自分を責めてしまうため、と本で読みました。はしたない格好をしていたんだろうとか、そもそもそういう場所に行くのが悪いとか……リベンジポルノもそうですが、女の子の責任にされる風潮が特に日本では強いから、言い出せない人も非常に多いはずで、一度きちんと小説に書いてみたいと思っていました。
東村 私は『主に泣いてます』という漫画で、美人すぎて不幸な女性、紺野泉を描きました。泉にもモデルがいます。ドがつくほどの美人で高身長、その上スタイルも抜群。まるでレースクイーンのようで常に目立ってしまうから、大変な目に遭うことも多いようでした。
柚木 最終回では泉さんが日焼けして、ちょっとだけブスになりましたよね。それがすごく救いでした。
東村 そうですね。それこそ、「自分の呪い」を、少しは解けたのかもしれません。
テーマは無理矢理作る
柚木 『主に泣いてます』では、私はトキばあが特に好きでした。
東村 副主任といい、柚木さんはサブキャラを推して下さいますね。
柚木 漫画に限らず、海外ドラマなどでもサブキャラの悪巧みが好きで、ついそっちに目がいってしまいます。
東村 トキばあの悪巧みは、話の展開としては何の意味も成さないのに、私も描きたくて仕方ないんです。サブキャラたちの寸劇や暴走したギャグ、どうでもいいやりとり――要は内輪ウケを描きたいがために、「美人すぎて不幸になる女」という分かりやすいテーマを無理矢理作っていると言っても過言ではないです。現在連載中のその他の漫画でも、オタク女子の初恋、アラサー女の恋愛といった大きなテーマをまず提示しつつ、その上で好き勝手に描かせてもらっているのですが、大きなテーマにしか興味を示さない読者の数は想像以上に多くて……。特に地方にその傾向が強く、七対三くらいの割合だと実感しています。物語を二重構造にしないと、作品自体が残らなくなってしまっているのが漫画業界の現状です。
柚木 分かりやすいテーマがあると売れやすいんですよね……。私も本当は、教室内での女子同士の人間関係ばかり書いていたいです。でも、はっきりしたテーマがあることで作品の骨組みがきっちりとできるから、東村さんの漫画には品があるのだとも思います。まるでピカソの絵のように。
東村 そんな……光栄です! 本当に描きたいものと読者に受け入れられるものが上手く融合する作品が、一生に一作くらい生まれると思って描いていくしかないのかな、と考えています。
柚木 今日は本当に勉強になりました。頂いた色紙の副主任の教えを守って、私も頑張って書き続けていきます。
(ひがしむら・あきこ 漫画家)
(ゆずき・あさこ 作家)
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