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第12回 新潮文庫ワタシの一行大賞

「中高生のためのワタシの一行大賞」は、好きな一冊から、気になった一行を選び、その一行に関する「想い」や「エピソード」などを書いてもらう新しいかたちの読書エッセイコンクールです。
 第12回の今年度は全国から23198通もの応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。
 選考委員会による最終選考の結果、大賞1作品、優秀賞2作品、佳作2作品が決まりました。

新潮文庫編集部

受賞

受賞作について

たった一行の無限の可能性

ワタシの一行大賞選考委員会

 新藤壮真さんが「一行」と出会った『西の魔女は死んだ』は、祖母と孫の物語です。新藤さんのエッセイは、書き出しがとても素敵でした。「僕と祖母を幸せにしてくれるもの、ダンボールいっぱいのジャガイモ」。二人の笑顔が浮かんでくるようで、読んでいるこちらまで温かな気持ちに包まれました。そして、自ら育てた野菜や果物を通して誰かを笑顔にすることが祖母の幸せなら、自分の幸せは何なのだろうかと考え「僕を幸せにするものを探す」という新藤さん。いったいどんな幸せが待っているのでしょうか。他人の尺度ではない「自分自身の幸せ」について、改めて考えさせられました。
 関健佑さんが読んだ「山月記」は、昭和十七年に発表された作品です。八十年以上前に書かれ、教科書にも載っている“古典”を、関さんは主人公の李徴と会話をするように読んでいきます。関さんのエッセイを読み、李徴がすぐ隣にいるように感じる人も多いと思います。千年以上前の中国を舞台にした物語の中の李徴が、心を打ち明けられる相手として立ち上がってくるのです。本は読み方しだいで空間も時間も超えられる、読書とはこんなにも能動的な行為なのだと教えられました。
 西山真央さんが選んだ一冊は、フィールドワークでの出来事について書かれた『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』。西山さんはこの本を読みながら、ジョロウグモを見つけた後に心の中に起こった葛藤を思い出します。西山さんが迷っていたのは数十秒ほどだったでしょう。わずかな時間のことが、濃密に、ユニークに描写されています。「とにかく観察してみる」という西山さん。ふだん何気なく眺めている風景には、じつはこんなおもしろい発見がたくさん隠れているんじゃないかと気づかされるエッセイでした。
 秋山英璃さんが手に取ったのは、自分と同じ女子高校生たちの物語『ハリネズミは月を見上げる』でした。秋山さんの文章を読んでいると、楽しそうな高校生の姿が見えてくるようです。ありふれた出来事の中にある、なにげない幸せ。今という瞬間のかけがえのなさ、輝きが感じられる文章でした。
 野林かれんさんはミステリー短編集『許されようとは思いません』を読み、登場人物が暮らす街についての一行を選びました。サッカー部でゴールキーパーを務める野林さんは、先輩からの一言で主人公のような「怪物」にならずにすんだと感じます。作中の一行が、物語から飛び出して自分と重なる、そんな本が持つ力が伝わってきました。
 二〇二四年度は、二万三一九八人からの「一行」が届けられました。その一行は、あなたの、あなただけのかけがえのない一行です。ご応募ありがとうございました。そしてこれからも、みなさんがたくさんの一行と出会えることを祈っています。

大賞 受賞作品

新藤壮真(サレジオ学院中学校)
梨木香歩『西の魔女が死んだ』

ワタシの一行

そうね、何が幸せかっていうことは、その人によって違いますから。まいも、何がまいを幸せにするのか、探していかなければなりませんね

 僕と祖母を幸せにしてくれるもの、ダンボールいっぱいのジャガイモ。「今年もたくさん採れたよ。」と、祖母のドヤ顔が思い浮かぶ。祖母は畑で野菜や果物を育て、半自給自足の生活を楽しんでいる。そして、その野菜は僕の家と子ども食堂にも届く。祖母は子ども食堂から届けられる野菜を美味しそうに頬張る子ども達の写真を、何よりも楽しみにしている。祖母はそういう毎日のほかに何も望んでいない。僕はいい大学、いい会社に入ることが幸せになるための条件であり、そのために勉強しているのだろう、となんとなく思っていた。しかし、それだと祖母は幸せの条件から外れてしまうことになる。祖母は幸せだ。そうだ、何が幸せかということは、人によって違うのだ。「食を通して皆を笑顔にすること」が、祖母を幸せにしているのだ。そして、僕は僕を幸せにするものを探すために、勉強して自身を豊かにしておく必要があるのだ。選んだこの言葉は、それを教えてくれた。

優秀賞 受賞作品

関健佑(常総学院高等学校)
中島敦『李陵・山月記』

ワタシの一行

この胸を灼く悲しみを誰かに訴えたいのだ。己は昨夕も、彼処で月に向って咆えた。誰かにこの苦しみが分って貰えないかと。

 誰にでも、苦しいことや辛いことはある。そして、その苦しみや辛さを誰かに聞いてもらいたいと思うこともあるはずだ。でも、もし誰かに、苦しみや辛さを話したいと思っても話せないような状況に陥ったら? 私だったら、潰れてしまうかもしれない。私は、誰かと話をすることが苦手だ。そのため、学校では一人で過ごす時間が多く、よく孤独感を抱いてしまう。本当はもっと皆と話したいのに、どのように声をかければよいのか、どのように会話を続ければよいのか分からない。次第に自分の中で、「学校」は苦しむ場所、辛さを感じる場所という勝手な思考がなされていった。そのような中、中島敦の「山月記」に出会った。主人公の李徴が発するこの言葉は、今の自分の思いを映し出しているかのようだった。
「私には、あなたの気持ちが分かるかもしれません。」
 思わず李徴にそう言いたくなった。
「そして、私の苦しみも聞いてほしいです。」

優秀賞 受賞作品

西山真央(日本女子大学附属中学校)
川上和人『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』

ワタシの一行

美とは、毒に支えられてこそ真の魅力を発するものと心得てほしい。

 この一文を読んだ時、「美しいものは簡単に手に入れられない」と身に染みて感じた。
 私は虫が好きだ。とても気持ち悪い虫に出くわしても、とにかく観察してみる。すると、仕草がかわいかったり、模様が美しいことによく気づかされる。その一例は「クモ」だ。よく、家の近くにクモの巣が張りめぐらされている。ある日、大きなクモを見つけた。黒い背中に黄色や赤の斑点、黒い足に美しい黄色の線が入っている。ジョロウグモだ。ジョロウグモは、人体への影響はないが微量の毒を持っており、万が一のため触らないことにした。だが、赤いお腹、長い足、美しい背中の模様などを見ていると、どうしても手に入れたくなる。だが、何かが起こったら困る。しばらくの葛藤の後、諦めた。
 手に入れたいけど、手に入らない。相手の持つ「毒」というハンデから生まれるもどかしさ、これがあるからこそ人間は美しさを追求できるのではないのだろうか。

佳作 受賞作品

秋山英璃(鎌倉女学院高等学校)
あさのあつこ『ハリネズミは月を見上げる』

ワタシの一行

あ、幸せだなと感じた。

 死ぬ間際には、とびっきり幸せな走馬灯が見たい。寝る前にぼんやりと、そんなことを考える時がある。
 もっとも、黒歴史を振り返りたいなんて言う人がいるとは思えないが、何気ない日常を思い出すよりはインパクトがあって良いのかもしれない。
 クレープを食べた時、部活で合奏をしている時、コスメを選んでいる時、友達としょうもない事で爆笑している時。そんな一瞬の幸せが詰め込まれていてほしい。それなのに、何を食べたのか、何を弾いたのか、何を買ったのか、一体どんな話題だったのか。せっかく幸せだと思ったのに、寝たら忘れてしまう。
 しかし、走馬灯が忘れた記憶を蘇らせてくれるものならば、忘れるのも良いかもしれない。なぜなら、今思い出してしまったら走馬灯で見れないかもしれないから。
 そんなことをぐるぐると考えながら眠りにつく瞬間もまた幸せの一つであり、起きた時には忘れている。

佳作 受賞作品

野林かれん(聖和女子学院中学校)
芦沢央『許されようとは思いません』

ワタシの一行

どうしてこの町はこんなにも坂や階段が多いのだろうと、そんなことも考えた。

「お前の得意技は責任転嫁かよ。」顔を真っ赤にして言い訳を並べる同級生を、私は氷の心で眺める。不完全な自身を正当化する生き方は楽だろう。私にはそんな恥ずかしい真似はできないけれど。サッカーのゴールキーパーは、孤高でなければ務まらない。
 猛暑の中の大事な一戦。最後の砦を破られ、ふさぎ込む私に先輩が言った。「一人で背負わせてゴメン。私もシュート外してゴメン。」号泣したのは、指先をかすめたボールの感触がいつまでも消えない悔しさだけではなかった。私には、これまで自分が壊れてしまうほど追い詰められた経験がなかったのだと気づいた。
 長崎に暮らす主人公は、思い通りにならない育児を地形のせいにまでした。彼女の悩みは、孤独を栄養にして怪物になった。翌日「暑さで頭がボーッとした。」と失点の言い訳を吐き出した。格好悪くて恥ずかしかったが、先輩の言葉に救われた私は、怪物にならずにすんだ。

二次選考通過者

氏名 学校名 対象図書
久住怜香 (新潟県立三条東高等学校) 角田光代『さがしもの』
尾﨑真由美 (豊島岡女子学園中学校) ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』
伍玲珂 (豊島岡女子学園中学校) 太宰治『走れメロス』
佐藤和貴 (東京都立上野高等学校) 小川洋子『博士の愛した数式』
新藤壮真 (サレジオ学院中学校) 梨木香歩『西の魔女が死んだ』
秋山智 (山形県立致道館高等学校) 國分功一郎『暇と退屈の倫理学』
小檜山空来 (駒場東邦中学校) 小川洋子『博士の愛した数式』
仙田諒人 (慶應義塾志木高等学校) 道尾秀介『向日葵の咲かない夏』
楢舘つぼみ (鎌倉女子大学 高等部) 上橋菜穂子『精霊の守り人』
西山真央 (日本女子大学附属中学校) 川上和人『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』
柏岡風羽香 (京都府立西乙訓高等学校) 住野よる『か「」く「」し「」ご「」と「』
今井陽菜 (日本女子大学附属中学校) 湯本香樹実『夏の庭―The Friends―』
関健佑 (常総学院高等学校) 中島敦『李陵・山月記』
石原ひなの (小金井市立小金井第一中学校) 稲垣栄洋『一晩置いたカレーはなぜおいしいのか―食材と料理のサイエンス―』
福元悠也 (鹿児島県立加治木工業高等学校) 山田詠美『ぼくは勉強ができない』
野林かれん (聖和女子学院中学校) 芦沢央『許されようとは思いません』
辻理央 (姫路学院高等学校) 杉井光『世界でいちばん透きとおった物語』
秋山英璃 (鎌倉女学院高等学校) あさのあつこ『ハリネズミは月を見上げる』
染谷春花 (常総学院中学校) 瀬尾まいこ『あと少し、もう少し』
貝阿彌志帆 (女子学院高等学校) サン=テグジュペリ/著 、河野万里子/訳『星の王子さま』

敬称略、順不同

第12回 ワタシの一行大賞 募集要項

概要 対象図書の中から、心に深く残った「一行」を選び、なぜその一行を選んだのかを、あなたの「経験」や「気持ち」などをまじえ、100~400文字で自由に書いてください。
住所・氏名・年齢・学校名・学年・電話番号、対象図書名と選んだ「一行」の掲載ページを別途必ず明記してください。
対象者 中・高校生の個人、または、団体の応募をお待ちしています。
対象図書 2024年「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」「新潮文庫の100冊」選定作品
※「新潮文庫の100冊」選定作品は、「新潮文庫の100冊」ホームページにて2024年7月2日に発表します。
締切 2024年10月1日(当日消印有効)
発表 受賞作品は「」2025年1月号(2024年12月27日発売予定)と新潮社ホームページにて、発表時に全文を掲載します。
大賞作品は次年度の「中学生に読んでほしい30冊」「高校生に読んでほしい50冊」に掲載します。
賞品 大賞:1名、優秀賞・佳作:数名に、賞状と図書カードを贈呈。
宛先 郵便:〒162-8711 東京都新宿区矢来町71 新潮文庫ワタシの一行大賞係
Eメール:ichigyo@shinchosha.co.jp

※団体応募の場合は、作品総数を必ず未開封の状態で確認できる場所に明記してください。なお、応募原稿は返却いたしません。
※応募は何作でも受け付けますが、一書名についておひとりで複数のエッセイを応募することはできません。
※二次審査通過作品の発表時にホームページ上で氏名、学校名を掲載させて頂きます。ご了承ください。
※応募原稿に記入いただいた個人情報は、選考・結果の発表以外には許可なく使用いたしません。
※団体応募時には個々人の生徒の連絡先の記載は不要です。

過去の受賞作