女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第22回R-18文学賞 
選評―柚木麻子氏

まず動かしてみて

柚木麻子

 昨年同様、引き続きレベルが高く、文芸誌に載っていてもどなたも遜色ない作品ばかりだと思いました。ただ総じて、主人公が自らの思いつきに従って行動する描写がほとんど描かれず、代わりに周りの人物が積極的に動いたり、気づきや教えを授けてくれる傾向が多いように感じました。主人公は目の前で起きたことをただ受け止め、心情の変化のみが描かれるので、それが今という時代なのかもしれませんが、どうしても似かよった印象を受けてしまいました。行動がないと、主人公のキャラクターはわかりづらく、読者を物語の中に導いてくれません。もちろん、心の中の変化を描けるということはもっとも重要で、それだけみなさん、筆が達者ということだと思います。だから、テーマはこのままでいいし、正しくなくてもいいしささやかでも構わないので、主人公になにかしらのアクションをさせてくれさえすれば、全員プロとして活躍できるのにな、と少々惜しく思いました。
 他者きっかけではありますが、唯一、主人公が「成人式をやり直す」というアクションをした「祝福の夜明け」は、個人的に一番印象に残り、熱を感じた作品です。表現も光っています。ただいかんせん、スナックのママ、性的マイノリティの愛ちゃんがいい人で、主人公を導いてくれるメンターの役割を進んで果たし、絶対に感情をかき乱してこないのがややひっかかります。毒親であるお母さんの嫌な人描写を減らし、その分憎みきれない部分を足す(そうするとより毒親感が増すものです)、ママや愛ちゃんのややざらつく部分を足すだけで、説得力は抜群にアップすると思います。他の方の講評にも書くことですが、主人公にとってあきらかに彼氏の陽介よりも母親や愛ちゃんの方が重要だとわかるので「悪人ではないけれど実は主人公にとってさほど重要ではない異性パートナー」を描くとき、よほどの個性をもっていない場合は、その場面を削ってでも、その分重要人物に枚数を足してもいいのでは、と思いました。
 そういう意味で、主人公にとって重要ではないキャラながら、候補作品の中で一番インパクトを与えた、悠馬というキャラクターを生み出した「帰り道もあかるい」。バズりたくて「シスターフッド」を使う男、悠馬! こういう人物を生み出せる作者のセンスに脱帽です。義母と主人公がいい距離感で手を結べるようになるのも非常にいいと思うのですが、社会規範と戦いながら物語を動かしてくれるのが友梨だけな点がひっかかるのと、SNSが投影されすぎていて、盛り上がっているツイッターを冷めた目で眺める裏垢感がどうしても否めません。作者さんのこの現代感覚はそのままに、登場するリアルアイテムのうち、たとえばロリータファッションの取材を徹底的にし、香りや質感を徹底的に吹き込んでみたら、ぎらぎらする魅力を放つ、まったく新しい小説になると思います。あと、このポップで意欲的な作品にたいしてこのタイトルはいささか控えめなのでは、と思います。
 タイトルで損をしているといえば「子供おばさんとおばさん子供」は本当にもったいなく思います。面白いのに、山本文緒さんの傑作「子供おばさん」を思い出してしまうからです。主人公がまだ若く、山本作品ほどせっぱつまった状況にない、ということがどうしても読み手を冷静にしてしまいます。ただ、文章力、構成力は抜群で、物語全体に漂う終わりゆく夏の気配はとても美しく、完成度は候補作一高いと思います。あと一点、穂乃花があまりにも優れた少女で、主人公に気づきを与える上に家事までこなせてしまうのがややひっかかりました。
 優れすぎた登場人物といえば「洗いたい靴下」のスナックのユウキママにも言えるかもしれません。女性としても人としても尊敬できて、さりげなく自分を大切にすることを教えてくれるママは、あまりにも理想的です。「祝福の夜明け」のママにもあてはまるのですが、年上女性をメンターにする場合は、その人のいびつ、過剰、せこい部分は絶対にあった方がいいと思います。恋人の死が自分のせいではなかったと知らせてくれるのが友達な点も気になりました。しかし、自罰的なちひろが、紆余曲折を経て立ち直り、彼の家を訪れるまでをこの枚数に収め、ちゃんと香りや質感、湿度を伴いながら描き切ったのは、本当に素晴らしいと思います。タイトルにある靴下の表現も光っていました。
 質感や湿度という意味では「ラ・ライク・ラブ」はずば抜けていて、それぞれの肌や身体つきが浮かび上がるような描写は素晴らしく、物語全体に流れる柔らかくぬるっとした雰囲気も得難いと思います。ただ、複数恋愛がとても進んだ関係としてとらえられていた90年代と違って、少なくとも今の読者にとって、誰を傷つけるわけでもない独身三人の恋愛は、普通に寄り添えるものになっていると思います。だからクライマックスで乗り越えるのが「森さんの目」というのがひっかかりました。それだとこれまでの物語と同じになってしまうので、この筆力でもって、三人恋愛のいい面だけではなく煩わしさや面倒さ、そこからくる喜びまで描いてもらえたら、この描写力が活きる物語が誕生すると思います。
 優秀賞に輝いた「鬼灯の節句」にもこれまで指摘したのと同様の欠点はあります。主人公にとって重要ではない彼氏の場面はもっと削っていいですし、ぶっきらぼうな恵子さんが主人公を叱咤激励してくれるのは、いい人が過ぎます。あと、恵子さんの発言、やや自己責任論寄りなのではと思いました。ただ、シメ子さんとの会話から自然とこの国の女性史が浮かび上がってくる点、昔の中絶方法のくだりは、前のめりになって読みました。なによりも中絶をポジティブなものとして描いた点がこの賞に非常にふさわしいと思いました。冷たいお風呂に勢い良く飛び込む終わり方は、すがすがしさと同時に、未来への期待と主人公の可能性、そして、家族規範に抗う強さを感じました。
 受賞、心からおめでとうございます。