女による女のためのR-18文学賞

新潮社

二次選考通過作品発表(受理順)

作品名
息子の自立
作者名
広瀬苹果
コメント
障碍者の性と向き合うという難しいテーマを過不足ない書きぶりで描き切っている。小説を書くときに、何を書いて何を書かないほうがいいかをよく理解している方の文章だと思いました。ラストの展開、特に泰隆の物わかりの良さには少し違和感を覚えましたが、生活感あふれる細やかな描写がそれを補って余りある魅力を放っています。
作品名
君の無様はとるにたらない
作者名
神敦子
コメント
離婚した父親との面会のたびに5万円を手渡しされることに、モヤモヤしてしまう高校生女子が主人公。なぜ自分は納得できないのかという自問自答が、しっかり書けていると感じました。後半にかけて物語にドライブがかかり、友人とともに父親と直接対面する箇所では、胸が熱くなります。ラストの長台詞も圧巻で、読後感も爽やかでした。
作品名
少女隠れ
作者名
葉月野路子
コメント
地方都市の閉塞感と、終始漂うねっとりとした嫌な空気感が魅力でした。主人公の男女から感じる、決別したいはずの地元から脱しきれない器の小ささと、生まれた環境に恵まれているがゆえの自意識の高さには、なんとも言えないリアリティがありました。その人物造形の巧みさが「友人の死体を見つけたのに保身のために通報できなかった」というエピソードにも説得力を持たせていたと思います。続きを読みたいと思いました。
作品名
心配しないで
作者名
甲木千絵
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胸に刺さる物語でした。乳がんになることで見えてくる、周囲の反応への違和感、すれ違う善意など、描こうとしているものが面白いです。同世代との友人らとの会話は気持ちがよく、終盤の展開には息を呑み、切なさに包まれながら読み切りました。モノローグで語りすぎず、会話や展開で物語を進めていけると、より良くなると思います。いいものを読んだ、と実感する、余韻のある一作でした。
作品名
魚と口笛
作者名
わんのはじめ
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相手の都合なんか一切考えない、限られた人しか持てない尊大さをもつサミーに惹かれる自意識低めの主人公。読み手が拒否反応を示してもおかしくないサミーの言動を、主人公が感じる魅力として丁寧に積み上げ、少しずつ惹きこまれていきました。それぞれの登場人物にも味があり、終盤にしっかりピークを持ってきている上手さも感じます。他の作品も読みたいと思いました。
作品名
星になれると思うなよ
作者名
唐田重し
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大好きな母親の狂気に疑問を感じながらも、無抵抗に受け入れる主人公。そんな主人公から次第に周囲が離れていくさまが、切実なリアリティをもって表現されていました。ヤングケアラーの友人・留々との交流も丁寧に描かれており、スーパー銭湯で数日ぶりのお風呂に入るシーンは心に残りました。特殊な家庭環境の2人に寄り添う小嵐くんの人物像を掘り下げると、物語がより引き締まりそうです。「星」の存在がいつもそばにあり、理想も現実も教えてくれるのが印象的な作品でした。
作品名
褪せる
作者名
鳥飼みその
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勤務先の雇われ店長と交際している主人公。「しょうもない男」だと思っている交際相手の描写が素晴らしかったです。彼のだらしのなさ、危うさ、ふとした瞬間に垣間見える愛嬌がとてもリアルで、この人を好きになってしまう主人公の心情に説得力がありました。人を好きになるということ、自分の孤独と向き合うことを、改めて考えさせられる作品。
作品名
緑の部屋の鍵
作者名
坂乃水
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「ゴーヤのグリーンカーテン」や「翡翠の繭」といった色づかいにあふれた表現が印象的で、じっとり暑い日本の夏の情景が浮かびました。同じ職場で働くショウジへの片想いの話かと思いきや、徐々に二人の真の関係性が明かされていく物語には工夫が感じられます。抑制の効いた感情描写は少々物足りない気もしましたが、ささやかな復讐を果たす彼女の一挙一動をはじめ、最後まで予想のつかない展開でよかったです。
作品名
ラジオの約束
作者名
海津小百合
コメント
ヤングケアラーの女子高生と一人ぼっちの男子高生が「ラジオ」を通じて繋がる作品。高校生らしい爽やかさと会話の心地よいテンポ感が印象的で、全体的には少し首尾よく運び過ぎているとも感じましたが、それでも最後まで見届けたい!と思わせてくれました。苦難を感じさせない2人のまぶしさは、多忙な日々を過ごす現代人に活力を与えてくれるでしょう。リスナーが繋ぐ「夜」の輝きを感じられる、ラジオ好きに届けたい一作です。
作品名
西瓜婆
作者名
斉藤時々
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西瓜を食べたらなぜか妊娠。受け入れて赤ちゃんを産むつもりが、産まれてきたのはなぜか老婆だった、という女性の話。荒唐無稽なストーリーなのに「女性あるある」「子育てあるある」が散りばめられていて、地に足がついている作品です。良い意味で読者を裏切る展開が続き、果たしてこの物語はどこに行き着くのだろうという好奇心で、引っ張られるようにラストまで連れていかれました。キャラクターが魅力的なのも良いですね。
作品名
受賞の言葉
作者名
清繭子
コメント
小説家になりたい、と思いながらも何者にもなれずにいる、「モブキャラ」の「私」の話。大きな物語展開があるわけではありませんが、地に足のついた生活者である「私」の一人称には、「あるある」の面白さが詰まっていて、思わずニヤリとさせられました。固有名詞の出し方やディテールがしっかりしていることに加えて、絶妙な比喩表現や、リズムのある文体がそれを支えています。
作品名
住吉川
作者名
友方ユキ
コメント
生きていくというのは、楽しいこともたくさんありますけれど、やはりシンドイこともあります。主人公は大卒で薬剤師免許を取得し、薬局できちんと働いて、と表面だけなぞれば素晴らしい人生を送っているのですが、どうしても周囲から浮いてしまいます。誰もが抱えているであろうそれぞれの苦しみを繊細に描いていて、非常に共感を覚えます。辛かったら、頑張らなくてもいいのだけど、必ず助けてくれる人はいるのだと強く温かなエールを貰える作品でした。
作品名
カンジダ
作者名
樋口純香
コメント
多様性をテーマにした小説です。多様性が更に細分化されている現代日本で、若い世代が多様性をどのように捉え、もがき、生きようとしているかが、主人公の言動からとてもリアルに伝わってきました。友だちとは何なのか、私とは誰なのか……。価値観が混在している社会のなかで、「私」自身を取り戻そうとしている姿が描かれています。著者の持論かなと拝察できる主人公の語りの部分をもう少し、物語に落とし込むことができたら、完成度は更に高まるように感じましたが、個人的に「気付き」の多い作品でした。
作品名
味チャーハン
作者名
平石蛹
コメント
料理が苦手な母親や、好き嫌いの多い子どもが登場する作品は見かけますが、本作の特徴は「偶然食べた冷凍食品に、子がドハマりしてしまったこと」(※しかも子は母の手料理だと思っている)。設定は地味なようですが、子を悲しませ・失望させたくないという母の愛情と、焦りがひしひしと伝わってきます。胸を張れない理由があっても我が子の大好物を全力で守ろうとする主人公の頑張りに思わず声援を送りたくなりました。日常会話も自然で、家族を包み込む食卓の温かさが沁みます。あぁ、炒飯食べたい。
作品名
これをもって、私の初恋とします
作者名
楠原夏緒
コメント
中学生のとき、社会の資料集に載っているネアンデルタール人の写真を切り抜いて、クラスメイトの分までもらっていた男子。マロという名前の犬を飼っていたけど眉毛が目立たなくなってきたので徐々に「マロン」へ移行させた思い出。さまざまなエピソードが個性的でありながらも突飛ではなく「ありそう」と思える具合でとても好きです。そして驚きのラストもよかったです!
作品名
アイドル弥生さん
作者名
桜井かな
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「息子も嬉しいと喜んでいます」という、ごく一般的に思える母親の言葉が、読み進めるうちに色合いを変えてゆき、〈私〉の喪失が伝わってきました。登場人物がそれぞれの在り方で優しいところもよかったです。弥生さんがアイドルの恰好をするようになった理由が「人を励ます仕事」だから、そうすれば「死ぬ怖さを乗り越えられる」と語られますが、分かるような分からないような……。もう少し書き込まれていてもよいのかもしれないと思いました。
作品名
ロリータ・デート
作者名
大石蘭
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これは「青春」を美化する大人たちに、真向から挑戦した物語です。主人公は、17歳という年齢を嫌い、母親との価値観の違いに苦しむ普通の女子高生。ロリータファッションに身を包んだ、かつて17歳だった少女との出会いが、主人公を変えていきます。恐れながらも変化や現実を受け入れて、しなやかに前を向く主人公に、私が励まされました。最後の、「17歳の今が一番キラキラしてるだなんて、私は信じない」の一言が胸に刺さります。
作品名
フェリべトゥンラ
作者名
鈴夏あや
コメント
主人公が、自分の現実的「すぎる」性格を振り返るところから始まる本作。一体どんなお話なのかと思えば、職業も国籍も違う女性2人の友情物語でした。日本の一般読者と属性の違う人物(特に外国の方)を描くには、キャラクターを弱めず&自然と感情移入させる必要があり、その時点でハードルは上がります。それを難なく飛び越え、いつのまにか主人公=自分かのように相手との関わりから力を得たり悩まされたりしているのに気付いた時、私の中で傑作となりました。目頭を刺激される温かいラストも好みです。
作品名
風が吹いた時
作者名
山崎ゆのひ
コメント
コロナ禍に大学生となり、人との関わりを持てずにいた主人公。同居する祖父との生活が全てだったのが、突然祖父の体調が悪化、近所の老婦人との思わぬ別れなども経て、約束された未来なんてないことを思い知り、自分の世界を広げるための一歩を踏み出す。その行動に至る心境の変化、ささやかな日常描写、放任主義な両親や近所の老婦人ほか人物の情報の出し方などが巧く、センスを感じます。物語のテンポもよく、最後まで読ませました。
作品名
姉妹じまい
作者名
砂川緑
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物語が動きやすいので、人間関係の破綻を書くことの方が容易く、悪人を書くことの方が善人を書くよりも容易な中、人間関係の「修復」に目を向け、「善なるもの」を描こうとした作者の姿勢そのものに心打たれました。この枚数ではどうしても難しい部分が出てきますし(ご都合主義にならざるをえない)、技術的な部分はのびしろがあると思いますが、作家として何を描くかという姿勢そのものを才能というならば、大人の小説を書く才能がある方だと感じます。
作品名
月の裏側
作者名
谷口小夏
コメント
一見普通の家庭にやってきた謎の女性。いったいこの人は誰なんだろう、と読者を惹きつけながら物語が進んでいきます。父親と母親のかつての罪、そして女性が抱えた傷。大人たちの割り切れない関係性を、息子である少年の視点から繊細に描くことで、不思議な清涼感が醸されています。なによりも導入とラストの描き方がとても印象的で、そのおかげで物語の輪郭が際立ち、読後に鮮烈な印象が残りました。
作品名
悪い灯
作者名
有馬成美
コメント
淡々とした語り口の中で、「イケおじ」の爺、利益の出ない食堂を営む母親、頭の良い幼なじみの娘など、個性的な登場人物が光ります。爺とのいわゆる「パパ活」とは言い切れない関係性や、母親と主人公が抱える劣等感など、物語を面白く読ませる設定も魅力的です。情景描写も巧みで、主人公がナツメ球をまんじりともせず眺めている姿は、驚くほどリアリティがありました。
作品名
猫のいる情景
作者名
老野雨
コメント
亡くなった夫が猫になって帰ってきて、穏やかな生活を過ごす。というリアルの中に大きなファンタジーを抱えた作品に見せかけてそんな幻想の中で自分は生きているだけなのではないかという不安や死別の悲しみ、どう未来を生きていけばいいかの希望を上手に織り交ぜて表現しており、他の作品とは違う独特の雰囲気のある作品になっていました。登場人物たちの描き方にユーモアがあり、そこも魅力的でした。