女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第22回R-18文学賞 
選評―東村アキコ氏

物語にふさわしい結末

東村アキコ

 二回目の選考ですが、今年は読みやすいものが多く、どの作品も素直に楽しんで読むことができたのが何より良かったです。プロの作家さんが書かれた、すでに流通している短編を読むような面白さがあったり、読み進めるストレスの無い気安さがあったりする一方で、心にズドンとくるような、印象的な作品が少なかったような印象もあります。どの作品も主人公がちょっと大人しく、キャラクターが似ているような印象を受けました。それ自体が悪いということはなく、年によって傾向のようなものがあるのかなと思いました。
「祝福の夜明け」は、そのストーリーもさることながら表現の巧みさに魅力を感じました。「家族のことを思い浮かべる時、私はお雑煮を連想する。お正月に毎年実家で食べるからではなく、煮込み過ぎて餅が鍋の底で溶けて一緒くたにくっついて伸びているのが、なんだか自分の家みたいだから」とか「蜂蜜を一センチだけ流し込んだみたいに、温かな金色をした陽がゆっくりと夜の底を持ち上げている」という表現には、思わず「おおっ」と驚かされました。私は漫画家なので、どうしても漫画的な表現と比較してしまいがちなのですが、こういう文章表現は小説でしか描けないと思います。小説を読む醍醐味に溢れ、作者のセンスを感じました。ただ、性的マイノリティである愛というキャラクターの書き込みが甘いように感じました。同性愛者である彼女のキャラクターにもう少しオリジナリティが欲しかったです。
「ラ・ライク・ラブ」は、正直に言うと読みづらく感じてしまい、少し読み進めるのが難しく感じた作品でした。登場人物のネーミングにジェンダーフリーな名前もあり、その上で話者が誰なのか分かりにくいまま物語が進行するので、三人の男女がどんな関係にあるのかを把握しきれないままラストを迎えた印象もあります。ただ、他の選考委員の方からは、それらは著者の企みと評価する意見もありました。私の感性にはちょっとそぐわない表現でしたが、評価する人もいるということが分かったのは新鮮な発見で、良い刺激になりました。透明感のある文章やテーマ、ラストは好印象でしたので、ぜひまたチャレンジしてほしいです。
「帰り道もあかるい」はとても面白く読みました。付き合いにくいと思っていた義母が実はロリータファッションにハマっているという展開も、個人的に好みでした。ただ、設定や展開が素晴らしいだけにラストはもう少し盛り上がりを見せてほしかったです。義母の性格を知り、新しい交流を持っても関係性は変わらないままというラストでしたが、そこを着地点にしたのはなぜなのか。私は「結局何も変わらない」というラストにちょっと物足りなさと、短編としての歯切れの悪さを感じてしまいました。とても面白く読んだだけに残念な気持ちが残ってしまいました。
「子供おばさんとおばさん子供」は、おばあちゃんと穂乃花の関係性の描き方が素晴らしく、とても面白く読みました。おばあちゃんが自分のことを「先生」と呼ばせていたという設定も新鮮な驚きでしたし、そのエピソードだけで、既に亡くなっているおばあちゃんがどんな人物だったのか、表情などを伴って生き生きと想像させられて素晴らしいと思いました。ただ、その一方で視点人物である希帆の存在感が透明というか、どんなキャラクターなのかが見えてこないのは残念でした。また、タイトルはもう少し考えたほうが良かったと思います。この作品にもっとふさわしいタイトルが他にあるように思いました。
「洗いたい靴下」は、物語に重厚感もあり、文章に雰囲気というか色気があり、読み応えのある作品だと思いました。トラウマを抱えた主人公が自暴自棄になっていくくだりについても、私はこういうダークな展開や主人公にはあまり感情移入ができないタイプなのですが、自然と共感できました。それは著者の筆力の高さを物語っているのだと思います。ただ、主人公のちひろが昔の恋人を事故で亡くしたことについて、自分にも責任の一端があると思っているのであれば、ちひろが何かしらのアクションを起こす場面を書いてほしかったです。ちひろの状況に共感はできるけれど、好きになりきれないのは彼女が起こす行動に物足りなさを感じているからかもしれません。
「鬼灯の節句」は、今回の選考で一番評価した作品でした。由紀とおばあ、功輔という三人の関係性の描き方が素晴らしく、ラストもパキッと決まっていて感動しました。向田邦子さんの短編を読んだときのようなキレの良さを感じ、読後の満足度が高かったです。選考会では時代設定の甘さを指摘する意見もありましたが、そこをきちんと修正していただくことで、大きくて立派な器に載せられた料理のように、センスがあって骨太な作品に仕上がると思います。タイトルも素晴らしいです。「桃の節句」という女の子のお祝いと対比させ、中絶を想起させるモチーフの「鬼灯」を持ってくるセンスには脱帽しました。
 今年はラストがマイルドな作品が多かった中で「鬼灯の節句」は最後まで緊張感が張り詰めて、しっかりと決まっていたように感じました。書き手の方には、最後まで手を抜かず、ベタであっても作品にはきちんとした落としどころを作ってあげることを意識してほしいと思いました。(談)