女による女のためのR-18文学賞

新潮社

選評

第21回R-18文学賞 
選評―東村アキコ氏

キャラクターとテーマ

東村アキコ

 今回が初めての小説新人賞の選考会でしたが、全体的に、すごく読みごたえのある、ずっしりと重たい作品が多くて驚きました。短編なのでさらっと読めるかなと思っていたのですが、いい意味で読むのに時間がかかり、選考会までに充実した読書タイムを過ごせました。私は寝る前にほぼ毎日、時代を問わず女性作家の小説を好んで読むのですが、R-18文学賞は女性が書き手ということで、その意味でも選考を楽しみにしていました。
「わらいもん」は候補作の中で一番、情景が映像として浮かびました。漫画家としてはまずキャラクターの顔が思い描けるかが、話に乗れるか否かというところで気になる点ですが、中野とニシダの顔はぱっと浮かんで、頭の中で映画のようにストーリーを繰り広げてくれました。読んでいて元気になりましたし、私の中では最も評価が高かったです。タイトルも二つの意味で取れるのがすごくいいなと思いました。
 小説の中の漫才で笑いをとるのはすごく難しいので、笑えなくてもいいと作者は考えて書いていると思いますが、システム漫才に女子高生がチャレンジするのがとてもリアルでした。関西弁だと、海原やすよともこみたいな漫才をするのかなと思っていたのですが、きっちり、今の主流である言葉遊びのシステム漫才に挑戦していたところが良かったです。
「救われてんじゃねえよ」は読んだ後、すごくショックを受けた作品でした。良くも悪くも引きずりました。大学時代、文学の授業で中上健次の全作品を読み、心がずーんと重くなった経験があるのですが、その時と似た印象を受けました。それは著者の才能です。好き嫌いの分かれる作品かと思いますし、私はいつも楽しい漫画を描いていきたいという人間なので、こういう作品を読むとブルーになってしまうのですが、それはつまり、作者が読者に影響を与えられる才を持っているということだと思います。
 父親がカメラを二回目に買ってきた場面では本当に打ちのめされてしまったものの、だからこそ読み返してしまう。ですので、選考会でこの作品を受賞作に、となった時も、私が受けたショック、パワーというのが、賞にふさわしい、受賞するべき作品なのだと思いました。
「ユスリカ」は文章がきれいで読みやすく、マスクの使い方も今ならではのもので、面白かったです。ただ主人公の顔が見えてこず、キャラクターが具体的に浮かばなかった。美人なのかそうではないのか、自分に自信があるのかそうではないのか。まあまあ、あるのかな、とは思ったのですが。
 塚原くんにナンパされてすぐにキスをされたりするので、それなりに素敵な見た目なのかな、とか、いや、見た目は関係なく最近の若者はキスをするものなのかな、とか、そのあたりが私にはよくわからなかったです。登場人物の行動がキャラクターによるものなのか、時代によるものなのか、そこはきちんと書いてもらわないとわかりません。次回はキャラクターの解像度が上がった作品を読んでみたいです。
「海のふち」はラストが候補作の中で一番好きで、感動しました。忘れられないラストでした。文章もさっくりと読みやすく、すごく才能のある方だと思います。その分、上手すぎて個性の見えないタイプの作者で、でもそれは欠点ではなく、個性を見つければいいだけです。自分が書ける独特のものを探すだけでいい。それは簡単なことだと思います。そうしたら無敵なのではないでしょうか。
 あと、読者を楽しませようという工夫が感じられ、エンタメ的な要素がいろいろと盛り込んであるのが私としては嬉しかったです。新人のときから、自分が書きたいことを書くという一方通行ではなく、読者を楽しませよう、盛り上げようという気持ちが伝わってくるのは大切なことです。
 脱獄犯については、日本だと牢破りの脱獄というのは相当難しいので、一度しっかり調べて、移送中の車からトイレに行くときに逃げるとか、具体的な実例に基づいて書いたら、もう少しリアリティがあったのかなと思います。また脱獄と冤罪の結び付けが、読者を楽しませようと思ってやっているのはわかりますが、ややチープなので、そこに具体性があればまた違ったのではないかというのが、漫画家としてのアドバイスです。
「いい人じゃない」はどんでん返しのオチもあり、レベルが高いなと思いました。「面白いよ」と人に薦めやすい作品です。主人公も遠山さんも美沙も、顔や服装が鮮明に浮かび、映像が脳内で繰り広げられました。
 ただ、主人公が、自分を心配してくれているのに実はその気持ちを誠実に受け止めていない美沙と、自分をカモにしようとしているのにむしろ気楽な友情を感じてしまう遠山さんという、友人二人を立てている矛盾やあべこべなところが面白いのに、美沙が主人公の元夫と不倫するとその設定が吹き飛んでしまうので、そこは構成をもう一声考えてほしかったです。
 また、遠山さんがマルチ商法に関わっていることは最初からわかってしまうので、それはわからないように書いたほうが良かったと思います。遠山さんは、彼女を使ってもう一本書いてほしいと思えるくらい魅力的なキャラクターでしたが、再度書くとしたら「遠くの肉親より近くの他人」というようなテーマをきちんと決めるべきで、それが作者に希望するところです。(談)