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第1回 新潮エンターテインメント大賞

主催:フジテレビ・新潮社 発表誌:「小説新潮」

 第1回 新潮エンターテインメント大賞 受賞作品

秋の大三角

吉野万理子

 第1回 新潮エンターテインメント大賞 候補作品

 マシュマロ畑 澤村徹
 浮世怪談 渡辺久美子
 I hear music 瑞絹
 秋の大三角 吉野万理子

選評

石田衣良

石田衣良イシダ・イラ

ひとりの作家に椅子はひとつだけ

 小説の新人賞には、たいへんな時間とコストがかかっている。ひとつの版元にとどまらず、出版界全体が必死になって新しい才能を求めているのだ。まして今回のように新たな形で賞をリスタートするとなれば、「小説新潮」編集部も選考するぼくも、ひどく力がはいっていた。千三百を超える応募作から、最終選考に残った作品は四本。各作品の選評にはいるまえに、全体的な印象を述べておきたい。
 中学校の国語の時間に教わるようなことをいうのは悲しいけれど、誰か好きな作家がいるからといってモノマネはいけない。ぼくは今年、小説誌四誌の新人賞候補作を読んだ。ナイーブなのか、ほかの小説を読んでいないのかわからない。けれども明らかに村上春樹風や川上弘美風が多いのだ。それもあの卓抜な比喩のない春樹風とやわらかな空気感のない弘美風である。
 ひとりの作家に、椅子はひとつしかない。誰かに似ているというだけで、その新人はデビュー時点からおおきなマイナスを抱えるのだ。第一その作家が好きなら、同じ場所は避けておこう、そう考えるのが通常の神経のはずである。来年は選考委員が替わるけれど、○○風ではなく、あなた自身の風を吹かせてください。
「マシュマロ畑」不老不死の女性を追うファンタジー。複数の視点で語られるのだが、トーンの揺れが激しく落ち着いて読めなかった。どこに焦点をあてればいいか、読者を迷わせてはいけない。主人公の名前が雨男で、北海道の街の開拓史が登場する。誰が読んでも『羊をめぐる冒険』で、これは明白な×。登場人物全員がなんらかの理由で苦しんでいるが、その割には人間の彫りこみが浅い。文章には重みと粘りがあるので、ダークサイドをリアルにえぐる犯罪小説やジェットコースターホラーで一気にもっていく作品がむいているのでは。エンターテインメントの意味をもう一度考えてほしい。
「浮世怪談」色町深川の女取り立て屋・お紋、二枚目の生臭坊主・泉里、敵討ちの悲願をもつ絵師・彦四郎。キャラクターは楽しく、造形もいい。連続する放火事件とその陰に潜む黒幕をあばく時代ファンタジーである。だが、時代小説に欠かせないしっとりとした味わいが薄い。ごく普通の現代ものの文体なのだ。いくらでも盛りあげられるはずのクライマックス(幻術で操られた魔犬が百頭も登場する)さえ、あっさりと流してしまう。これはもったいない。お気楽な時代ドラマの山場では、長篇小説はもたないのだ。主人公のよろこび、悲しみ、憎しみなど、心の振幅をおおきく描く方法を磨いてはどうだろうか。
「I hear music」細かなエピソードでつないだ連作集。バツイチの主人公はなぜか会社を辞めて、大箱のカフェを経営している。ライフスタイル小説によくあるパターンだ。設定だけ読むと厳しそうだが、その店に転がりこんでくる娘・琥珀のキャラクターがよく、文章もなかなか読ませる。タイトルセンスもいいし、後半にいくに従いストーリー、文章ともに精度が高まっていく。受賞作と最後まで争ったのは、この作品だった。足りない部分は、琥珀以外の人物が全体的に淡彩だったこと。それにエピソードの多くが月並みだったことだろうか。今度はきちんと構成した作品で力を見せて。
「秋の大三角」文章はこの作品が一番手慣れてうまかった。さくさくとクリスピーで、リズムよく読ませる。電車のなかで女子高生にキスをする謎の男が出現。その痴漢があこがれの先輩にキスをしてしまう。主人公・里沙は男と先輩の謎めいた関係を追い、そこから命がけの三角関係が浮かんでくる学園ファンタジーだ。これがライトノベルなら、文句なしで第一位だったと思う。クリップを折る場面など、小道具のつかいかたにもセンスがある。しかし、女子高のSの世界が古風だし、すでに読者の多くが幽霊ファンタジーに慣れてしまっているのではないか。そのあたりで議論が割れてしまった。最終的にこの作品が受賞したのは、やはり文章力だった。文体のリズムは天性のものである。書き続けることでさらに伸びるだろうという将来性にかけたのだ。吉野さんはここでひと休みせず、最初の三年間は息もつかずに書いてください。
 最後に来年応募しようと考えている人にひと言。自分もいっしょにたのしみながら、読者をたのしませる。エンターテインメントにはそういう快楽があります。なにかを心からおもしろいと感じる感覚を大切に、新しい作品にまた挑戦してください。

選考委員

過去の受賞作品

新潮社刊行の受賞作品

受賞発表誌