きげんのいいリス
1,430円(税込)
発売日:2018/04/26
- 書籍
- 電子書籍あり
あなたに似たどうぶつがきっといます。
『ハリネズミの願い』の作家による幻の名作完全版!
ブナの樹の上に暮らす忘れっぽくて気のいいリス。知っていることが多すぎて、頭の重みに耐えかねているアリ。始終リスを訪ねてきてはあちこち壊す夢みがちなゾウ。思いとどまってばかりのイカ。チューチュー鳴くことにしたライオン。……不器用で大まじめ、悩めるどうぶつたちが語りだす、テレヘン・ワールドへようこそ!
書誌情報
読み仮名 | キゲンノイイリス |
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装幀 | Daisuke Soshiki/イラストレーション、新潮社装幀室/デザイン |
発行形態 | 書籍、電子書籍 |
判型 | 四六判変型 |
頁数 | 152ページ |
ISBN | 978-4-10-506992-6 |
C-CODE | 0097 |
ジャンル | 文芸作品、評論・文学研究 |
定価 | 1,430円 |
電子書籍 価格 | 1,430円 |
電子書籍 配信開始日 | 2018/05/11 |
インタビュー/対談/エッセイ
ライデンのアパートから
はじめて〈どうぶつたちの物語〉を読んだのは1990年、ライデンのアパートに1人暮らしをはじめて間もないころだった。倉庫を改築した40平米の部屋は〈牛通り〉という名の横道に面した1階にあり、生成りのロールカーテンを下ろしたままだったが、走ったり縄跳びしたりもできる快適な空間だった。だれにも煩わされることのない自由な暮らしを謳歌する反面、楽しさと寂しさのあいだを行ったり来たりで、一生分の孤独を味わった時期でもあった。
そんな折、友人に誘われてロッテルダムの国際詩祭でボランティアをすることになった。オランダ語も心もとないなか、会場の片隅のバーでビールを注いだり、賞をもらった詩人に花束を渡したり、よくわからないまま楽しい数日間を過ごしていた。
郊外での詩人たちのパーティーの帰り道、乗せてもらっていた車が田舎道でふいに止まり、1人で歩いていたおじさんを乗せた。ほどなくロッテルダムの駅で2人下ろされ、同じ電車に乗ることになった。わたしがライデンで電車を下りるまでの30分間に、このやさしいおじさんが〈トーン・テレヘン〉という名の詩人で、毎週金曜に新聞の子ども欄にお話を連載していることがわかった。
つぎの金曜にさっそく新聞を買い、読んだのが紅茶の話。しんと静かな部屋のしんと静かなわたしの心にじわっと温かな世界が広がった。その翌週はゾウが溶ける話。今度は(うぉーっ、面白い!)と新聞を握りしめて心のなかで叫び、床から立ち上がって机に直行し、訳しはじめた。
いくつか訳がたまり、さてこれをどうしたら日本に紹介できるだろう、と考えていたころ、東京の祖母の家を訪ねた。ドアを開けた瞬間、笑顔のおばあさんが祖母と並んで出迎えてくださった。祖母の親友で、谷川俊太郎さんのことを幼いころから〈俊ちゃん〉と呼んでかわいがっていらした服部文子さんだ。次の詩祭に招待されている谷川さんに、一度お目にかかりたいとわたしが思っているのを知って、すぐにお電話してくださった。そして、玄関での出会いからわずか1時間後に谷川さんが電話をくださり、会っていただけることになった。
〈広告批評〉で連載され、『だれも死なない』として刊行できたのはすべて谷川さんのおかげだが、その後ろで服部さんと祖母が応援してくれていたことも、とても心強かった。
時は流れ、2014年、東京で本に関わる仕事をしている若い女性、渡邊直子さんと出会った。絶版になってしまった『だれも死なない』をもっと多くの人に読んでもらいたい、と考えてくれていた直子さんは、まずはオランダに行こう! と思いたった。英語もぜんぜん喋れないのにその後すぐオランダにやって来た彼女の意思の強さとまっすぐな行動力が、どこか昔の自分に似ているようで応援したくなった。テレヘンさんにお電話してみると、アムステルダムのカフェで会ってくださることに。そのときもってきてくださった本のなかに『キリギリスの幸福』と『コオロギの快復』があった。しばらくテレヘンさんの本から遠ざかっていたのだが、どちらも面白く、また日本で紹介したくなった。もっと面白いものがあるかもしれない、と取り寄せた本の1冊が『ハリネズミの願い』だった。
もし直子さんがオランダに来ていなければ、わたしはハリネズミに出会っていなかった。そしてハリネズミが日本で注目されなければ、『だれも死なない』が『きげんのいいリス』に進化して、新潮社から出版されることもなかったはずだ。
すべてがライデン時代に端を発している。でも、その前にだいじな出会いがもうひとつあった。1983年、大学3年の夏休み、1人旅をしようとアムステルダムに向かう飛行機で、右隣の席からほほ笑みかけてくれたきりっとしたおねえさんが、のちに新潮社の編集者となる須貝利恵子さんだったのだ。将来、編集者と翻訳者になることなど知らずに出会ったあの瞬間に、〈トーン・テレヘン・プロジェクト〉がそっとスタートしていたのかもしれない。そのひとつの到達点として、この5月、テレヘンさんといっしょにプロモーションのため東京を訪れるのが楽しみだ。
どの出会いが欠けていても『きげんのいいリス』は存在しなかった。紅茶と話したくなるような孤独と隣り合わせの暮らしで、ひとりで翻訳していたライデンのアパートの自分に、風にのせて手紙を送れるといい。「心配しなくてもだいじょうぶだよ。いまにきっとみんなに読んでもらえる日が来るから」と。
(ながやま・さき オランダ文学翻訳者)
波 2018年5月号より
単行本刊行時掲載
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書店員さんの声
私たちは理想を追い求めがちですが、もしかしたら案外、今の自分で満足してる、今の自分が好き、という部分もあって、周りもそれを受け入れてくれているのではないか。
読み終わった後、そんな風に思いました。
紀伊國屋書店富山店 酢谷章子さん
始まりのお話から“クスッ”と!
ああ、これはおもしろい、間違いない! とぐんぐん一気読みでした。
ただ楽しむだけではなく、時には立ち止まって考えたりで、心も軽くなる物語でした。
ジュンク堂書店郡山店 犀川香緒里さん
この物語をとても優しいと感じるのは、単にどうぶつたちが愛らしいからではなく、彼らはお互いの悩みや考えを否定しないからだと思う。
考えていることを理解できなくても、理解しようとするだけで、“違い”を受け入れることはできると、どうぶつたちは証明してくれた。
未来屋書店板橋店 文芸書ご担当者
「好き」の反対はかならずしも「嫌い」じゃないし、嫌いじゃなくても互いに試し合うことがある。
ふと、あの懐かしい日々を思い出させてくれる1冊。
喜久屋書店東急プラザ新長田店 松本大さん
動物たちはみんな何か不安をかかえている。
そして、優しくて親切で、仲間の幸せを願っている。
正体不明の一瞬の不安、悩みをかかえた動物たちを抱きしめたい。
それは自分の不安を包み込むということなのではないだろうか。
自分もどうでもいいかもしれない不安をかかえながら生きている。なるようになるさ、と。
やあ、自分よこんにちは、と言って、また明日から生きていこうという勇気をもらった。
ジュンク堂書店滋賀草津店 山中真理さん
動物たちがかわいすぎる! だけど、いるよね。こういう人たち。
かまってちゃんのアリ。そそっかしくて何度も同じ失敗をするゾウ。負けず嫌いなカエルetc.……
ちょっと面倒だけどにくめない動物たち。
この本を読んだこの気持ちのまま、人にも愛情をもって接することができたら良い。
東京旭屋書店新越谷店 猪股宏美さん
皆、誰もが色々な悩みを持っているものですよね。
何が幸せで何が不幸なのかは人それぞれ。
ありのままを受け入れればいいんだと思える、優しい寓話でした。
鹿島ブックセンター 八巻明日香さん
自分の心の中に起きていることや、自分とは全く違う心を持つ誰かのことを、ただじっと考えている時間。
その中でもし、正解を導き出すことが難しかったとしても、その時間こそが私たちの中に“思いやり”を育んでくれるのかもしれません。
ジュンク堂書店旭川店 大野珠生さん
イベント/書店情報
著者プロフィール
トーン・テレヘン
Tellegen,Toon
1941年、医師の父とロシア生まれの母のもと、オランダ南部の島に誕生。ユトレヒト大学で医学を修め、ケニアでマサイ族の医師を務めたのちアムステルダムで開業医に。1984年、幼い娘のために書いたどうぶつたちの物語『一日もかかさずに』を刊行。以後、どうぶつを主人公とする本を50作以上発表し、文学賞を多数受賞。オランダ出版界と読者の敬愛を一身に集めている。『ハリネズミの願い』で2017年本屋大賞翻訳小説部門受賞。おもな作品に『きげんのいいリス』『キリギリスのしあわせ』『おじいさんに聞いた話』。
長山さき
ナガヤマ・サキ
1963年神戸生まれ。関西学院大学大学院修士課程修了。文化人類学を学ぶ。1987年、オランダ政府奨学生としてライデン大学に留学。以後オランダに暮らし、2023年12月現在アムステルダム在住。訳書にトーン・テレヘン『ハリネズミの願い』『きげんのいいリス』『キリギリスのしあわせ』『おじいさんに聞いた話』、ハリー・ムリシュ『天国の発見』『襲撃』、ペーター・テリン『身内のよんどころない事情により』、サンダー・コラールト『ある犬の飼い主の一日』ほか。